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26.アシェリーの立場は面倒なことに

 政治家の妻たちは普段はそれぞれの屋敷に籠もりつつ、ことあるごとにお茶会を開いては情報交換をする。あるいは、夫や子供たちの自慢話を披露する。サロンという物もあるらしい。アシェリーには両者の違いがよくわからないのだけど。


 とにかくその場では、夫の地位が彼女たちの力関係のほぼ全て。あとは夫や子供の出世が逆転の手段。


 マーガレットが、こんなものつまらないと吐き捨てていたのを聞いたことがあった。伯爵令嬢たるものが、なんて愚かなんだろうとアシェリーは心の中で軽蔑した。

 これこそ、女が輝くことができる最良の場。お茶会と、その上位に位置するパーティーの場は、アシェリーにとっては憧れだった。


 そして今、第二王子の婚約者という地位を手に入れた。それより上は王妃かアーキンの兄の妻くらいしかないけど、ふたりとも既に妻帯者。そこに食い込むことは、さすがにアシェリーにもできない。

 とにかく彼女は、女たちの憧れの立場に至れた。


 なのになぜか、お茶会に呼ばれない。


 嫁入りの準備として城に留め置かれ不安な娘を安心させるため、宮中の女たちがお茶会にさそったり部屋を訪れて話したりするものではないのか?

 少なくとも伯爵領では、そういうことが行われていたのを見たことがある。


 けど、アシェリーには何もなかった。王妃やその他上流階級の奥方とすれ違っても、軽く会釈されるだけ。声をかけられることすらない。

 使用人たちも同じだ。表面的には礼儀正しく接してくれているけれど、絶対にこちらと目を合わせようとしない。態度もよそよそしいばかり。


 アシェリーを尊敬していないのは明らかだった。



 お茶会に呼ばれない代わりに、通りかかった奥方たちがヒソヒソと噂話をしているのを聞いたことがある。

 愚鈍なアーキンの王家にあるまじき振る舞いに、パーティーの出席者たちは失笑を漏らしたとか。優秀な兄と違って弟は人の上に立つ資質に疑いが出てきたとか。


 王家の権威に泥を塗った形になったアーキンの所業に国王陛下もお怒りのようで、何らかの処分を行うつもりらしい。


 処分ってなんだ。まだ公的には何も決まっていないらしいけれど、自分の立場を危うくするのは困る。

 アシェリーは微かに動揺していた。


 自分は王子の妃として、宮中の尊敬と羨望の眼差しを独占しなければいけないのに。

 そんな状況の中で、当人であるアーキンはといえば。


「今日も綺麗だね、アシェリー」


 今夜も呑気そうな顔でアシェリーの部屋を訪れて、無遠慮なことを言う。


「ママも、アシェリーのことを綺麗だって言ってたよ。ルイーザよりいい女だって」


 他の女を話題に出すな。


 婚約しているとはいえ婚前交渉は控えるという考えは、この男にはないらしい。


 アシェリーはそんな気分ではないというのに。あの、最悪のタイミングでの婚約発表の後からずっと、彼女は夫となるはずの男の顔を見たいとは思わなかった。


 アーキンの方は、第二王子に相応しい堂々たる態度を見せつけられたと自己評価をしているようだけど。


「今はそんな気分じゃないの!」


 アシェリーにあてがわれた部屋の扉をバタンと閉めて、錠をかける。


 婚約者、そして王族にかける声としては無礼に過ぎるけど、構うものか。そんな余裕はなかった。


 自分は。そしてこの男はこれからどうなってしまうのか。

 ちゃんと幸せになれるのだろうか。


 後戻りは、もうできないというのに。


 どうして、こうなったんだろう。


 私は何も悪いことをしていないのに。



――――



「とまあ、アーキン王子とアシェリー様は、宮中ではかなり面倒な立場に追いやられています」


 アシェリーなる人物と城の中の情報をひとしきり話したリリアは、お茶を飲んで乾いた喉を潤した。


「へー。偉い人も大変だねー。ちょっとした失敗で評判を落とすことになるなんて。あ、リリアさんお茶のお代わりいる?」

「あ、おねがいします! ……申し訳ございません。本来なら、私が給仕するべきなのに」

「そんなことないって。リリアさんが仕えてるのは伯爵さんでしょ? ここのお店にとってはリリアさんはお客様。お茶の用意は給仕長のわたしの仕事なのです!」


 ヘラジカ亭の給仕長ニナは、そう言って胸を張った。


 ちなみに今は混雑する時間帯。テーブルはほぼ満席で、仕事終わりの人たちが食ったり飲んだり。店員は慌ただしく動いていた。

 その中で給仕長であるニナは、リリアの話を興味深く聞いていた。

 いや、仕事をしなさいな。


 端のテーブルをひとつ占拠して、リリアから話を聞くのは私たちが営業妨害してるみたいで気が咎めるのだけど、ニナが仕事をサボってるのは完全に彼女の問題だ。


「いいのいいの。うちの従業員は優秀だから。わたしひとり欠けても、なんとかなります!」


 そういう問題ではないのだけど。


「諦めろ。こいつはそういう奴だ」


 レオンが呆れた様子で言った。


「それより、状況を整理するぞ。アーキン王子は婚約破棄した直後に別の女と婚約発表して、権力者たちからの信頼はガタ落ち。同じようにアシェリーとやらも周りから白い目で見られている」


 リリアの話を要約すると、そういうこと。


 あのクソ王子は制裁を受けるらしいし、アシェリーとかいう胸が大きいだけのよく知らない女も立場がない。

 どうやら私が何か手を下すまでもなく、奴らはまずいことになったらしい。ざまあみろ。


 まあでも、マーガレットを私が殺したって言い張ったことへの報いは受けさせないとな。これは私がやらないと。たぶん宮中も、マーガレットの死因については大して興味がないだろうし、真相も突き止めないと。

 けどなんにせよ、宮中の情報が得られたのは良かった。


 良かったんだけど。


「ねえリリア。そもそもあなた、なんでお城の中の状況を知ってるの?」


 気になったことを尋ねた。

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