12.魔法なんて無いのよ
「あはははは! 王子様にマザコンって言ってワイン投げつけた!? 最高だな!」
さっきのパーティーの顛末を簡単に説明したところ、どうやらレオンのお気に召したらしい。
こんなに笑うものだろうか。このクソガキが。
「なるほどなー。自分の家にも王家にも泥を塗ったわけだ。捕まったら大変なことになるな」
「他人事だと思って」
「あはは。他人事だし!」
やっぱりこいつ、可愛くない。
「けど大変だね。王家のことはわからないけど、婚約破棄ってそれなりに大変なことでしょう?」
肉と野菜の炒め物のおかわりを持ってきながら、ニナに気遣われた。
そうだ。笑われるよりは、こっちの反応が来るべきだった。
ニールとサマンサは、店じまいのために奥の方まで再び引っ込んでいった。後でニナから話を伝え聞くつもりらしい。
さっきの老紳士も、いくぶんか立ち直った様子で店を出て、今ホールにいるのは私とレオンとニナだけ。
「ええ。元々家の都合で決まった、乗り気のしない婚約だもの。破棄自体は別にいいのよ」
「でも両家は大騒ぎだな。都合が台無しになったわけで」
「そもそも破棄したのはアーキン王子の方よ。私が責められるいわれはないわ」
どうもあの男にも、私以外に好いた女がいたらしいし。あの女の得意げな顔を思い出して、また腹が立ってきた。
別にアーキンのことは好きじゃないけど、堂々と移り気をされるのは癪だった。
「王子様にも責められる原因はあるわけだ。けど、祝いの場ですっ転んだルイが悪いって声も上がるだろうな。ママの用意した礼服を汚された王子の怒りも理解する人はいる。というか、理解してあげることで王家のご機嫌取りをする奴が。浅ましい奴らだ」
王子や周りの貴族たちを馬鹿にした言い方をするのは、親しみを持っているわけではない。
本気で馬鹿にしている。
この生意気さ、私以外に向けられると少し気持ちいい。
「だからルイにも責められる理由はある。婚約破棄の口実を与えてしまった。少なくとも、周りにはそう見えた」
「ええ……」
ドジな女と思われてしまったことだろう。
実際にはアーキン王子は、母親に話しをつけて最初から婚約破棄を申し付けるつもりではあった。あの女と婚約し直すためだろう。
ワインがかかった程度でそこまで激高するのも、両家で取り決めた婚約を反射的にぶち壊すのも、どっちも王子のやることではない。正直、アーキンの周りは彼を見る目を変えることだろう。悪い方にだ。
けど怒りに理由を与えてしまったのは確か。
転んだのが私のせいではないとしても。
「レオン。王子の前で転んだのは、幽霊のせいだと思う?」
「見てないから、なんとも。でもありえるよな。王家なんて、多少は血塗られた因縁を持ってるものだ」
「その血塗られた王家に嫁ごうとしてたのよ、私」
「回避できて幸運だったな」
確かに。そのせいで今は追われる身だけど。
本当に転んだのが霊の仕業なら、あの王子にも何らかの死の因縁がつきまとってることになる。
なにかは知らない。誰かを謀殺したとか? そんな頭のいいことができる男には見えないけど。
死んだ親族が、この子の行く末が心配すぎるから死んでも死にきれないから見守るとかの理由の方が、まだ納得はいく。そんな霊がいても、私には未練を晴らす義理なんかないけど。
「転んだのは私のせいじゃなくて、霊のせいって説明できない?」
そうすれば、単に激高して一方的な婚約破棄を言い渡したアーキンだけが悪者になる。
証明も可能だ。あのピンク色の粉をまけばいい。
けど。
「誰も信じないでしょ。魔法みたいなものだし」
答えたのはニナだった。
魔法か。そんなものが、昔はあったらしい。木の杖を構えて呪文を唱えれば、何もないところから火が吹き出るとかの、冗談みたいな出来事。
同じく、昔にはいたという魔族と呼ばれる怪物との戦争で、魔法とやらが大活躍したとのこと。
ところが魔族たちが根絶やしになり戦いが終わった後、魔法の力は子孫たちに受け継がれず、誰も使えなくなった。ほんの二百年ほど前のことらしい。
当時の記録は残っている。けど魔法自体は、生きている人間は誰も見たことがない。
今は魔族と同じく伝説、あるいはおとぎ話にしか出てこない存在。
とはいえ、私の先祖なんかはその戦争での活躍を認められて公爵の地位と王都に隣接した領地を与えられたという。そういう意味では、現在と地続きの出来事ではあるのだけど。
「今更魔法が使える奴が出てきましたなんて言っても、誰も信じないだろ」
「でも、私は実際に霊を見たわ。それにニナたちも。あのご夫婦も。信じさせる方法はあるでしょう?」
「ある。でも権力者には知られたくない。ルイも、ネクロマンサーがどういうものかは、お話で読んだことがあるだろ?」
「……ええ」
ネクロマンサー。死霊使い。人の魂と死体を使って、自らの意のままに動く兵士を作って戦わせる者。
人間と争った魔族の中に、何人ものそんな術者がいた。そんな歴史はよく知っている。
ネクロマンサーの存在は、人間の兵士たちには恐怖でしかなかった。
さっきまで一緒に戦っていた友が死んだと思えば、蘇ってこちらを攻撃してくる。
戦いをためらわれる光景だし、悲壮な決意と共に剣を向けても彼らを殺すことは容易ではなかった。
死人を再び死人にするには、喉を切り裂いても胸を突いても意味はない。胴から首と四肢を全て切り落とさなければ、奴らは這ってでも襲ってくる。
ネクロマンサーの戦いは、兵士の名誉ある死への冒涜そのものだった。