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11.ヘラジカ亭の家族と事情は

 そんなレオンは、いまだ突っ伏している老紳士の隣に座って、なにやら話しを聞いている。

 ちなみに敬語だった。客相手だからか、それともレオン基準で気を許す相手じゃないのか。


「ほら、遠慮せずに食べて。あ、飲み物はいる? お酒とか飲む?」

「いえ、お気遣いなく」


 ニナも一瞬で距離を詰めてきた。なんなんだこの人たちは。家族ではないらしいけど、庶民ってみんなこうなのか。

 とにかく、出されたものは食べよう。野菜炒めを一口頂いて。


「おいしい……」


 空腹だったのもあるけれど、そのまま全部平らげてしまった。


 たしかに屋敷で食べていた料理ほど繊細な味付けはされてない。材料も安いものだろう。でもおいしかった。


「そっか! お嬢様のお口に合ったようでなにより! おかわりは?」

「いただきます……」

「兄貴ー。まだある?」


 ニナは厨房を振り返って尋ねた。すぐに、男性がひとり出てきた。


「あるぞ。だがもう閉店の時間だ」

「大丈夫大丈夫! お客さんじゃないから! レオンの知り合いの公爵令嬢様だって!」

「公爵令嬢……」


 男性が固まってしまった。まあ、この反応が当たり前か。


 筋肉質の男性だった。料理は体力勝負だと屋敷のコックが言っていたのを思い出した。

 兄妹だけあって、どことなくニナと似ている気がした。もちろん男性らしく、髪は短く切り揃えていて料理に入り込まないよう三角巾をかぶっている。それを踏まえても、なかなか端正な顔つきだ。


 歳は二十ほどだろうか。


「そんなに畏まらなくてもいいって、兄貴。割りと親しみやすい人だから。レオンもそう言ってるし」

「そ、そうか……」

「あ、紹介するねルイ。こちら、うちの料理長のニール!」

「……よろしく」


 お喋りは好きではないタイプらしい。寡黙は悪いことではないわよ。


「そうだ、母さんにも紹介しないとねー」

「待った。先に、そんなに畏まらなくてもいい公爵令嬢が来てると伝えてから私と対面させて」


 同じように、目の前で固まられるのは本意ではない。



 ふたりの母はサマンサという名前で、このお店の店長。つまり経営の責任者だ。ちなみにニナは給仕長の役職を持っている。

 もっとも、長と言っても大まかな役割分担を表しているにすぎない様子だけど。とにかく、これがここヘラジカ亭の経営陣ってことだ。


 奥から出てきた店長、サマンサはニナたちの母親なだけあって似た雰囲気を持っていた。体型は、少し恰幅があるかな。

 まさに、お母さんという感じだ。私の母は立場もあって、体型には常に気を使っていて必要以上に細い体をしているのだけど。


「へえー。綺麗なドレスだこと。本当に公爵令嬢様なんだねえ……うちのレオンがお世話になったそうで。感謝するよ」

「いや。どっちかというとルイの方が世話になった形だよ」


 厨房から出てきたサマンサは、私の要望どおりに畏まらない形で話しかけてきた。これが、彼女の普段の振る舞いなんだろう。それはいいとして、なんで返事を私じゃなくレオンがするんだ。


「ルイ。明日、俺の仕事を見せてやる。あの爺さんの奥さんを、少しだけ蘇らせてやる」

「え、ええ……」

「こらレオン。公爵令嬢様になんて口の聞き方するんだい」

「ルイがこれでいいって言ってるんだ」


 相変わらずの態度のレオンを、サマンサが軽くたしなめた。お説教の効果はないようだけど。


 レオンはといえば、私の後ろに隠れるようにしながら言い返している。え、これって、私に庇えっていうこと? このクソガキを?

 そんなのは御免だけど、親子喧嘩の間に立ちたいわけじゃない。あ、親子じゃないんだっけ。どう見ても母と生意気な息子のやり取りだったけど。


「お気になさらないでください。レオンに助けられたのは本当なので。それより、皆さんはレオンとはどのようなご関係で?」


 結果的に、レオンを庇う形になったな。

 サマンサは質問にすぐ答えた。


「私ら、レオンに救われたんだよ。先代の店長……私の夫なんだけどね。あの人、事故で突然亡くなってさ」


 レオンが助けられる事情なら、人の死にまつわるもの。最愛の人の死という思い出を、このお店の店長はさほど辛くなさそうに話してくれた。

 既に悲しみは乗り越えたのだろう。そんな強さを持っている人なのだな。


「あの人の作る料理は美味しいって評判でね。けど、誰にも真似できなかった。いつかレシピを教えてくれるって言ってたけど、その前に死んじまうなんて……」


 このままでは店を続けられない。そんな時、葬儀の場でレオンに話しかけられたそうだ。

 少しの間だけ、死者を蘇らせると。


「ニルスさん……旦那さんの霊も未練が残って漂っていたから。冥界に行かせるためだよ」


 私の横に並びながら、レオンが説明する。


「死体に魂を入れる。そうすれば死者は蘇る。生きた死体、リビングデッドだ。話すことはできないけど、体はある程度動かせられる。秘伝のレシピの要点を、ひたすら書き記してもらった」


 それで家族はニルスさんの秘伝のレシピの再現に成功し、店を続けることができた。


「そして、訳あって故郷から旅に出ていた俺は、お礼としてこの家に住ませてもらうことができたってわけ。ただで住むのも悪いし、時々は店の手伝いもしてる」

「なんだか弟ができたみたいで嬉しいんだよね!」


 ニナがレオンの頭に手を置いて笑う。

 なるほど、レオンの事情にはわからない箇所がまだあるけれど、この家族との関係は理解した。


 欠けた家族の代わりに、新たな一員になった。そんな風にも私には見えた。


「それじゃあ、次はルイの番だな。お前の事情、教えてくれよ」


 レオンは私の前に立って見上げると、にっこり笑って尋ねた。さぞ面白い話しが聞けると期待している風だった。

 仕方ない。教えて差し上げますか。さして面白い話ではないけれど。

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