キャタピラのついたお友達
キャタピラの音が薄暗い地下道に響いている。
「ねぇ。うるさいんだけど。油さしたら?」
ワタシの背中の上に座る彼方様がそう愚痴るのが聞こえて、少し申し訳なくなります。
油はきちんとさしているのです。
でもワタシは旧式の型落ちもいいところなので、どうしても音は出てしまうのです。
それに、ワタシのメモリの一部はもう壊れてすらいます。
壊れていてもこうやって精一杯稼働しているのです。
「すみません」
思うところはありましたが、ワタシは謝罪の言葉だけを告げました。
彼方様が、優しく頭を叩いてくれる振動を感知します。
優しいお方だ。
こんな旧式の運搬機械を大切にしてくれる人など今時は珍しい。
人間はめっきりその数を減らし、今では目にすることすら貴重です。
人の居なくなった地下居住区。
ワタシも彼方様に修理していただかなければ今でも他の同僚と同じく暗闇の中を眠っていたことでしょう。
彼方様に拾っていただいたワタシは幸運と言えます。
人間に尽くす喜びをまた味わえているのだから。
「あれ?明かりだ」
彼方様が驚いたように声を上げます。
センサーを向けると確かに光源を感知しました。
明かり………こんな地下にいったい誰でしょう?
熱源反応があることから、ワタシのような機械ではなさそうです。
彼方様のような人間でしょうか?
ワタシはキャタピラをそちらに向けてみます。
地下でこのような出会いは貴重です。
もしかしたら面白い話も聞けるかもしれません。
「夕、道はあってる?」
「わかんないよ!この地図平面なんだもん。オズの端末はどうなの?」
会話が聞こえてきます。
どうやら2人組のようです。
「私のデバイスは地上活動用…………待って何か来る」
「え!?」
2人もこちらに気づいたようです。
ワタシはキャタピラをきしませながら光源の元へと向かいました。
「運搬ロボット……?」
「こんにちは!ようこそシェルター撫子原M57へ!太陽のように明るい日差しに生茂る植物、ここは地下の楽園。何かご用があればこの運搬機械のLOBM8まで遠慮なくお申し付けください」
プログラムによって定められた既定通りの挨拶をおこないます。
シェルター撫子原M57の主電源はもうとうの昔に尽きている。
よってここは太陽のように明るい光源もない真っ暗闇ですし、植物などはとうに枯れて腐ってしまっています。
宣伝文句とは全く違う惨状。
ですがこの挨拶をプログラミングされているのだから仕方がありません。
お2人はワタシの挨拶を聞いて顔を見合わせると曖昧に微笑みました。
1人は黒い髪をショートカットにし、健康そうに肌を焼いた少女。
もう1人は長い白い髪に整った顔立ちの…………ああPURIFIERですね。
ワタシのメモリ内に情報がありました。
地上浄化用の人型人工生物。
しかしPURIFIERは地上浄化の任務があるはずですが、なぜ人間と一緒にこんな地下にいるのでしょう?
ワタシのメモリ内の情報と矛盾します。
些細な違和感。
このような矛盾は放っておくとエラーを起こす恐れがあるため情報を上書きします。
「あー………こんにちはLOBM8、私は夕、それでこっちの娘はオズよ」
人間のほうの少女が挨拶を返してくれました。
人間の方が夕様、PURIFIERの方がオズ様ですね。
メモリに情報を追加する。
「どうかワタシもロムとお呼びください。彼方様が名付けてくださった名前です」
親愛の証としてワタシも自分固有の名称を開示します。
ついでに敬愛する主人の彼方様をご紹介する。
「私以外の人間なんて久しぶりに見たよー」
彼方様は自分以外の人間と会えてなんだか嬉しそうだ。
「ロム、私たちは地下都市への連絡口を探しているの。何か知らない?」
地下都市への連絡口?
