18.これが仕事の流れです
かつての魔族のネクロマンサーも、生者ではありえないような動きを死体の軍勢にさせていたという。
だからパメラという老婦人は、今久々に体が自由に動く感覚を得ているわけだ。
その腕で、彼女は夫の背中を優しく撫で続けた。彼女は話すことはできない。体も既に冷たくなっている。
けど、老紳士にとっては愛する妻だった。
「ごめん。ごめんよお。もっとお前を気にかけてやればよかった。俺が悪かった。全部俺のせいなんだ!」
あれが老紳士にとっての、普段の言葉遣いなのだろう。
穴掘り名人として立派に仕事を勤め上げた職人としてではなく、最愛の妻への親しみを込めた言葉。
妻は頷きながら、しばらく彼を抱きしめ続けていた。
「彷徨える魂よ。遺した夫が心配なのはわかりますが、この世界に死者がいても利はありません。どうか冥界にお行きなさい」
ややあって、エドガーがふたりに歩み寄りながら語りかけた。
穏やかな、人々の敬愛を集める神父様そのものの言葉だ。
老紳士が悲しみに暮れていたのは彼の問題。そして、妻が霊となって彷徨っていたのは、彼女自身の心によるもの。
弱った体で最愛の夫を抱きしめられなかったことと、その夫への心配が未練だった。
パメラという女性だった遺体は、エドガーを見てゆっくりと頷いた。老紳士も同じだ。
「神父様、お願いします。私はもう平気です。妻が最後に叶えてくれた思い出を胸に、これからも生きていきます」
ふたりの返事に、エドガーは服のポケットから小瓶を取り出した。この人たち瓶好きだな。
中身は透明な液体。清められた聖水か、酒だろう。
「彷徨える魂よ、主の元へ戻りなさい。あなたの行く末に幸あらんことを。冥界の主におかれましては、哀れなこの魂の罪を赦し……」
パメラに液体をかけながら、簡潔ながら祈りの言葉をかける。
昨日レオンが言っていたのと比べて、ずいぶん格式ばっている。
「いいだろ別に。祈ってさえいれば道は開けるんだよ」
「ふうん」
私の冷ややかな視線に気づいたのか、隣に立っているレオンが不機嫌そうに返事した。
「長ったらしい祈りを言うの、苦手なんだよ」
「ああ、わかるわ。あなた、そういうの面倒くさがる種類の人間でしょ?」
「違うからな。苦手なだけで、怠けてるんじゃないからな」
「はいはい。レオンくんは立派ですねー」
「おいこら!」
そんな低レベルな言い争いをしている間に、エドガーは祈りを終えた。
パメラの体から力が抜けていく。霊が冥界に帰っていったのがわかった。
最後にパメラの顔に、ほんの少し笑みが浮かんだ。私にはそう見えた。
「ありがとうございます神父様。レオンくんも。そしてルイさんも」
老紳士は私たちに丁寧にお礼の言葉を告げ、レオンと協力して遺体を棺へと戻していった。
今度は私も協力した。魂の抜けたひとつの遺体。私の腕力が足りないのは仕方ないけれど、不思議と嫌悪感は消えていて、さっきと比べてしっかりと触れて運ぶことができた。
さすがに、穴を埋め直す仕事はレオンたちに任せたけど。今度からは、もう少しスコップを握ってあげてもいいかも。
ちなみにその間、エドガーは地面に描かれていた魔法陣を消す仕事をしていた。足で擦って目立たないようにするだけ。本当に腕力を使わない仕事ばかりだ。
「俺たちの仕事の流れはこんな感じだ。夜中に墓を掘り返して、死体を蘇らせて依頼人から金を貰う」
老紳士は満足した様子で家に帰っていき、後の事務的な処理もエドガーが全部やってくれるという。
私たちそれぞれに金貨二枚の報酬が与えられてから、レオンと一緒に帰路についた。
昨日と同じ、家々の明かりだけが頼りの帰り道だった。
「神父様はあっさりと、私を認めて報酬をくれたのね」
金貨二枚。重労働とはいえ、夜間のほんの少しの間にやった仕事にしては、破格の報酬だ。
私とレオンで計四枚。エドガーの取り分もそのくらいのはず。貧しい人には簡単に出せる金額じゃない。
それを、初対面の人間にあっさり渡してしまうとは。
「俺が信頼してるから、エドガーも同じように信頼する。それだけだ。それにあの紳士は羽振りがいい。仕事で稼いでたのは本当なんだな」
「そう……」
依頼人の経済状況で報酬に差が出てしまうことに、思うことがないではない。けど黙っておこう。
彼らが貧しい人にも、同じように仕事をしてるってことなのだろうし。
「俺の仕事の大まかな感じはわかったか?」
「ええ。よくわかったわ」
「ルイにはこれから、新しい仕事を見つける手伝いもしてもらうから。霊たちの未練のヒントを見つけるというか」
「それが、私が一番役に立つ方法なのよね。わかった、やるわ……もしかしたら、報酬が貰えない種類の未練も見つけられるかも」
関係者全員が故人になってたり、到底報酬を払ってくれなさそうな人に纏わる未練だったり。
「そんなこともあるかもなー。けど、いいじゃないか。人を冥界に送り返すこと自体が善行だ。人の幸せに繋がることをするの、気分いいだろ?」
「いいけど、あなたがそれを言うのは違和感あるわね」
「ははっ」
いや、否定しなさい。レオンは一応、真面目にネクロマンサーやってるのはわかったから。
普段の性格がクソガキなだけだ。
「昨日の夫婦みたいに、その場で見つけた霊の未練で思いがけず金を貰うことも多い。やってみてもいいんじゃないか?」
「それは……そうかもしれないわね……」
どんな風になるか、全然わからないけれど。