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33.頼れるクソガキ

 知らない土地に、知り合って間もない人間と一緒に向かうというだけで、私にとっては未知の行為。

 今までの私は公爵令嬢という立場に守られてきた。安全の根拠は立場によるもの。けど今回の立場は、実在しない商人の未亡人?


 当たり前にあると思っていた安全が脆く崩れ去ったことへの恐怖で、私は自分が震えているのを自覚した。


「ルイーザ様?」

「な、なんでもないわ。なんでも……早くお店に戻りましょう」

「ええ」


 リリアは私の不安をわかってくれないらしい。彼女も守られる立場の人ではなかったから。

 私の不安は、私にしかわからないのか。



「ルイって喪服似合わないんだな」

「うるさいわね!」


 少し後、私の心中を知ったレオンの呑気な言葉を聞くことになった。


 結局レオンがお店に戻ったのは、私より僅かに遅れてといった程度だった。


 エドガーと簡単に手紙の内容を打ち合わせしたら、後は彼が書いてくれるだけ。レオンが教会にいる意味もなく、さっさと帰ったそうな。


 なんだ。だったらレオンと一緒に帰れば良かった。ちょっと待つだけで済んだのに。


 別に、レオンがいたら夜道も安全というわけじゃないけど。でも、ちょっとは不安が晴れるかもって思ったから。


 少しだけ先に帰っていた私は、言われた通りニナに喪服の相談をしたところ、快諾をされた。

 私とほぼ同じサイズのニナの喪服に、葬儀の際にサマンサが着用していたというベール付きの帽子を合わせる。

 顔を隠すのにそこまで役に立つものではないけど、ジロジロ見られるのを避けることはできるから役に立つか。


 で、レオンが帰ってきた際に。


「レオンー。見て見て。ルイ、未亡人っぽく見えるかなー?」


 ニナが大はしゃぎで伝えに走ったわけだ。


 喪服着てる姿をそんな明るい調子で披露するのは、なんか気が咎めるというか。


「似合わないけど、変装には十分だろ」


 レオンは端的に言った。似合わないとは失礼な。


「別にいいじゃねえか。ルイは未亡人って歳じゃないし。性根はもっと明るい奴だから、こういう服が似合わないのは美点だよ」

「それ、褒めてるの?」

「褒めてる褒めてる」

「私にはお似合いに見えますよ、ルイーザ様! 少し悲しげなお顔を作っているのも、いいと思います!」


 リリアがフォローしてくれるけど、ニナと同じく声が明るい。喪服を扱う口調じゃない。

 なんで私の周りには、こんな女しか来ないんだ。


「何が不安なんだよ」


 レオンは唐突に、私の顔を覗き込みながら訊いた。

 私が抱いていた不安を見抜いた。


「え? 不安ってなんですか!?」

「なになにー? ルイってば、よその街に行くのが怖いの? 平気平気、なんとかなるって!」


 私の心中をいまいちわからず、不安が顔に出てるのも未亡人っぽい顔を作ってると誤解してたらしい女ふたりがズレた反応を見せる。


 まったく、こいつらは。


「お前、演技で本当に辛そうな顔とか作れるタイプの人間じゃないだろ。ほら、考えてることを言ってみろ」


 ちょっと失礼なレオンの言葉に甘えさせてもらって、私は考えを口にした。

 で。


「あー。わかる。お嬢様育ちには不安だよな。うん、好きなだけビビっていいぞ」

「あなたにわかられたくないのよ!」


 私は再度吠えることになった。


「心配するなって言っても、お前の気持ちは変わらないだろ? 潜伏しながら変装して、自分を探してる奴がいる場所まで乗り込むなんて、普通じゃない」

「ええそうよ。その上、私当たり前だった立場を失っている。この気持ちはわからないでしょ?」

「わかる。俺も一人で、故郷からここまで逃げてきたから」

「逃げてきた……一人で……」


 そう言った瞬間のレオンの顔が目に入り、私は思わず一歩後退った。


 シトリンの目から、一切の生気を感じられなかった。いつもと同じ生意気なことを言い、顔にはかすかな笑みを浮かべながら、目が笑っていない。


 人は死ぬと無表情になるものだっけ。


「まあ確かに、ルイの不安はルイにしかわからないものだよな」


 彼はすぐに元に戻った。目に光がさして、愉快そうに笑った。

 さっきのは見間違いだったとでも言うように、跡形もなくなっていた。


「だから安心しろって言うのは意味ないかも。でも対策はちゃんとするから、お前は好きなだけ心配してから、全部終わった後に無駄なことだったと笑えばいいんだよ」

「……心配して、いいの?」

「いいぜ。お前はそれしかできないだろ? だったらそれくらい一人前にやれ」

「このクソガキ!」


 レオンの頬をつねって減らず口を閉じさせようとしたけど、彼は一瞬早く反応して後ろに跳び退いた。


「後は全部俺に任せろ」

「本っ当に! どこまでもムカつく奴!」

「でも、ルイーザ様もレオンさんを頼りにしているんですよね?」


 リリアが私の肩に手を置きながら、そっと囁いた。


 そうだ。確かに、心配していいって言われた時、嬉しかった。

 この気持ちに、嘘はなかった。




 翌日には、リリアは見事な技術で新しいメイド服を仕立てた。どこにでもありそうで記憶に残らない意匠。お忍びで行動するのだから、これで正解だ。

 一方で、私に仕える者として恥ずかしくない出来栄え。


「うまいものね」

「はい! 私、こういう作業は得意なので!」

「なるほどね」

「マーガレット様からは、もう少し静かなら完璧だと言われていました!」

「そうね。少しといわず、かなり静かになってほしいわね」

「頑張ります!!」


 それよ。

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