16.ネクロマンサーの仕事は重労働です
その間、エドガーは老紳士に色々と説明をしている。
奥様に今度こそ最後のお別れを言うこと。冥界に行かない霊は苦しむだけだし自然の摂理に反するから、ちゃんと行くようお爺さんからも言うこと。そして、今夜起こったことは他言無用なこと。
レオンがした説明と同じような内容だ。
老紳士が頷くのを見て、レオンは教会の奥からスコップを二本持ってきた。一本を私に手渡す。
「え? これは」
「今から墓場に行く。死体を掘り返すために」
「どうして?」
「死体がなきゃ蘇らせられないだろ」
「いやいや。でも」
「安心しろ。まだ亡くなってからそんなに日は経ってない。腐敗もあんまり進んでない」
ちょっとは進んでるってこと!?
レオンとエドガーと老紳士。それにスコップを抱えた私。
四人で連れ立って、明かりを手にして教会近くの墓地へ行く。
昼間なら故人を偲ぶ者がいるかもしれないけど、さすがに夜は無人だった。
「墓を掘り返すなんて、墓泥棒しかいないと思ってたわ」
「ははっ。そんな不埒な奴もいるんだな。安心しろ。この墓地の管理人はエドガーだ。違法なことは何もない」
「だからって安心できるわけじゃないのよ!」
「エドガー、奥さんの墓はどこだ?」
「あのあたりですよ。先日埋葬したばかりなので、よく覚えています」
「ぎゃー!?」
奥さんの墓まで近づいたところ、私は何かに引っ張られるように転んでしまった。
「もう! やめなさいよ! ここのお墓がそうって、言われなくてもわかってるから!」
「霊は返事しないぞ。言っても無駄だ」
「聞こえるなら言う意味あるのよ!」
「聞いてくれるといいな。それよりほら、叫ぶ元気があるなら手伝え」
レオンが墓石の前で穴を掘り始めた。
ひとりでは大変だから手伝えと言うのはわかる。
老紳士は、レオンの様子を見ているだけだった。ご老人だからな。そんな重労働はさせられないのはわかる。仕事をよく頑張ってた方だとは聞いてるけど。
エドガーも見ていた。墓石に触りながら、なにやら祈りの言葉を唱えていた。
いやいや。成人男性。働きなさい。
「私は聖職者です。このような力仕事とは無縁の生き方をしていました。自慢ではありませんが、中身の入った盃以上の重いものを持ったことがありません」
私の視線に気づいた本人が説明をした。いやいや。
「なによそれ。教会でも力仕事が必要なことはあるでしょう?」
「近くに住む信者にお願いをしています。信心深い彼らは、神に仕える私を助けることで神の祝福を受けるのです。そのような殊勝な信者が多くて、私は幸せですよ」
これも神の思し召しとでも言うように、エドガーは胸元で手を菱形の形にした。
「わかっただろ。こんな奴だ。信じられないくらい体が弱いんだよ。それを悪びれることもない。だからルイ、やれ」
「そ、そんなこと言われても……私だってそれなりに生まれがいいから……」
老紳士の前では詳しい身分を明かしたくはない。
けど、私は公爵令嬢。淑女たれ。男が喜ぶか弱い女であれ。そう育てられてきた。
力仕事とは無縁な生き方だった。
「まったく。使えない奴らだ」
「うるさいわね」
子供に力仕事を押し付けるのは、ちょっと気が咎めるけど。でもレオンだし。あとこの子、割とスコップの扱いうまいし。
何度もやってきたんだろうな。
「手伝おう」
すると老紳士が私のスコップを持って、レオンと向かい合うように穴を掘り始める。
慣れている動きだった。小さいから苦労をしているらしいレオンと比べても、年齢を感じさせない動き。みるみるうちに穴が広がっていく。
「上手ですね」
「穴を掘るのは得意さ。ずっと土木の仕事をしてきた」
「なるほど……」
建築物の基礎となる部分を作る仕事。地面に穴を掘るのは、日常的な仕事だったのだろう。
「仕事を頑張れば、金を稼げて妻に贅沢をさせられる。そう考えて必死に働いた。すると、自分には穴掘りの才能があるとわかった。街一番を自称するつもりはなくとも、周りから称賛されるくらいにはうまかった」
誇れる経歴なのに、語る彼の口調は寂しげないものだった。
「技術を褒められるたび、のめり込んだ。妻を幸せにするための仕事なのに、いつの間にか逆転してしまった。仕事に夢中になって妻を顧みなくなってしまった」
そして、仕事を引退する頃には手遅れになってしまった。
「妻はそんな私を、立派だと言ってくれた。大勢の人の役に立った仕事をやり切ったと。病床の妻の顔は穏やかなものだったが……未練があったのか」
やがてスコップの先端が、なにか硬いものに当たった。
棺だった。
「ねえレオン。この棺、掘り出すの?」
「さすがにそれだけの力は俺にはない。中の死体だけ出す」
棺は普通、複数の男の手でなんとか持てるもの。子供の腕力では無理か。
死体だけというのも難しいだろうけど。
「だったらルイが手伝ってくれるか?」
「それは、棺からご遺体を運び出すってこと?」
「そう。穴の上まで引きずり出す」
「あー、うー。……ちなみに、今まではどうしてたの?」
「依頼人に手伝ってもらってた。今みたいにな」
エドガーは本気で手伝ってくれないらしい。
依頼人が、今みたいな体力のある穴掘り名人なのは稀だろう。非力な女性であることも多い。
それでも死者に会うために協力を惜しまないものなのだろう。
「ああもう! わかったわよ! やってやるわ!」
「ようやくか」
「うるさいわね!」
私とレオンが言い争ってる間も、老紳士は手際よく穴を掘り進めていた。