32.不安しかないのだけど
「リリアさん。行きは、どの手段で王都まで来たのですか?」
「家の者が懇意にしている商人の馬車に乗せてもらいました!」
「なるほど。同じ手段で戻ることはできませんね」
「リリアがラングドルフ領に戻ったことは、伯爵家には隠しておきたいからな」
「では、信者の誰かから馬を借りましょう」
「いつものやり方だな」
「はい。いつ頃までに欲しいですか?」
「代わりのメイド服を仕立てるのに、明日一日欲しいです!」
「では出発は明後日の朝。私はそれまでに知り合いに手紙を出して、話をつけます。返事を待つ必要はないですね」
「商人の設定は俺が考える。今夜のうちに書いて、明日の朝には早馬で送ろう」
「そうですね。では早馬の手配も必要です」
そんな感じで、計画がまとまっていく。
私を隠しながら私のために行われる計画を、私じゃない誰かが考えて行動してくれる。
なんだか、とっても嬉しかった。
「ルイはリリアと一緒に店に戻ってくれ。そろそろ店も暇になる頃だから、ニナに喪服のこと尋ねてくれ」
「え、ええ。わかったわ」
「俺も、手紙が書けたらすぐに帰るから」
それだけ行って、レオンはエドガーと一緒に教会の奥の部屋へと引っ込んでいった。
あっという間の行動だった。
「すごいですねレオンさん! 小さいのに頭が回ります! ネクロマンサーとのことですけど、何者なんでしょうか!?」
「さ、さあね……わからないわ……。私も教えてもらってないもの」
「そうですか!」
本人が言いたくないことなら、無理に聞き出すべきではない。複雑な事情を抱えている私を受け入れてくれたことだけ、感謝だ。
今はそれどころじゃないし。
夜道を女性だけで歩く。しかも、裕福層ではない庶民ばかりいる道だ。
教会もヘラジカ亭も、都市の中心部に建っている。だからそこまでの道のりも、人通りはある。
それでも心細い。学校以外で屋敷の外を、女性の供だけ連れて歩くなんてほとんど経験がなかった。
学校は関係者以外立ち入り禁止で不届き者は入れないし、それ以外の場所では公爵令嬢として、男性の護衛が常に近くで見張りをしていた。
唯一の前例は、先日パーティーから逃げだしたあの時。
あれは逃げるのに必死で、他のことなど考えられなかった。けど今は違う。
酔っ払いに絡まれたらどうしよう。私を見て、邪な考えを持つ者がいたら? 私を探す、王家や伯爵家の人間に見つかったら?
何かあった時に守ってくれる人としては、リリアではどうだろうか。
「ちなみにリリアは、武術の心得はあるかしら」
「武術ですか!? ありません! 暴漢に襲われたら逃げるしかないですね!」
「そういうことは、もっと静かな声で言ってくれるかしら……」
当の暴漢に聞かれたらまずい。いればだけど。
「はい! ……私では頼りないですよね。けど大丈夫でしょう。このあたりは治安がいいので。庶民と言っても、ちゃんと日々の仕事があって家族がいる人ばかりなので」
「そう。ちょっとだけ安心したわ。私も、庶民への偏見があったかもしれないわね。ごめんなさい」
「いえいえ! 私に謝ることでもないですし!」
油断したらすぐに声が大きくなる。
でもリリアの言うとおり。人目はあるし、下手なことをする者はいなさそうだ。
道行く彼らも、突発的に罪を犯してその後の人生を壊す理由は持たないだろう。
公爵令嬢という立場に慣れすぎて、下々の者を自然と見下していたのかも。反省しないとな。
「実際、ルイーザ様はレオンさんと、暗くなってから出歩いていたんですよね? 危険はなかったでしょう?」
「え? ええ」
今みたいに、危ないとも思わなかった。
「レオンさんも子供で、大人の男性に襲われればひとたまりもないですよ。でも、ルイーザ様は特に気にせず平気で外を出歩けた」
「そうね……なんでかしら」
レオンはあれでも男の子。いざとなったら頼れると、無意味に思ってたとか?
いやいやありえない。態度だけでかいクソガキなのよ? あいつが暴漢に立ち向かって勝つ? ないない。
でも、私がレオンと一緒にいることに信頼感を覚えていたのは確かだった。
なんでだろう。
「でも大丈夫ですか? ルイーザ様は明後日、私たちと共に全く知らない土地に行くんですよ? 道中、人気のない箇所も通ります。さすがに、賊に襲われることはないと思いますけれど」
「ぞ、賊!?」
「ええ! ご安心ください! 王家直轄領やその周辺はまだ、治安維持が行き届いていますから! 通りがかりの旅人や商人を襲う不届き者はいないと思います!」
「思いますって……」
確かに私が公爵領から王都まで移動する際は、大げさな数の護衛を引き連れていた。旅商人なんかも、護衛を雇うのは当然と聞いている。
けど、実際に移動の際に襲われたことはなかった。だから賊について考えたことはなかったけど、急に不安になってきた。
「そんなのは滅多にいませんよ! だから安心してください!」
「滅多に……」
少しはいるってことじゃないか。そうよね。いるから護衛がいるのよね。
「あと、森には狼とかの野生の動物がいますから、そっちの用心は必要ですね!」
「狼!?」
いや、そういうのがいるのは聞いたことあるけど。襲われるかもしれないの?
どうしよう。万一そんなのと遭遇したら、私たちでは対処できない。私やリリアはもちろんのこと、エドガーも荒事には不向き。
レオンなの? レオンに、賊や凶暴な狼との戦いを託さないといけないの?
「ま、大丈夫でしょう! あの人たちが守ってくれますよ!」
「……そうかしら……」
不安は大きくなるばかりだった。