15.教会の神父様
その後、暗くなるのを待って外に出る。一日の仕事を終えた者たちが酒場に向かう波に逆らいながら、一日働いていない私はレオンに連れられて街の一角に向かう。
教会だった。こじんまりとしているけれど歴史を感じさせる佇まい。
「これがアルディス地区の教会」
昨日も出てきた言葉だ。
「アルディス?」
「街を区分けして管理しやすくするための名前のひとつだよ。うちの酒場も同じ地区にある。そして、教会は各地区にひとつは置かれている」
多くの人が利用する施設だもの。それくらいの数はあるべきか。人口密集地だし。
そういえば私の故郷の領地も、似た感じの教会の建て方をしてた気がする。
「エドガー。爺さんは来てるか?」
レオンは教会に我が物顔で入って、誰かに呼びかけた。
いつものことらしい。こいつ、本当に教会の関係者だったのか。
教会内部にはたくさんの椅子が並んでいる。週末の礼拝には、ここが埋まることも多い。あと結婚式や葬式をやるときの参列者とかでも。
今はふたりしか座っていなかった。昨日の老紳士と、若い男性だ。
若い方はこの国の国教の伝統的な修道士服を着ている。つまり神父様だ。
エドガーという名前の彼は、こちらを振り返りながら立ち上がった。穏やかな顔つきと綺麗な黒髪。人を教え導き、喜びにも悲しみにも寄り添って生きる善良な神父そのものの顔をしていた。
「待っていましたよ、レオン。そちらの方は?」
「ルイだ。訳あって俺の仕事を手伝ってくれることになった」
「訳とは?」
「公爵令嬢様なんだって。家から逃げてきたとさ」
「公爵令嬢……ルイ……ルイーザ・ジルベットですか?」
老紳士から離れてこちらに歩み寄り、彼に聞こえないように話すレオンとエドガー。
「神父様、私のことご存知で?」
「ええ。昼間、教会に兵士が来ました。王子を侮辱して逃亡した大罪人を追っていると。見つけた場合は知らせてほしいと」
「ええ。私のことです。ちなみに、王子の方が私に一方的に婚約破棄をしたことは?」
「いえ。それは聞いていません」
あの男、自分に都合のいいことばかり話しているな。王家というのはそういうものなのかしら。
婚約自体、まだ上流階級にしか知られていないこと。下々の者に余計な情報を与えて王家への信頼を揺るがせる意味はないと考えているのだろう。
「その公爵令嬢様だけど、俺と一緒に働くことにした。なかなか面白い体質を持ってるらしいからな。悪いけど、兵士に突き出すのはやめてくれ」
「なるほど。訳ありなのですね。いいでしょう」
神父様は驚くほど素直に受け入れてくれた。
嬉しいけど。そんなあっさりいくものだろうか。逃亡中の公爵令嬢を匿ったとか、バレればただでは済まないはずだけど。
「さすがエドガー。わかってるじゃないか」
「レオン。私は神父ですよ? もう少し敬意を」
「エドガーは硬いな。真面目すぎるんだよ」
「そ、そうでしょうか……」
彼はレオンにとって、心を許した相手なのだろう。
笑顔でエドガーを肘で突くレオンは楽しそうだし、エドガーもたしなめない。
なるほど。このクソガキの相手に慣れていれば、逃げた公爵令嬢程度は比較的穏やかな存在なのだろう。
それに彼はレオンの秘密を知っているらしい。それでもレオンは堂々と仕事をしてる。秘密を持つのは得意なのか。
「それでレオン。彼の奥さんの霊は、確かにいるのですね?」
「間違いない。昨日、はっきり見た。今日は別の場所に移ってるけど」
「霊が移った?」
私のことを話しながら、レオンとエドガーは老紳士の方に歩いていく。昨日、レオンから夜に教会に来るよう言われたんだろうな。私も何も考えずについていき。
「あびゃー!?」
老紳士の近くで盛大に転んだ。ああ。わかってるとも。この人の奥さんの霊の仕業だ。
「大丈夫ですかルイさん」
「大丈夫大丈夫。こいつは特殊な体質なんだ。今のは、霊がルイに干渉して転ばせた。故人の未練に関係する人や物の近くで起こるんだ」
レオンが私に手を差し伸べながら説明する。助け起こしてくれるのは嬉しいけど、転んだこと自体の心配はしてくれない。
「霊が人に干渉した?」
「そう。ルイの体には百体近くの霊が集まっているんだ」
霊に憑かれやすい。そんな私の体質を、レオンは端的に説明した。エドガーもレオンの仲間だし聖職者だしで、霊に関する知識はある。説明はすんなり終わった。
初耳である私の体質についてだけ、驚いた顔を見せた。すぐに優しい笑顔になったけど。
「それは、さまよえる霊たちにとっては福音となりましょう。晴らせぬ未練を晴らす助けとなるのですから」
そして、胸の前で菱形に手を合わせる仕草を見せた。この国で最も信じられている宗教の祈りのポーズだ。
「もちろん、ルイさんの体が許す範囲で使うべきですが。なにかある度に転んでは体が持たないでしょう」
気遣う言葉をかけてくれた。
クソガキとは大違いだ。
「なあ。あんたたち、本当に妻を蘇らせてくれるのか?」
老紳士がやってきて訝しげに話しかけてきた。半信半疑という様子。当然だ。死者は蘇らないものなのだから。
「短時間だけな。あんたの妻の未練、晴らさせてやる。……最後に抱きしめられなかった、だっけか」
老紳士はゆっくりと頷いた。
「この人、長い間必死に働いてたんだってさ。あまり家庭は顧みない生き方だったらしい。そんな彼を献身的に支えていた妻が、病気にかかって死んだ。徐々に体が弱っていって、満足に体が動かないまま亡くなったって」
レオンが事前に聞いていたらしい情報を、私に耳打ちした。