14.髪型を変えました
そういえば昨日も、私があまりにも絶世の美女すぎて我を忘れて見とれてたとか言ってたかな。細かな言い回しは違うかもしれないけど。
可愛いところもあるようだ。
「私のこと、そんなに気に入ってくれてるのねー」
「うるさい。そこに座れ。とりあえず切るぞ。細かいところはニナがやってくれ」
「うんうん。照れちゃって可愛い」
「じっとしてろ」
二階に戻って姿見の前に座って即席の理髪店をセッティング。私の後ろに立ったレオンは大きめのナイフをローブの下から取り出した。
片刃で、いかにも尖そう。刃がついてない背中の方も、ノコギリのようにギザギザになっている凶悪そうな見た目をしていた。
え? なにそれ。
「動くなよ」
「待ちなさいよ! そのナイフはなによ!?」
「刃物がないと切れないだろ?」
「ハサミ使いなさいよ!」
「扱い慣れた道具でやった方がいいだろ」
「適した道具を使いなさい! てか扱い慣れてるってなによ!? そんな人を殺せそうなナイフ何に使うのよ!? 本当に人を殺すとか言わないでしょうね!?」
「……どうかな」
「いや否定しなさいよ怖いでしょ! ……ね、ねえレオン。もしかして、かわいいって言ったこと怒ってる?」
「そんなことで怒るはずないだろ」
「そ、そう……」
「イラッとしただけだ。イライラしすぎて手元が狂って、ルイの首を切っちゃうかもしれないから、マジで動くなよ」
「ひえぇ……に、ニナ! 助けて! あなたが代わりに切ってよ!」
「ふたりとも仲いいねー。微笑ましい! レオン、ここぐらいからばっさり切って」
「わかった。ばっさりだな」
ああ創造神様。どうか私をクソガキの蛮行からお守りください。教会で祈るなんてつまらないから嫌だと考えていたのは謝ります。次からは神父様にも敬意を持って接します。
だからこの信心を持たないクソガキをなんとかして……ああ。こいつも教会の手伝いをしてる聖職者の一種なんだっけ。世も末だ。
使用人からは綺麗だと何度も褒められてきた髪がナイフでザクザクと切り落とされていくのを見ながら、私はただ祈り続けるしかなかった。
「うん。こんなものでしょ。どう? 似合う?」
「ええ。短い髪も新鮮でいいものね」
ナイフで切ると早いのだけは確かで、レオンは私の首を切ることなく短時間で仕事を終えた。そしてハサミを手にしたニナに交代。
最初からそうしなさいと言いたいけれど、ニナは私の髪を切りそろえるのに時間をかけていた。最初からこれだと、確かに時間がかかりすぎるか。
耳が隠れる程度のショートカット。貴族の女は髪を伸ばしたがるから、こんな髪型は上流階級では見たことがない。
髪が長い方が、その美しさを維持するのに手間がかかるもの。その手間をかけられる余裕を見せつけるためにやってるらしい。あと、毛量が多い方が飾りを多くつけられるとか。
冷静に考えれば馬鹿馬鹿しい話だ。
「あとはお化粧すれば、だいぶ雰囲気変わるんじゃないかな。家の人に探されても、すぐには見つからないでしょ」
「でも、あんまり真昼から外を出歩くのは避けたほうがいいな。しばらく様子を見てから、大丈夫そうならいいけど」
レオンがナイフを布で拭きながら口を出す。彼の言うとおりだ。あと、そのナイフ大事に使ってるのね。
「逃亡者みたいで気の乗らない話ね。仕方ないけど」
「逃亡者なんだよ。公爵家がどれくらいで諦めてくれるか、我慢比べだな」
「あの人たち、私に責任取らせるためにいつまでも追いかけてくるわ。王子もね。プライドばっかり高いから」
「責任取らせるって、どんなことだ?」
「公衆の面前で、私が間違ってましたと頭を下げさせるとか。その上で公爵令嬢の座を奪うとかそんなことでしょうね」
「ふーん。今の時点で公爵令嬢の地位は剥奪されてるみたいなものだけどな」
確かに。戻りたいわけじゃないというのは、昨日も彼に話した。
「あいつらのせいで、堂々と行動できないのが嫌なだけよ。あと、あいつらが今も王家で気ままに振る舞ってるのが腹が立つの」
「なるほどなー。復讐したいのか?」
「可能ならね」
「なるほど。でも、それも状況を把握してからだな。相手の情報もわからないまま復讐はできない。庶民からすれば、王族なんて関わりのない存在だ」
庶民にとってはそんなものか。
「王様とか、次期王様の王子とかなら、たまに民の前に現れるけどな。第二王子とか存在が微妙すぎて、王都の人でも顔を知らない」
「最近まで学校の寮暮らしだったものね」
なにか機会があるまで、復讐は無理か。
「そんなに仕返ししたいのか?」
「ええ。私への侮辱というよりは、私の友への、だけど」
「なるほど」
私がそれ以上話そうとしないから、レオンも特に聞かなかった。
私にとっては思い出すのも辛い光景。もう少し時間が欲しかった。
「いいわ。しばらくは隠れながら、レオンの手伝いをするわ」
「それがいい」
「あと、この居酒屋のお手伝いもしてあげるわ」
「それはやめろ。料理を運んでる最中に転ばれでもしたら大事だ」
「私のこと心配してくれてるのね。割れたお皿で怪我しないように」
「いや料理がもったいない」
そんなことと思ったわよクソガキ。
「椅子に座って皿洗いくらいなら安全だよね? 働きたいなら、わたしも協力するよ」
「ニナ……!」
見たかクソガキ。これが善性というやつだ。
「もう少ししたら行くぞ。昨日の爺さんを救いに行く」
「ちょっと。話し聞きなさいよ。あなたも、私がどう生きるべきか、このお店でどう役に立つべきかを考え」
「お前は俺の手伝いをするのが、一番役に立つ」
「あ、はい」
この子なりに、私のこと考えてくれてるの?