13.公爵家に戻る気はありません
「その当時のことを覚えてる人間は、今いない。けど、忌むべき力なのはみんな知ってる。権力者どもに見せてみろ。大騒ぎの末に俺は殺される」
「で、でも。ネクロマンサーなのは隠して、霊が見えることだけ説明すればいいんじゃ……」
「霊が見えます。それが人を転ばせます。それだけで納得すると思うか? 俺の経歴や身元を詳しく調べられて、これまでちょくちょく死体を蘇らせてきたことが暴かれる」
「私たちの家にも取り調べが来るでしょうねー」
ニナは、実際はそうならないって確信してる言い方をしている。たしかに私も、それは困る。ニナと知り合ってから時間は経ってないけれど、お世話になる相手なのは間違いないわけで。
恩を仇で返すことはしない。これが公爵令嬢の矜持というものだ。
「それに権力者どもは、俺をかつての魔族のネクロマンサーと同じように戦争の道具に使うよう強要するかも。そんなのは御免だ」
レオンは吐き捨てるように言った。
「俺は市民のために死者を蘇らせたり霊の未練を晴らしたりする。けど、他言無用をお願いしている」
確かに、さっきの夫婦にもお願いしていた。
「ちゃんと守ってくれる善良な市民だったらいいけど、善良さの欠片もない権力者どもには手を貸すつもりはない」
「なるほど……」
権力者たちへの偏見に満ちた意見だと、公爵令嬢の側から見れば思えてしまうけれど、庶民の感覚はそういうものなのだろう。
実際、私にも同意できるところはあるし。
「じゃあ、ルイはしばらくうちに住めばいいよ。しばらく隠れてて。そのうちルイの家も探すの諦めるでしょ」
「そうするしかないわね……」
「ちなみにルイは、いつかは家に戻りたいって思ってる?」
「別に」
ニナの問いを即座に否定した。
「あの王子との婚約を私に求めたのに、一方的に破棄された時に庇わなかった」
「なるほどね。それは、あんまりいい家族と言えないね」
「ええ。それに小さい頃から、家の伝統だとか人の上に立つための使命だとかで、色々と教え込まれて……正直、そんなに楽しいと思ったことのない家だったわ」
「そんな家のために税をむしり取られてる領民は、たまったものじゃないな」
「あなたね……いえ、そうかもしれないわね」
レオンに嫌味を言われたと一瞬思ったけれど、私に対してじゃなかった。
私の家、あるいは両親に対するものだった。
そんな所に無理に戻る必要はないと言ってる。
「思ったより優しい所あるじゃない」
「うるさい」
「はいはい」
「懐かれちゃったねー。ルイ、来て。部屋に案内するから。あと着替えも必要だよね。ずっとドレスで過ごすわけにはいかないでしょ? 私のお古でいい?」
「え、ええ。本当に、何から何までありがとう……」
私は住む場所もなければ着る服もなかった。そんな私を救ってくれたのだから、彼らには感謝しかないな。
「どう? サイズは合ってる?」
「ええ。合ってるわ。ほとんどぴったり……」
建物の二階部分の部屋の一角の、今まで誰も使ってなかったらしい個室。そこでニナが持ち込んでくれた服に着替えた。
シンプルなブラウスに短めのスカート。
庶民の服だ。あまり期待していなかったけど、思っていたより着心地はいい。繁盛してる店の子だからか、それなりにいい服を着ているようだ。
それはいいのだけど。
「胸元が緩い……」
「え? なにか言った?」
「いえなにも!」
部屋の外で待ってるニナに聞かれてしまって、慌てて取り繕う。
ニナの胸も、そんな常識外に大きなわけじゃない。至って普通だ。
私が平坦すぎるだけなんだろう。
ため息をついた。これくらい緩いのは問題ない。きついより、ずっといいか。
ニナに、もう大丈夫だと告げてベッドに倒れ込んだ。
色々ありすぎて、疲れてたのだろう。気がつけば私は眠っていて、起きた時には窓の外は明るくなっていた。
「よう。お寝坊さん。金持ちってのはいつも昼過ぎまで寝てるものなのか?」
そしてレオンが起こしに来た。
「違うわよ! 疲れてたの」
「そっかそっか。気にするな。うちも夜まで仕事してる家だから、普通よりは遅くまで起きててもいいぞ。昼過ぎまで寝るのはさすがに遅いけどな」
「わかったわよ。あなたの生活に合わせる……」
起きて店舗に戻ると、レオン含めた従業員たちが仕事の準備をしているところだった。
この居酒屋は夕刻から夜までの営業。ランチはやってないとのこと。
それでも料理の仕込みなんかもあるから、準備は昼からやらないといけない。庶民の生活も大変だ。
ところでレオンは、今日は店で働くのではなく。
「昨日の老紳士の仕事をするのよね? 奥さんを亡くしたっていう」
「そうだな。仕事にとりかかるのは夜だ。さすがに明るいうちからはできない。それまでにルイも準備しておけ」
「準備?」
「街の様子を見てきた。お前のこと、探されてたぞ」
「あー。そうよね……これじゃ、外に出られないわよね……」
人相書きなんかも出回っていることだろう。じゃあどうすればいいかといえば。
「とりあえず髪を切らないとな。それで印象はだいぶ変わるだろ」
「そうなるのね……いいわ。やって」
「いいのか? 女って髪を大事にするものらしいけど」
「いいのよ。長い方が男受けするからって言われて伸ばしてたんだし」
「ふうん。王子様に婚約してもらうために?」
「ええ。そういうこと。じゃあ、ばっさり切ってもらおうかしら」
「いや自分でやれよ。なんで俺にやらせようとするんだよ、お嬢様」
「うぐっ……だって。いつもお屋敷では家で雇っている理髪師が」
「はいはい。公爵令嬢様がお金持ちすぎて生活能力がないのはわかったから。こっち来い」
「かたじけないです……」
「ニナ。手伝ってくれ。女の髪をどうすればいいのか、俺にはよくわからない」
「ふふん。結局あなたも、髪の切り方なんかわからないのね」
「レオンはねー、髪を切った後のルイが可愛いままにするにはどうすればいいか、それを気にしてるんだよ」
「えっ?」
「おい!」
私とレオンの声が重なる。
目をそらしたレオンの頬は、少し赤くなっていた。