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34.私は完璧な未亡人

 もうひとつの準備も、しっかり終わっていたらしくて。


「エドガーの手紙は既にラングドルフ領に行った。あと、馬車の手配もできた。貴婦人が急遽用意したと言われても納得できるやつだ」

「急遽用意するものなの? お金持ちなら、普段から豪華な馬車を用意してそうなものだけど」

「夫である商人が既にひとつ使ってるんだ。もうひとつ持てる余裕はないってことだよ」

「馬車なんて、そんなに持つの大変なものなの? うちの御用商人は、家族用の馬車も持ってたけど」

「馬の維持も御者を雇うのにも金がかかる。そんなに裕福じゃない金持ちは、あまり贅沢じゃない暮らしをしてるんだよ。その家族もな。金持ちである、そいつの客には見せられない一面だけど」

「そっか。隠してたんだ、あの人たち……」


 公爵家に出入りしていた商人は、豪華な馬車の荷台に大量のお宝を載せて、家に売りつけに来ていた。

 それが当然と思ってたけど、違ったようだ。出ていって庶民の身分に身をやつしてから、初めてわかること。


「公爵家に出入りするような商人なら、本当に大金持ちかもしれないけどな。全部が全部そうじゃないってことだ」

「そっか……私、世間のことを何も知らなかったのね」

「今から知っていけばいいだろ。無知は別にいいんだよ。知った気で威張るよりは、ずっと」


 そういうものか。



 というわけで翌日、私たちはついにラングドルフ領へ出発する。

 当然と言うべきか、不安は消えなかった。狼とか野盗に襲われる危険はつきものだし、向かった先で伯爵家に私の存在が知られるのもまずい。


 けど、レオンを頼ろうと思った。


「心配しないで。レオンは頼りになるよ。きっと、ルイのこと守ってくれる」


 見送りに来てくれたニナが、喪服姿の私をぎゅっと抱きしめながら言う。

 後ろにいるニールとサマンサも、しっかりと頷いている。


「だから、絶対に帰ってきてね。ルイはもう、ヘラジカ亭の立派な店員だから」

「ええ。野菜の皮むきも、だいぶ慣れてきた頃よ。ここで終わらせるなんてもったいないわ」

「言うねー。こんなに厨房が似合う公爵令嬢様も他にいないって。世界でひとりだけだよ」

「それ、褒めてるの?」

「もちろん」


 笑っているニナが、本当に褒め言葉として言ってるのかは怪しい。けど、嬉しかった。


「行ってくるわね。必ず帰ってくる」

「うん! 行ってらっしゃい!」



 馬車に乗り込んで、まずは街の外れまで向かう。


 御者の席に乗って馬を操るレオンは、確かに仕事を完璧にこなしていた。

 貴人が乗った馬車は、急ぎすぎると優雅ではないとかで怪しまれてしまう。けど事情が事情だから少し急ぎ足でもある。そんな速度を保って動かしていた。


 彼の腕には喪章。それが表す意味と行動が一切矛盾しない振る舞いだった。


 そんな馬に牽引されている座席に、私はエドガーとリリアに挟まれるように座っている。喪服姿で僅かに顔を伏せて、ベール付きの帽子も被って周りに顔がよく見えないようにする。

 大丈夫大丈夫。誰も、私を不審に思ってなんかいない……よね? 本当かしら。なんか、道行く人の注目を浴びたりなんかはしてないかな。


「落ち着いて。ルイーザさんは、しっかり未亡人を演じられていますよ。そわそわして周りを見回したりしなければ察せられません。未亡人なのですから、俯いていてください」

「え、ええ。わかりました……でも……見張りにバレたらと思うと……」

「見張りがいるのはラングドルフ領との境。今日はまだそこには着きませんよ、ルイーザ様!」

「そ、そうなの?」

「はい! 早くても明日の昼頃です! 王家直轄領は広いですから! 今はのんびりしていてください!」

「わ、わかったわ……でも。他の危険は。野盗とか狼は」

「まだ街中です。そんなのは出ませんよ」

「でもー」


 エドガーとリリアに両側からなだめられているけど、不安は消えなかった。いいもん。心配することが仕事だって、クソガキが言ってたもん。


「狼が嫌う香料を馬車の側面に塗ったから、よほどのことがないと近づいてこない。それに野盗が出るような遅い時間に移動するのも避ける。大きな道を行くから、前後に他の馬車や歩いてる旅人も何人かいる。だから襲われるようなことはねえよ。途中森の中を通る箇所があるけど、心配ならその間は狩人を雇おうか」


 御者であるクソガキが、うんざりした口調で説明してくれた。


「本当? それ本当なのね?」

「嘘言っても仕方ないだろ。だからその減らず口を閉じろ」

「ムキー!」

「あはは! 変な怒り方! 顔が見られないのが残念だ」

「うっさい! ちゃんと前見て! 馬を動かすのに集中しなさい!」

「はいはい。お前も、悲しそうに俯くのに集中しろよ」

「わかってるわよ!」

「ふふっ」

「……なによ」


 隣に座るリリアが笑みをこぼしたのを聞き、この子まで私を馬鹿にするのかと声が出た。


「失礼しました! けどルイーザ様、レオンさんと話されている時が、一番活き活きとしてきますので!」

「なによそれ」

「仲睦まじくて、いいなと思いました! 姉弟のようですね!」

「いやいや。あんなクソ生意気な弟とか、絶対に嫌だから」


 公爵家にもきょうだいはいたけど、みんな貴人としてふさわしい振る舞いを躾けられていた。

 私だってそうだ。学校行って親元から離れて、マーガレットっていう悪友と出会って少しだけ変わってしまったけど。


「でもルイーザ様。レオンさんと話されている時は、不安を感じていませんよね?」

「え? ええまあ……確かに……いやいや。待って」


 一瞬だけリリアの言葉を受け入れかけたけど、我に返った。


「レオンと話してる時は、私は怒ってばかりなのよ! あのクソガキが生意気なことばっかり言うから! それが良いとか全然思ってないからね!」

「ふふっ。そうですね!」

「いやだから、なんでリリアも笑ってるのよ!」

「ルイさん。未亡人のように振る舞ってくださいね」

「エドガーも! なに笑ってるの!」


 まったくこの人たちは!

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