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37.人間業じゃない

 やはり。小さな女の子に霊がふたつとくれば、両親だろうとは予想していた。


 それを含め、全部で六人の死者。穏やかじゃない。


「亡くなった? それは……事故ですか?」

「いいえ。人に殺されました。セライナという村の娘が一昨日の夜、突然けたたましい笑い声をあげながら他の住人に次々に斬りかかったのです。クレソン神父は止めようとして……」

「そうですか……彼は、そういう人でした。人が傷つくよりは、自分が傷つく方がずっと痛くない。そう言っていました」


 エドガーはしみじみと頷いた。


「はい。私たちにも、普段からそう説いていました。しかし神父がいなければ、我々は葬儀をあげることもできない。街に人を遣りましたが、返事がいつくるものやら。神父様、お急ぎのところ申し訳ございませんが、葬儀をあげてもらえませんでしょうか」

「ええ。もちろんです。友の葬儀は、私が引き受けます。もちろん、他の亡くなった方も。でなければ霊魂は冥界に行けませんから」


 死者を正しく送ることがエドガーとレオンの仕事。この返事はよくわかる。


「ごめんなルイ。ちょっとだけ到着が遅れる」


 レオンが私を振り返り、小声で謝った。


 エドガーだけ葬儀のために村に残し、自分たちだけ先に行くこともできるだろうけど、レオン個人の感情でそれは嫌らしい。


「いいわよ。それより、気にならない?」


 年上の女として寛大なところを見せながら、私は問い返した。


「うん。気になる。事件のことだろ?」

「ええ。亡くなった神父様の人柄とか葬儀の実務とかで後回しにされてるけど、なによこの異常事態。そんな恐ろしい奴がこの村にいるの? てか、その人殺し今どうなったのよ」

「訊くべきだよな」

「ですね! 訊きましょう! すいません村長さん! そのセライナさん、でしたっけ! その女性は今どこに!? というか、なんでそんなこむぐ!?」

「こらリリア! 急に大声出さないで!」


 メイドの仕事は得意らしいけど、こういうところは駄目なんだろうな。マーガレットの苦労がわかる。


 突然大声をあげたメイドに周りは一瞬静まり返ったけど、老人は静かに頷いた。

 リリアが勝手に呼んでたけど、この人が村長で間違いないらしい。


「そうですね。事情は話さないといけません。どうぞ、おあがりください。立ち話もなんですので」

「あ、奥様は長旅でお疲れなので、教会で休ませてもらいます。俺が代表して聞きます。神父様は葬儀の準備を」

「いや、なんでよ」

「お前を不必要に村人に接触させないためだよ」

「なるほど」


 この村にも、私を探すよう指示は来てるだろうし。私のためなのね。


 今は神父様にしか注目が行ってないけど、私の顔を宿屋の主人なんかに見られたら面倒なことになりそう。


「お前にこれ以上喋られたら、こんな未亡人がいてたまるかって怪しまれる」

「言い方!」

「ほら。それだよ」

「本っ当にムカつくクソガキね!」


 馬車を教会へと向かわせるレオンと、座席に座ったままの私で小言での言い争い。村人たちには不審感を与えないよう十分な努力はした。


「おふたりは、本当に仲がよろしいですね!」

「リリアも! うるさいわよ!」



 そのまま教会で降ろされて、レオンは村長の家に向かう。日が暮れる頃には、夕食のパンと一緒に戻ってきた。


「奥様は訃報を聞いて間がないから、他人の葬儀に列席する精神的な余裕もなく、葬儀の間は教会の奥で静かに祈ってもらうことになったぞ。お前をできるだけ人に接触させないためにな」

「そう。ありがとう。それで……この村の事情については聞けた?」

「聞けた。実のところ、今後の俺たちにも関係する話だった」

「というと?」

「セライナという女は、まだ捕まっていない。凶器になった剣を持ったまま、森に逃げ込んで行方をくらませた。ラングドルフ領へ続く森だ」

「これから私たちが通り抜ける森ってことね」


 賊も狼も遭遇しない可能性が高い行程のはず。けど、予想外の危険因子が出てきてしまった。


「そのセライナと事件について、詳しく教えてくれる?」

「事件についてはシンプルだよ。日が暮れて仕事を終えた村人たちが、家に帰ったりひとつしかない食堂で食事をしようとしてる時間帯。人が密集したところにセライナが駆け込んで切りつけた」


 食堂とは宿屋に併設されているものだろう。基本的には旅人が使うものだけど、自炊が面倒になった村人だって利用していい。


「剣の出どころは不明。女が片手で振り回すのに違和感がないような、そんなに大型ではない剣だ。もちろん、過去にセライナがそれを持っていたのを見た人はいない」

「出どころに、なにか裏がありそうね」

「そうだな。どこかで盗んできたとかかな」


 そんなこと、あるのかな。


「食堂に入ろうかと思ってた村人たちが犠牲になった。その場に神父さんもいたそうだ。ユーファの両親もな。彼らは狩人の夫婦とのことだ。ユーファを庇うようにして斬られたと」


 死んだ順番としては、ユーファの両親含めた村人数人。それから、止めようとしたクレソン神父様か。


「神父さんが斬られた後、勇敢な男が食堂の椅子を持ってセライナに背後から殴りかかった。見事命中したものの、セライナは痛がる様子もなくその男を斬り伏せた。大怪我は負ったものの、命は助かったそうだ。その行動に勇気づけられた他の男たちも、椅子を手に彼女に一斉に襲いかかった」

「ひとりの女性を相手に、武器を持って複数で立ち向かったのね」

「その時点で何人も死んでるんだ。当たり前だろ」

「確かにね。でも、セライナは逃げた」

「そうだ。椅子で何発も殴られて怪我は負ったし動きも多少は鈍くなった。けど、痛みを感じていないような動きでひとりを斬り殺し、もう何人かを負傷させて森へ逃げていった。で、それっきり」

「それ、本当に人間なんですか!?」


 リリアが驚きの声を上げるのもわかる。私は戦いについて心得は一切ないけど、セライナという人は本当にただの村娘なのか?


 動きというか耐久力というか。斬りかかる時に金切り声をあげてたという話もあったし、物語に出てくる怪物としか思えなかった。

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