27.使用人って怖い
リリアは城勤めをしてるわけじゃない。王都にいるのは、マーガレットの知り合いであるはずの同学年の生徒の屋敷を巡っているから。
城の内部情報を知っている理由は。
「私、お城の中に知り合いが多いんです! 使用人仲間ですね!」
胸を張って言い切った。
「えっと、それは」
「マーガレット様に付き添ってお城まで訪れたことが何度かあるので! それか、王族のつきそいの使用人がラングドルフ領にやってくることもありますね!」
貴人が他所の領に行く際、数名の供を連れて行くのはよくあること。道中の世話とか、主人への細かな配慮なんかは、その家の使用人がやるのが最良。
目的地では、迎えた側が世話のほとんどをするのが礼儀というものだけど。
とにかく、使用人同士の交流があるのは想像ができる。
そんなに仲がよくなるなんて、彼らのことをよく見てなかった私には想像がつなかったけれど。
「いや、そんなことしていいのかよ。使用人が仕えてる相手の情報を外に漏らすとか、駄目だろ」
レオンの言う通りだ。
「そうですよね! 私たちも、普通ならそんなことは言いません! 家や領民のために頑張っている主人の事情なら、漏らすことはないです!」
けど、そうじゃない情報なら割と簡単に言ってしまう?
「情けないことや悪事、醜聞については皆さん嬉々として語りますよ! そういうことは、隠しておいてもいずれはバレます! というか、隠し続ける方が状況が悪化しそうですし、さっさとバラしちゃいます!」
「な、なによそれ……」
私も上流階級。さすがに領の方針決めのことなんかには関わってこなかったけど、将来的には参加する予定だった。
その時もし、家が悪事を働いていて私がそれに加担してしまったら、使用人からあっという間に外に広まってしまうということか。
「もちろん、偉い人はそれを恐れて、悪いことをしていたとしても滅多に人に話しません。使用人含めて、事実を知っている人は少数に留めると聞きます。もし使用人にバレた場合も、口止め料を払うとかして流出しないようにするそうです!」
「それ、偉いやつは大体悪事を働いてるって聞こえるけど」
「まさか! ほんの一部ですよ。私の仕える伯爵のように、清廉潔白な方が圧倒的多数です!」
言い切って、リリアは胸を張った。でかい胸が揺れて目立つ。
まあ、堂々と悪事を働く金持ちっていうのも珍しいだろう。仮にやってたとしても、誰にもバレないようにする。
けど今回の王子の愚行みたいな、大勢の人が目撃した事件とその後の人々の評価なんかは隠しようがない。だから広まっていく。
「そして、この手の話を使用人の誰から聞いたかについては、絶対に明かしてはいけないことになっています。私たち、互いに仲間意識が強いので!」
「そう……」
リリアが話せるのは、そういう事実があるということだけ。情報の出どころは教えてくれない、と。
そこに私の興味はないから、別にいいのだけど。
興味がないのはレオンも同じようだった。彼は私を見て質問を投げてきた。
「アシェリーって人だけど、本当にルイは覚えてないのか?」
「え? ええ。あのパーティーで見たのが初めてのはず……どうかな。学校で見かけたことくらいはあるかも……」
自信がなくなってきた。
アシェリーなる女についても、リリアが簡単に説明してくれた。
ラングドルフ領に昔から仕えている重臣。財務官ということは、領や家のお金の流れを管理する重要な仕事。
不正をしようと思えば簡単にできるし隠蔽も同じく。
だから、よほど信頼されてる家しか務めることができない。
「信頼されるのは家なんだな。人じゃなくて。親が清廉潔白な奴でも、突然悪い奴が生まれることもあるだろ」
本当にこのクソガキは。金持ちの家をなんだと思ってるんだ。
「家に属するってことはね、その家に連なる歴史を負うってことなのよ。これまでご先祖様たちが築いてきた名誉を守らなきゃいけないの。下手なことをすれば、家全体の名誉が傷つくことになる」
「アーキン王子みたいに?」
「まあ……そういうことね」
名誉ある支配者層は簡単に悪事を働かないことを説明したかったのだけど、馬鹿を働く奴の実例を挙げられてしまった。
国王陛下が処罰を検討してるのは、彼の軽率な行為の他に王家の名が傷ついたという理由が大きいだろうし。
馬鹿がいるなら、もう少し踏み込んだ悪人もいるだろう。そして私は、アシェリーという女は少なくとも馬鹿の部類に入ると思っている。
リリアの手前、容易に口に出しはしないけど。
「なあリリアさん。その財務官とかその娘が、なにむぐっ!?」
クソガキが容易に喋ろうとしたから彼の口を塞いだ。
馬鹿かもしれないけど、一応はリリアと同陣営の人間だ。悪く言うことはない。
「ねえリリア。本当にあの子のこと、覚えがないのよ。同郷ってことはマーガレットの知り合いよね? 紹介してくれてもいいと思うのだけど」
その記憶が全然なかった。
「はい! ひとつは、マーガレット様と歳が違うというのがありますね! マーガレット様のひとつ下です!」
なるほど。学年が違えば、普段接する機会も限られてくるか。
「あと、マーガレット様はあんまりアシェリー様を好きではなかったらしくて、普段避けていたようです」
「あー。そっちの方が理由としては強そうね。避けていた理由はわかる?」
「詳しくはわかりません。ですが、ふとした時に出る人間性が気に入らないと」
目下の者に対する横柄な態度とか、物を粗末に扱うとか。そんなことなのだろう。