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19.地道に仕事をしています

 ニナたちが待つヘラジカ亭へと帰ると、既に客はほとんどいない時間帯になっているようだった。

 昨日みたいに、死者に纏わる悩みを抱えた人も見当たらない。


 その代わりに、あるテーブルに手つかずの料理がたくさん載っていた。


「ふたりともおかえり。さ、こっちこっち」


 客が帰って暇になったらしい給仕長のニナが、私を見るなりそのテーブルに座るよう促した。

 目の前には、鳥の丸焼きや生野菜のサラダ。果物を使ったケーキなんかが並んでいる。


 豪華絢爛な貴族のパーティーの食事と比べれば質素なのかもしれないけど、庶民にとっては十分すぎるほどの料理。


「ルイの歓迎会をしてないなって思って。とりあえず食べて。兄貴と母さんも、仕事が終わったら来るから」

「え、ええ。先に頂いても?」

「もちろん! 新しい家族なんだから遠慮はいらないよー」

「で、では。いただきます……おいしい……」



 ニナが目の前で切り分けてくれた鳥の丸焼きは、口の中でとろけるようだった。たぶんニールが、腕によりをかけて作ったのだろう。

 家で食べていた料理よりも、こっちの方がずっとよかった。


「私、この家に歓迎されてるのね」

「なんだよ今更」

「レオンに言ったんじゃないわよ。……ううん、レオンも家族なのよね」

「血の繋がりはないけどなー。いいんじゃないか。物理的な繋がりよりも大事なものって、あるだろ」

「そうよね……それはそうとして、あなた遠慮というものはないの?」


 私が手をつける前に、レオンは真っ先にケーキを切って食べ始めていた。そういうのは普通、食後に食べるものでは?


「レオンは相変わらずだねー。ルイに対しては特に遠慮がない」


 そのケーキを切り分けたのもニナなわけで、彼女はレオンの傍若無人さを咎めることはなかった。


 子供相手だからって甘やかして。


 公爵家ではそんなことは許されないのですわ。大抵は、食事の際は家長である父上が手をつける前は食べてはいけないと躾けられていたのに。

 庶民の食事はこうなんだろう。なんたか新鮮で、楽しかった。




 それから数日、わたしとレオンは暗くなってから街を歩いては、霊の冥界送りの仕事をした。

 残念というか幸いというか、遺体を蘇生させる事案が再度訪れることはなかったけれど、やるべき仕事は多かった。


 仕事と言っても、報酬を受け取るわけではないけれど。当然ながら霊と縁故の人間と関わらなければ金銭のやり取りがあるわけではない。

 大昔に死んだ霊の場合は、縁故となった相手もこの世の人間ではない例も多いし。


 そしてレオンは、そういう霊も分け隔てなく冥界に送り出した。


 最初は教会の裏手の墓地から始める。墓地を端から端まで歩き回り、私が転ぶ箇所を確認。

 この扱いにも慣れてきた。大丈夫、転ぶ程度なんてことない。死んだ人の苦しみは、これよりもずっと辛い。そう考えるようになってきた。


 先代以前の神父様が埋葬したような古い墓の霊は、エドガーが懇切丁寧に祈りを捧げ、冥界に帰るよう促した。


 彼らは、未練を諦めたとしても冥界に行くことができなくなってる種類の霊。それか、現世を漂う苦しみに耐えきれず帰りたがってるかだ。

 そういう霊に気づくことができるのは、私のおかげ。レオンはそう言ってる。まあそれは、レオンにも霊が見えるわけだけど、その意志はわからないから私の体質自体は有効ってことらしい。


 墓場を漂っている霊のうち、こっちの気を惹きたいものだけ冥界に送り返す、か。


 なんとしても冥界へ行こうとせず、私を転ばせ続ける霊については、エドガーが埋葬された者の素性を探って、未練を晴らせないか調べてくれるそうだ。


 それから墓地を離れて街へ行く。家々の前をくまなく歩いて、反応があった家を訪ねてお祈りをして塩を供える。

 エドガー神父の教会から来て、この家のために祝福をしたいと言えば、疑われることなく招き入れてくれた。


 宗教の力の強さを見せつけられた光景だ。


 レオンの、少し格式ばっていて無理をしてそうな祈りの言葉の後、去り際に私が転ばなかったら霊は冥界に帰ったことになる。

 転んだ場合は、その家の事情を詳しく調べて後日やり直すことになる。


 その家々については、除霊の目的は話していない。たんなる聖職者見習いのお祈りという形での訪問だ。

 他言無用のレオンの能力について、そもそも言及しない方針でやるなら、こう言うのが自然だから。


 訪問を受けた人たちは自分の縁者や先祖がいつの間にか祓われていることを知らないけれど、突然の訪問に嫌な顔をする者はいなかった。

 神の教えを信じている敬虔な人たち。こちらから金銭を要求することはないけれど、彼らはしばしばお礼としてささやかな贈り物をくれた。


 ごく少量のお金。あるいは食べ物。時々、食事をご馳走してくれることもあった。


 庶民ゆえに、公爵令嬢である私からすると大したことのないお礼。けど真心は感じた。


 それに今の私には公爵令嬢なんて肩書は無意味。お礼をいただけるのは大変ありがたいこと。

 宗教的な祈りはわからないけれど、感謝の言葉は誠心誠意尽くさせてもらった。

 そんな風に霊を送る活動を続けた結果、私に憑いている霊の数は。


「正確に数えたわけじゃないけど、倍くらいになってるな。なんというか、霊の集まりの濃さがそんな感じだ」

「なんでよ!? 減ったと思うじゃない!」


 ある日の帰り道、レオンに言われた私の叫びが通りに響いた。

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