その言葉にワタシのメモリが著しく反応します。
「彼方様がずっとお探しになっているものです」
ワタシの言葉にお二人は嬉しそうにこちらを見つめる。
「じゃあ、目的は一緒なのね!」
そうらしいです。
その偶然の一致にワタシも嬉しくなります。
今まで、彼方様と一緒にずっと地下都市への連絡口を探してきました。
この当てのない旅に同行者ができると思うと心が躍ります。
ワタシは情報を共有しようと三次元地図を空間現像しました。
ワタシの主要機能の一つです。
メモリ内にある位置情報を頼りにワタシが作り上げました。
三次元地図には今まで彼方様と辿ってきた道筋が克明に記されています。
「今まで447通りの候補を探索しました。どれも地下都市への連絡口ではありませんでした」
彼方様と辿ってきた道筋が赤く点滅する。
これらの道は全てハズレでした。
「ず、随分広大なのね……」
夕様が自分の持っている地図とワタシの地図を見比べて唖然としています。
この地下シェルターは建設当初こそシンプルな作りでしたが、何度も増築を繰り返されたため複雑怪奇な構造になってしまっています。
そのため地上からでは大まかな地理すら把握するのは難しいでしょう。
お2人はなにやら冷や汗をだらだらと流しています。
どうしたんでしょう?
未探索の道筋を緑色に点滅させる。
「残りの候補はおおよそ7通りです。この中に連絡口があるといいのですが……」
残りの候補はもう7つだけ、実はワタシと彼方様の旅も終盤に差し掛かっていたのです。
旅の終盤でこのような出会いがあるとは……なんという幸運でしょうか。
賑やかなのはとてもいいことです。
―――――――――――――――――――――――――――――――
キャタピラの音が薄暗い地下道に響いている。
「いやー現地のガイドが見つかってよかったねぇ!」
前を歩く運搬機械のロム、その後ろを夕がスキップでもするように歩いている。
本当によかったよ……
夕に促され、地下都市を探す旅に出たのはいいのだが、地下空間のあまりの広大さに私たちは早速迷っていた。
シェルターの位置が大まかにしか記載されていない地図なのだから当たり前なのだが……
実際に問題に直面するまで私たちはそんなことにも気付けなかった。
夕は良い意味でも悪い意味でも楽天家だから。
私がしっかりしていなければいけなかったんだけど。
私は私で彼女の姉ムーブにリードされるのに慣れてしまってたからなぁ。
結果、私たちは光源もない薄暗い地下の廃墟で立ち往生していたのだ。
そんな哀れな私たちを見つけてくれたのが今私たちを先導してくれているロムだ。
彼の中にはこの地下一帯の地理が記録されており、そのおかげで地下都市への連絡口かもしれない場所を特定できていた。
撫子原M57、ロムによってそう紹介されたこのシェルターは建築されてからだいぶ年数が経過したらしく、
壁や天井から植物の根が突き出していたり、崩落していたりで、安全とは言い難い。
私たちが進む道は当然未踏の道筋のため、常に気を張らなければならない。
主に私が。
夕は荒廃した大地で生きてきた人間だ。
崩壊の危険がある廃墟などを歩いた経験は一応ある。
とはいえ、このような暗い地下空間には慣れていない。
足元が少し不安だ。
極め付けはロムであり、彼は自分に記録されている地理データに自信があるのか、崩落を考慮せずズンズン進む。
勘弁してほしい、そのデータは何年前のものか知らないが確実に文明崩壊前のものだろ。
通路が崩れている可能性も考慮してほしい。
でも、聞くところによるとどうやら、ロムは壊れているらしい。
メモリにガタが来ているのか記憶領域の順番がごっちゃになってしまうことがあるらしい。
壊れているのならば、仕方がない。
仕方がないとはいえ、道案内役なのに崩落した通路にまっすぐ進んで行くので目が離せない。
例え落下してしまったとしても、私の血塊炉の重力操作を起動すればなんとかなる。
でもそれは、逆にいつ血塊炉を起動してもいいように緊張状態を維持しなければならないということで……
「つ、疲れた……」
結果、私は疲労困憊になってしまった。
いや、肉体的には疲れていないか。
PURIFIERは睡眠を取らずに3日ぶっ通しで稼働できる。
私のこの疲労は精神的なものだろう。
「少し休もうか、オズ」
夕は私が怪我をしないよう2人を見張っていたことを分かっているのか、休憩を提案する。
「休憩ですか?最寄りに食糧庫がございます。そこでご昼食など取られてはいかがでしょうか?以前彼方様と利用した記録が残っています」
食糧庫だと。
それはいい、私たちは長旅を想定して持てるだけの食料を持ってきた。
しかし、街の備蓄を拝借するわけにもいかず、その量は心許なかった。
ここで食料を調達できるなら御の字だ。
ロムに行き先を変更してもらう。
ロムのナビゲータに感謝しつつ私たちは久しぶりに満腹に食事を取ることができるかもしれないと期待に胸を躍らせた。
期待に胸を躍らせていた……………のだけど……
「臭い……全部腐ってる」
たどり着いた食糧庫、そこは異臭を放つ液状のナニカや色鮮やかなカビを纏った異物が保存されていた。
「申し訳ありません、以前訪れた時はこのようなことになってはいなかったのですが……」
それって、何年前の話だよ?
