21.マーガレットの侍女
「まったく。こいつは……」
レオンはため息をついて、私たちを押していった。ローブから出した手には何も持ってなくて、結局何を使おうとしたのかは不明だった。
三人で、太い通りから外れた狭い路地に入る。建物間の隙間みたいなもので、こちらに目を向ける者は見当たらない。ようやく、私は女性の口から手をどけた。
「ぷはっ! なにするんですかルイーザ様!」
「ち、ちがうわよ! 私、そんな名前じゃないわ! 公爵令嬢って何よ!?」
とりあえず否定しておいた。
そんな人は知らない。赤の他人だで乗り切ろうと思う。
無理だろうけど。向こうもそれなりに確信があって声をかけたのだろうし。
「いーえ、私にはわかります! あなたは公爵令嬢のルイーザ様です!」
「なんで言い切れるのか、根拠を教えてくれ」
「はい! もちろんです!」
レオンのぶっきらぼうな口調にも、彼女は臆することはなかった。
「まずは、さっきの突然転んでしまうという癖!」
「あー……」
それはかなり特徴的だ。
「背の高さもこれくらいですし、切っていますが流れるようなサラサラの金髪は間違いなくルイーザ様の特徴。その綺麗な瞳も同様です! なにより!」
彼女は私の胸元に目を向けた。
「かわいそうなほどに平坦な胸元! これこそ、聞いているルイーザ様の最大の特徴です!」
言い切ってから、彼女は腰に手を当て胸を張って得意げな顔をした。
彼女の胸の、大きな膨らみが揺れる。さっき私を受け止めた、柔らかくてムカつく膨らみだ。
「誰の体が貧相ですって!?」
「ぐえぇっ!?」
瞬間、私は動いた。彼女の胸ぐらを掴んで締め上げる。
「言いなさい! 誰の体が貧相ですって!? 公爵令嬢に向けての言葉とわかってるのかしら!?」
「ぎゃあああ! お許しくださいルイーザ様!」
「ふたりとも落ち着け。ルイ、怒りのあまり自分の正体言ってるぞ」
「あ……」
冷静だったレオンに言われて、我に返って手を離す。
ごまかすのは無理かな。
「お姉さんも。ルイのこと一方的に言う前に、自分が何者か名乗るのが礼儀じゃない?」
「確かに! 失礼しましたルイーザ様!」
声が大きい。
それでも彼女は、すっと姿勢を正した。
背筋を伸ばして、両手はお腹の下あたりで組む。
見たことのある姿勢だ。彼女は私と同じ、町娘の格好をしている。けれどこれは間違いなく、貴人に仕える使用人のポーズ。
「リリアと申します。伯爵令嬢、マーガレット・ラングドルフの侍女を仰せつかっておりました」
先程までのうるさい声ではなく、侍女にふさわしい落ち着いて上品で、こちらへの敬意に満ちた口調。
そんな彼女が仕えていたのは。
「マーガレット……」
先日卒業したばかりの学校での、彼女との思い出が頭をよぎる。
互いの家の事情はあれど、大したことじゃないと笑い飛ばした日々。それから、彼女の死。
時計塔から落ちていった彼女は、背筋を伸ばして両手をお腹の下に当てた姿勢をしていた。ちょうど、今のリリアと同じように。だから思い出してしまった。
マーガレットは言っていた。屋敷に、優秀だけど少し変わった侍女がいたと。
私たちと同じくらいの歳で、声が大きくて元気がありすぎる子だと。
さっき私は、行きはなんともなかった場所で、リリアの目の前で転んだ。
つまり、彼女に纏わる霊の仕業だ。若い彼女に、何の死の因縁があるのか。
彼女の主人以外で。
「マーガレット!? いるの!?」
周りを見回しながら呼びかけた。いるはずの友の霊は返事をしなかった。
「おい。急にどうした」
「ルイーザ様?」
レオンとリリアが怪訝な顔をして止めようとするけど、それどころではなかった。
「いるんでしょ!? いたら私を倒して!」
瞬間、体が急にぐらついた。いつものやつだ。
いてほしいから、自分から倒れにいったわけではない。ちゃんと立っていたはず。
それが、狭い路地裏ですぐ横にある壁ではなく、ちゃんと通路沿いで地面に倒れる方向に私は傾いていった。
やっぱりマーガレットはいた。
「ルイーザ様!」
なんの事情も知らないリリアが、さっきと同じように私の体を支えた。彼女の顔がすぐ近くに迫る。
マーガレットの霊は、彼女について何を伝えたかったの?
また、マーガレットの死の瞬間が頭をよぎる。彼女はなんで、落下しながらお腹に手を当て、使用人のポーズを取っていた?
「触らないで!」
亡き友の意図を察した私は、慌ててリリアから離れた。
「マーガレットを殺したのはあなたでしょう!?」
「おい! いきなり何言うんだ!」
面食らった様子のレオンが宥めようと私に手を当てようとするけど、今は邪魔なだけだった。
「レオンは関係ないでしょ!」
「そうだけど! 今のお前は普通じゃない!」
「うるさい! リリア! マーガレットを時計塔から落としたのは、あなたでしょ!」
リリアに食ってかかろうとした私を、レオンが前に出て止めにかかる。体格も体重も私が勝っているけど、腕力はレオンが上のようだった。
ほとんど抱きつくような形で、私の両腕を掴んで必死に踏ん張っている。
「なあリリアさん! こいつの言ってることは本当なのか!?」
「ち、違います! 私がお嬢様を手にかけるなんて、ありえません!」
「なにか証明する手立てはあるか!?」
「私のお嬢様への忠誠をですか!?」
「違う! あんたがマーガレットさんとやらを殺せない証拠だ!」
「え、ええっと。えっと……私、お嬢様が亡くなった時間には学園にはいませんでした! そもそも使用人の学園敷地内への立ち入りは、制限があります!」
「だってよ、ルイ」
「……ええ」
わかっている。そんなこと、私が一番わかってる。