28.マーガレットは、ここにいる
「なあ。学年が下ってことは、アシェリーって奴はまだ学校を卒業してないんだよな?」
仮にも伯爵領の官僚の令嬢を"奴"呼ばわりとは。恐れ知らずなクソガキだけど、気持ちよかった。もっと罵ってほしい。
「ずば抜けて優秀な生徒なら、飛び級で卒業って制度もあるわよ」
そんなはずはない。私と一緒に卒業した生徒に、そんな奴がいないことはわかってる。
けどレオンは私の望む通りの答えをしてくれて。
「聞く限り、そいつそんなに頭が良いとは思え……」
良い所まで喋らせてから、私はまたレオンの口を塞いだ。うん、リリアの前で伯爵領の人を悪く言うなんてよくないわよね。言ったのはレオンで、私はむしろ止めた側。
けど……ムカつく女が悪く言われるのはやっぱり気持ちいい!
「くぅー」
「え。ルイどうしたの? なんで嬉しくて震えてるみたいな顔してるの?」
「気にするなニナ。浅ましい考えで笑いを堪えてるだけだ。それよりリリア、まだ卒業してない女が婚約したとして、その後どうなるんだ?」
学校に行かないような庶民のクソガキには、そこから先の想像はつかないらしい。浅ましいのはあなたの方よ。
別に婚約したからといって、即座に夫婦として暮らすわけじゃない。将来的に結婚するという約束だから、婚約。この場合はアシュリーとやらが卒業するのを待つのが普通だ。
けど、どうやら違ったようで。
「アシュリー様は退学なさいました! 王子妃としての生活を早く送りたかったとか、そんな理由らしいです!」
「えー」
訊くほどのことじゃないはずのレオンの質問に、訊く意味があった答えが返ってきた。
「いやいや。ありえないでしょ。普通に卒業しなさいよ」
「なんかアシュリー様、成績が芳しくなかったらしいです! このままでは進級も危ういとのことで、その事実を隠してさっさと学校辞めて学生から王子妃の立場に成り代わったとか!」
「馬鹿なの!?」
嬉しそうに語るリリアに負けないくらいの声が出てしまった。
「馬鹿しかいないな、お前の周りには」
「なによ!」
確かに私もマーガレットも、アーキンもアシェリーも成績は良くなかったけど!
少なくとも私は進級も卒業もできた。ギリギリだったけど。だからアシェリーより上だ。まあ、公爵家の名前が働いたことはあるかもしれないけど!
「確かに家の名誉に関わる事態だよな。だから不名誉を被る前に、それっぽい理由をつけて自分から退学した、と」
「そういうことだと思います! ……あの。今の話、私が明かしたことは内緒にしてもらえますか?」
「ええ。もちろん」
このこと自体、誰かに話す気はないし。
リリアの身の安全のために、重要なことなのだろう。情報の出処は明かさない。使用人たちの大切な掟だ。
私は使用人ではないけどね。今や上流階級でもない。マーガレットの知り合いであるリリアは大切だし、守らないと。
「それでルイは、これからどうするの? 今の情報を聞いて、なにか行動を起こせそう?」
私にお茶のお代わりを注ぎながら、ニナが笑顔で尋ねた。
行動か。起こしたい。今までは手がかりがなくて、レオンと一緒に霊を冥界に送る仕事をしながら身を隠していた。
リリアと出会えたのは運命、あるいは好機だと思う。動くべきだろう。
でもどうやって? 情報は増えても、私の状況は何も変わらない。
「あ。一応、ルイーザ様にも尋ねておきますね! マーガレット様が亡くなったことについて、何か手がかりはご存知ないですか?!」
「いいえ。私も、何も知らないわ」
「そうですかー。王都在住の同級生を何人か当たったのですけど、何も知らないかそもそも会ってくれないか。これでは伯爵様に報告ができません。マーガレット様が亡くなったこと、大変悲しんでいて――」
リリアの嘆きも、あまり耳に入らなかった。彼女もかわいそうな境遇だな。
ニナが彼女の隣に来て、慰めの言葉をかけている。
レオンはそんなことをしなかった。情のない奴め。お茶の入ったカップを持ちながら、私をじっと見つめていた。
「なあ、ルイ」
「なによ」
「ちょっと立ち上がってくれ。ううん、椅子から少し腰を浮かせるだけでいい」
「え? どうして急にうわっ!?」
言われた通り、椅子から立ち上がろうとした瞬間に、私はバランスを崩して、気づけば床の上に横になっていた。
「だから、本当に立ち上がる必要なかったのに。そんなふりをすればよくて」
「うるさいわねクソガキ! 私を転ばせたかっただけでしょ!」
「そうだよ。いや、本当に転ぶ必要はなかったんだけど。お前が立とうとする瞬間を、霊が今か今かと待ち構えてたんだ。ちょっと腰を浮かした瞬間、全力で押してきた」
「え?」
たぶんレオンは、本当に転んでほしかったわけじゃない。
隙あらばバランスを崩しにかかる、霊の動きを教えたかったのだろう。霊の気合いというか、本気さが想定外だっただけ。
なんで霊がそんなことをするのかと言えば、今の一連の会話に関係があるのは間違いなくて。
「お前、さっきも言ってただろ。マーガレットって奴の霊がいるはずだって」
私に手を差し伸べながら、レオンは静かに、けどどこか力強さのある口調で語る。
「いるんだよ、マーガレットは。ルイに未練を晴らしてほしいと、ずっとそばにいた。たぶん、死んだ直後から」
「そう……なのね。マーガレットは私を頼っているのね」
私の状況は何も変わらない、わけではなかった。
親友の霊が憑いていることがわかった。