またメモリの異常ですか?
異臭の放つそれらはとても食べようなどとは思えない惨状だった。
パッケージは美味しそうなのが、余計に虚しい。
箱の数を見る限り、結構な量があるのに……全滅か。
倉庫の隅の箱はどかされ、簡易コンロが使用された形跡がある。
確かに、以前ロムたちがここを使用したのは本当のようだ。
その時はこんな惨状になっていなかったんだろうな。
「ねぇ、これは食べれそうだよ」
夕が部屋の隅に置かれた箱を引っ張り出す。
箱の外装にはシンプルなフォントで『完全完璧保存食』と書いてあった。
中身は…………なんだこれ?
白いレンガと言ったらよいだろうか、透明のパウチに入った四角い物体が箱にぎっしり詰まっている。
クッキーだろうか。
試しに一つを手に取り開封してみる。
匂いは……無臭。
異臭はしないが美味しそうな匂いも皆無だ。
人間よりお腹が強いであろう私が試しにかじってみる。
「……………美味しくない」
豆腐のような味、食感が最悪だ。
発泡スチロールのような感触、噛むとキシキシと音が出そうだ。
これ何かつけて食べる物なんじゃない?
夕も食べてみたが微妙な顔をしていた。
異臭のする真っ暗な部屋でまずいご飯……
そんなわけで私たちの昼食はなんとも侘しいものとなった。
夕…………軽くて日持ちするからってそれバックに詰めないで……
私絶対食べないから。
……………………………
…………………
……
「あれ?」
またキャタピラの音と共に歩みを進めること数時間。
通路に変化が現れた。
「なんかここだけ新しいね」
今まで歩いてきた道は今にも崩落しそうなボロボロな道だったのに、ここら一画だけ新品みたいに綺麗だ。
材質が違うのだろうか?
コンクリートではなく高質な金属のような材質で作られた通路が続いている。
「……当たりかもしれない」
さらに歩みを進めること数刻。
私たちの前に大きな門が現れた。
門と言っても一般的に想像するものとは違う。
大きな丸い扉。
丸い扉は一般的な四角い扉と違う。
丸いため四隅に角がない。
角がないとそこを破壊されて強度が落ちることもない。
銀行の金庫に利用された歴史があるように、丸い扉とは防犯上極めて頑丈な作りなのだ。
そんな扉が作られる理由、ただのお洒落ってわけじゃないだろう…………侵入者を防ぐためか、それとも脱走者を出さないためか………どのみち歓迎はされてなさそうだ。
門には大きな文字で『大輪工業』と刻印されていた。
「大輪工業、地下都市の建設に携わった大企業です」
ロムが興奮したように回る。
地下都市への連絡口…………
「で…………どうやって開けるの?」
問題はそこだろう。
私の質問にロムが答える。
「記録には、最上階層の門は誰でも自由に出入り出来たと聞きます、どこかに解錠設備があるはずです」
その言葉を頼りに明かりで照らして探してみるけど、それらしきものは見当たらない。
硬質な壁と扉だけだ。
念のため、扉に手をかけてみるが、びくともしない。
「これじゃない?」
夕が壁の一部に手をついた。
よく見ると、そこだけ壁の色が違う。
夕が手をついた場所が丸く明滅し、反応した。
壁が光を放つ、どうやら壁にディスプレイが埋め込まれていたようだ。
『ようこそ、我が大輪工業が誇る地下都市へ!ここM57区画は自由開放区画です、扉の解錠は資格不要です。お通りください!』
機械音声が流れてくる。
やった!
