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20.見知らぬ女性に助けられました

 まだそんなに暗い時間帯じゃない。一日の仕事を終えた人々が家に帰ったり酒場で夕食を取ったりと、往来が活気づく頃だ。


 私を探そうとする、王家や公爵家の者の姿は見えない。そろそろ諦めたかな。そんな希望とか変装の出来への期待とかで、私は日の出ている時間にも徐々に外に出ることにしていた。

 夜型の生活は合わないっぽいし。霊に時間は関係ないみたいだし。だったら祓うなら昼間からの方がいい。


 いやそんなことより、私の霊だ。


 前の倍ってことは、ざっくり二百体ほどだろうか。


「減るはずないだろ。元々ルイに憑いてたのは、これまでの行動範囲で拾った霊。生まれたときから着実に集めてきたやつだな」


 別に集めてなんかないし。拾ったんじゃなくて、勝手に着いてきただけなのに。

 でも理屈はわかる。彼らの未練に関わる仕事はしてないから、いなくなるはずがない。


 問題は、新しくやってきた百体だ。数日で、その数の霊と出会ってしまった。


「墓場とか歩いたもんな。それに人の多い場所を行き来した。人が多ければそれだけ、関連する霊も増える」

「なんだってそれが、全部私についてくるのよ……」

「居心地がいいからだろ。前に説明した通り」

「ううん。答えを聞きたいわけじゃないのよ……」


 私の気持ちをわかってって意味。これだから男は。乙女心がわからないんだから。


「いいだろ別に。見えないんだから。見えてる俺は大変だぞ。ルイと一緒にいると、常に濃い黒い霧に囲まれてるみたいだ」

「それ、平気なの?」


 百体の時点でも、視界を奪われたような感覚になった。それが倍とか、前が見えなくなる程じゃないだろうか。

 でも私の隣を歩くレオンは、ちゃんと前が見えている。足取りもしっかりしていた。


「霊が気を遣って、俺の視界からは退避してくれてるらしいんだよな。少なくとも、前が見えない濃さにはならない。急に振り向いたりすると、慌てて避けてくれる」


 言いながら、レオンは後ろを向いた。なんか楽しそうだな。気のいい大人と遊んでいる子供みたいだ。相手は死人だけど。


「いい奴らだな」

「いい奴らなら、私の周りからいなくなってよ……」


 見えないから普段は気にしてないけど、着替えたり湯浴みをしてる時も霊は周りにいるわけで。そっとため息をついた。

 何かあれば、この二百の霊が一斉に転ばせにかかる。慣れたとはいえ、別に望んじゃいないこと。転ぶと痛いし。


「死者たちに慕われるのも、そんなに悪い気分じゃないと思うけどな」

「他人事だと思って呑気な……」


 その霊が常に見えるという彼も、それなりに大変なのかもしれないけれど。


 ため息をつきながら、さっさと帰ろうと足を早める。座ってるか寝てるかしていれば、さすがに転ばないのだから。


 お店では厨房で、椅子を用意された上で料理の仕込みや皿洗いの仕事を与えられた。仕込みと言っても野菜の皮むき程度だけど、給金を貰えるらしい。

 自分の力でお金を稼ぐことの楽しさもあったし、サマンサたちは優しい。仕事はやりがいがある。クソガキもまあ、仕事中は真面目だし。


 そんな楽しい仕事のことを考えていると、私は不意にバランスを崩してしまった。


 いや待って。この道は行きも通った。その時はなんともなかった。だからこれは、場所に憑いた霊のせいじゃない。だったら。ううんそれより。


「あー」


 なぜだか、この霊のいたずらには一切の抵抗が効かず、踏みとどまることはできなかった。

 一度崩れると、誰かに支えてもらわない限りは倒れるまま。クソガキは咄嗟に支えるなんてことしてくれないし。


 そして今回は。


「大丈夫ですか!?」


 誰かが前から私を受け止めてくれて、地面に投げ出されることは回避できた。


 柔らかな感触。男性の筋張った手や体のものではない。かけられた声も女性のものだった。


 ほらクソガキ。見たか。これくらいのこと、あなたもやりなさい。これだから男は、なんて言われたくないでしょう?


 後でそんな風に嫌味を言ってやろうと思ったのだけど、それよりもまず恩人にお礼を言わないと。

 顔を上げて、彼女の方を見る。私と同じくらいの歳の娘。知った顔ではなかった。見ず知らずの人を助けてくれるなんて、いい人だ。


「ありがとうございます」

「いえいえ! 急に倒れかけてきたから驚きましたよ! 気をつけてください、ね……」


 お礼に対する決まりきった謙遜の言葉を言いかけていた彼女は、私の顔を見て絶句した。

 それからほんの少しの間をあけて。


「あなたはもしかして、ルイーザ・ジルベット様ではありませんか!? 公爵令じょむぐっ!?」


 慌てて彼女の口を塞いだ。往来でなんてこと叫ぶんだ。


 いや待って。なんでわかったの? というかこの人誰? 王家か公爵家の放った追手? 私の家ではないと思う。こんな人知らないし。じゃあ王家? でも、こんな女性に頼むもの?


「ここじゃ目立ちすぎる。場所を変えよう。何をするにしてもな」


 レオンがローブの中に手を突っ込みながら提案した。そうだ。ちゃんと話をするにしても、また大通りで私の素性を叫ばれてはたまらない。

 私は目立たずに生きないといけないのだから。


 ところでレオン、話すために場所を変えるとは言わなかったな。ローブの裾に隠れた手で何を持ってるんだろう。まさかナイフじゃないだろうな。人目のないところで女を始末して終わり、とか考えてないだろうか。

 いや、とにかく移動だ。私は彼女の口を塞いだまま、片手で引っ張っていこうとして。


「ぐぬぬ……」

「むぐー」


 できなかった。私の細腕では厳しい仕事だった。女性の方も抵抗してるし。

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