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22.リリアの使命は

 マーガレットはリリアという名前の侍女について、よく話していた。主人と使用人の立場の差こそあれ、幼い頃から一緒にいた仲のいい相手。幼馴染で友達だった。


 王都の全寮制の学園に入って、休暇の際しか屋敷のあるラングドルフの領地に帰れなくなった間、マーガレットは両親と同じくらいリリアと会えないことを寂しがった。



――卒業したら、ルイにも会わせてあげるね、リリアに。



 何度か、そんなやりとりをしていた。


 仮に誰かの許可があって使用人のリリアが学園へ入り込んだとしたら、それを知ったマーガレットは私に報告してくれるはず。なにか、より優先すべき他の事情がない限り。

 そして、私は死の直前にマーガレットと言葉を交わしている。内容はリリアが来ることではない。


 時計塔の五階と六階の間の階段の窓から外を見て。意味はわからないけど、マーガレットにはそう言われた。

 従った結果、私は彼女が落ちていく瞬間を目にすることとなった。


 彼女の意図は未だにわからないけれど、その死の責任が目の前の使用人にないことは理解できている。

 リリアにはマーガレットを殺す理由もない。あったとしても、ここでわざわざ関係者である私を見つけて声をかけ、穏やかに話をする理由はない。


 私がやっているのは、単なる八つ当たりだ。


「ああ……マーガレット……」


 霊に押されたわけでもなく、私はその場に崩れ落ちた。私を止めていたレオンが、なんとか支えてくれたから、強く体を打つことはなかったけれど。

 目頭が熱くなり、大粒の涙が落ちて地面を微かに濡らす。


「マーガレット! なんで、なんで死んだのよぉ!」


 幼い子供みたいにわんわん泣く私を、レオンとリリアは黙って見つめていた。

 私は転んでも、また立ち上がる強さを持っている。前にレオンは私に言ったっけ。


「まったく。ガキみたいに泣きやがって。驚かすなよ」

「うるさい」

「痛っ!」


 レオンが差し伸べてくれた手を握って立ち上がってから、彼の足を踏んだ。減らず口を叩くのを許した覚えはない。


「あの。ルイーザ様」

「リリアさん。礼を失したことを言ってしまいました。許されることではありませんが、どうかご容赦を」

「構いません! あなたが、どれだけお嬢様のことを大切にしていらしたか、よく聞いていましたから!」


 とんでもないことを口走った私を、リリアは慈悲深くそして朗らかに許してくれた。

 マーガレットの優しさは、周りのこういう人が育んだのだろうな。クソガキとは大違いだ。


「なにか、俺にものすごく失礼なこと考えてないか?」

「いいえ。全然。クソガキって可愛くないなって思っただけ。リリアさんの優しさをほんの少しでも見習ってほしいとしか思ってないわ」

「かなり失礼なことだぞ、それ」

「それよりもリリアさん。マーガレットのお付きの使用人が、どうしてここに?」


 クソガキがうるさいけれど、私は強引に話題を変えた。


 リリアは彼女を雇っている者の領地、マーガレットと同じ姓の、ラングドルフ伯爵領にいるはずだ。王都にいるはずがない。

 マーガレットが死んだからといって、それは変わらない。彼女が在学中で不在の間だって、リリアは屋敷で使用人としての雑務をこなしていたはず。

 それが庶民の平服を着て王都にいる理由は。



「伯爵様に命じられたのです! お嬢様、マーガレット様のご学友を訪れ、彼女の死の真相を調べてほしいと!」


 場所を変え、ヘラジカ亭の片隅で私とレオンとリリアはテーブルについていた。

 周りでは仕事終わりの労働者たちが騒がしく酒を飲んでいる。


 リリアの大きめの声が響いても、こちらの話に聞き耳を立てるものもいない。


「あのマーガレットが死を選ぶなんておかしい。ご学友たちに、生前なにか言ってなかったか、聞き込みをしてほしいと命じられました!」


 なるほど。


 伯爵家については、マーガレットから在学中に少しだけ聞いていた。

 二百年前の魔族戦争の際に活躍した兵士が、王都の近くに領地と爵位を賜ったのが起源だという。


 初代伯爵は思慮深い人間だったそうだ。魔族の何気ない動きに意図を感じて、裏をかく戦法を提案したと伝えられている。

その思慮深さが今の当主にも受け継がれていて、娘の死に疑問を持った。


「ちなみに成果は?」

「今のところ、なにも得られてません! 皆さんなかなか会ってくれません! 伯爵様からの手紙は携えているのですが、それを見せてもなんとも」

「そう」


 意外なことではない。マーガレットの友人もまた、それなりに地位ある者。伯爵に仕える使用人とはいえ、庶民が簡単に面会できるものではないだろう。

 ラングドルフ伯爵からの手紙も少しは効力はあるかもしれないけど、だからといって忙しい時間を縫って死者の思い出を語ってほしいと言われても簡単に応じることは珍しいかも。


 伯爵家と繋がりが深い家なら別として、普段も将来も関わりがなさそうならそんなものか。使用人ではなく一族の誰かが行くべきなら、もっとすんなりいくだろうけど。


「なあ」


 水の入ったコップを片手に、レオンが口を挟む。


「そのマーガレットって誰だよ。ルイの大切な人なのはわかるけど、なんで死んだんだ?」


 そうだった。レオンには話してなかったな。

 アーキン第二王子が彼女を侮辱したため、果たせるならやるべき復讐の大事な要素なのに。


「ルイーザ様の学校時代のご学友です! ラングドルフ領の伯爵家の息女です!」


 私ではなく、リリアが説明をした。よほどマーガレットが誇らしいのか、それともリリア自身の性格なのか、朗らかな話し方だった。

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