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25.アシェリー・ドライセンという女(と、アシェリーの述懐)

 長い歴史の中でジルベット家は王家と何度か婚姻関係を結んできた。今、もう一回やっておくことは家の将来の安泰のために必要。

 鉱山云々とは、また別の話。


「鉱山の件も婚約の件も、たぶん王都で同時に進められてたの」

「はい! ラングドルフの家でも、マーガレット様をなんとかアーキン王子と婚約させようと策を巡らせていました!」


 ああ。そっちも同じことやってたのか。


「王子とどんなことをしたか、どんな話をしたかを逐一手紙にしたためて送るよう、マーガレット様は指示を受けていました!」

「ええ。私も同じ」


 その手紙は城での工作に使われたはず。うちの娘は第二王子とこんなに仲がいいらしい。だから当家こそ婚約者にふさわしい。


 私の努力は家の政治的駆け引きの道具だった。結局、公爵家が勝って婚約が決まり、その後に鉱山のことも決まった。そんな流れ。

 私のことなのに、私をのけ者にして決めてしまった。


「この決定は卒業の間近になされました! マーガレット様の下にも、自分の家が政治の駆け引きに負けた旨が書かれた手紙が送られたはずです! 父親でラングドルフ家当主、マティアス・ラングドルフ伯爵直筆のお手紙です!」

「そして、マーガレットはその手紙を受け取った直後に死んだ。手紙との因果関係はわからないけど」


 無いと確信していた。自死したとも、私は言わなかった。


 政治的に負けたことに、マーガレットがショックを受けたとは思えない。婚約の競争を、お互い真剣にやってないのだから。

 敗北に失望した伯爵様とやらから、相当きついお叱りの文面が綴られた手紙だったとか?

 それもありえないと思う。娘を政治の駒にするような人間が、他に使い道があるマーガレットをみすみす殺すまで追い詰めるとは思えない。


 伯爵様の人柄は知らない。けど仮に悪人だったとしても、愚かではないはず。


 事実、伯爵にとっても娘の死は想定外だったはずだ。だからこそ、こうやってリリアに調査を依頼した。生前の知り合いを辿って、死の真相を探ろうとしている。


「伯爵様は聡明なお方です! 手紙にも、彼女を責めるようなことは書かなかったと!」


 そっか。リリアから見て、悪人ではなかったか。


「何か裏があるはず。それを調べるのが私の使命です! ……それから、もうひとつだけ不審なことが」

「なにかしら」


 リリアはさすがに、声を潜めて言う。


「ラングドルフ家の一族ではありませんが、仕える家臣の家の者がアーキン王子と婚約したと。親が……国王陛下が決めた、ルイーザ様との婚約を破棄して、その場で直後に新たな婚約を宣言したそうです」

「……新しい婚約?」


 私との婚約破棄ならよく知ってる。その場にいた当事者だし。

 転んでワインをぶちまけた。それにアーキンが怒って、破棄を申し付けた。


 所詮は親に命じられた婚約。愚かなくせにプライドだけは一人前の王子なら、これを好機と考えたのは普通に想像がつく。

 他に好いた女がいたとしても、別に驚くことじゃない。


 けど、ラングドルフ家の家臣の者?


「アシェリー・ドライセン。ラングドルフ領で長年、財務担当官を勤めている家の娘です!」




――――




 アシェリー・ドライセンは困惑していた。

 なぜか周りが、自分にとって悪いようにしか動かない。その理由もわからない。私は、何も悪いことをしていないのに。



 伯爵家に仕える家の娘では本当は得ることができない、王子の婚約者という立場を得ることができたことは、彼女にとっては僥倖であった。

 身分の差はあれど、同じ上流階級の出。そして学校では、ある程度は差を無視して他の生徒と交流することができる。


 王家の跡取りなど、大抵は他の領主の娘か、国政に関わる要職に就いている貴族の娘がなるもの。けど、アシェリーは自ら王子に自分を売り込み、ものにした。

 アーキン王子が色仕掛けになびくような、愚鈍な男でよかった。


 邪魔者であるマーガレットも排除できた。学校を卒業するまで、アシェリーにとっては理想的な流れができていた。


 どうやら王子にも、家の決めた婚約者がいたらしい。他にも政治的なしがらみもあったそうだけど、アシェリーは彼に頼み込んだ。誘惑とも言うべきかな。

 愛の前には、そんなものは無視されるべきだ。胸を王子の体に押し付けながら、甘い声色でお願いすれば、彼は必ず聞いてくれた。


 そして卒業記念パーティーの場で、見事に婚約者に破棄を申し付けた。そのことは王家にも事前に許しを得ているとアーキンは言ってたから、何もかもうまく行くとアシェリーは確信していた。


 なのに、アシェリーの想定以上にアーキンは愚かだった。


 まず、婚約破棄の話を根回ししていたのは、アーキンに甘い王妃に対してだけだった。

 肝心の決定権を持つ国王陛下や、その他重鎮たちには一切話が通っていなかった。どうも、大好きな母上に軽い感じで話して、口約束で了解をもらったらしい。


 さらに悪いことに、婚約破棄の直後、舌の根も乾かぬうちにアシェリーとの婚約を発表した。

 これでは、アシェリーと婚約したいがためにルイーザとの破棄を決めたようではないか。


 せっかく、ドジなルイーザが大切な場面で転ぶという失態を犯してくれたのに、その幸運が無意味になってしまった。


 しかも、国政の大物たちが集まる場での宣言。大勢が聞いて、あらぬ噂が広まることは避けようがなかった。

 耳目は多いほうがいいとアーキンは考えたようだけど、やり方が下手すぎる。


 婚約宣言のおかげというか、アーキンがそう望んだせいで、アシェリーはパーティーが終わった後もしばらく王城に留め置かれることとなった。当然、家族とは引き離されることになる。


 アシェリーは政治家たちの難しい話はわからない。反面、奥方たちや使用人たちが自分を見る目には敏感だった。

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