これで近都市へと行ける。
でも、扉は静かに沈黙していた。
あれ…………
『少々お待ちください、DNAを検出中です』
「はい?」
なんだそれは?
喜んだのも束の間、画面に謎のポップアップが現れる。
夕の手が触れている部分が赤く瞬く。
『DNA検出完了。照合結果、DNA一致率79%。対象を汚染生物と断定。扉をロックします』
「は?」
扉は…………開かない。
ちょっと待て、扉の解錠は資格不要なんじゃないのかよ。
汚染された人間は、人間じゃないとでも言うのか?
ふざけるな。
「……空けてよ」
ディスプレイを叩く。
ここまで来て、足止めなんて冗談じゃない。
『少々お待ちください、DNAを検出中です』
再度表示される無慈悲なポップアップ。
私のDNAなんて調べてどうする。
私はPURIFIERだ、人間じゃあない。
私を馬鹿にするのも大概にしろ。
力任せに拳を叩きつける。
ディスプレイにノイズが走った。
『DNA検出完了。照合結果、DNA一致率99.99999%。対象を人間と断定。扉をロックを解除します』
「…………え?」
鈍い重低音が鳴り響く。
金属の部品が稼働し、扉の厳重なロックが解除されていく。
扉は、私たちの前へとその大きな口を開け放った。
な…………んで?
私のDNAが人間と一致するわけ……
「オズ、もしかして壊した?」
夕がぼそりと呟く。
確かによく見ると私が拳を叩きつけたディスプレイにはヒビが入ってしまっていた。
「…………」
う、うん、まぁ開いたから結果オーライだよね!
画面に入ったヒビは見なかったことにする。
扉は開いた、後は進むだけだ。
私の耐久年数を伸ばすため、私たちは地下都市への一歩を踏み出した。
「お待ちください」
踏み出した一歩に待ったがかかる。
私たちを呼び止めたのは、同行者であるロムだった。
「彼方様、彼方様が…………いません」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「彼方様、彼方様が…………いません」
ワタシは夕様とオズ様を呼び止めました。
地下都市への入り口、それは彼方様の悲願でありました。
ワタシたちはそれを求めて長い、長い旅を続けてきたのです。
でも…………その扉が開いた時、彼方様と喜びを分かち合おうと視界を上にあげても、そこに彼方様はいませんでした。
いつも、そこにいたはずなのに。
ワタシの背中の上、彼方様はワタシに乗って長い旅を続けてきたはずなのに。
ワタシの背中には何も乗ってはいませんでした。
いつから…………?
「食糧庫に置いてきてしまったのかもしれません」
ワタシが彼女を忘れるわけがない。
そう思うのですが、ここにいないのであれば置いてきてしまったのです。
食糧庫にいた時は確かに彼方様はいました、メモリに記録が残っています。
「彼方ってロムのご主人様だよね。確かにこの先に進むなら呼んでこないとねー」
夕様が見当違いのことを言います。
呼んでこようにもその彼方様の居場所がわからないから混乱しているのです。
彼方様を探さなければ。
「ロム」
オズ様が食糧庫に戻ろうとするワタシを呼び止めました。
その声はいつになく真剣で、ワタシは思わず振り返り、彼女を見ました。
彼女の瞳が、じっとワタシを見つめます。
「最初から…………あなたの背中には誰も乗っていなかったよ」
「え?…………」
それは……どういう…………ことですか?
乗っていない…………最初から?
そんな、ワタシのメモリにはちゃんと、ちゃんと……
彼方様が、彼方様が、ワタシ、背中に、彼方様が…………
乗っていた、そこにいた、彼方様が…彼方様、彼方様
彼方様彼方様彼方様彼方様彼方様彼方様彼方様彼方様彼…………
『メモリに致命的エラーが生じています。記録を上書きしてください』
……………………………
…………………
……
キャタピラの音が薄暗い地下道に響いている。
「ねぇ。うるさいんだけど。油さしたら?」
ワタシの上に座る彼方様がそう愚痴るのが聞こえて、少し申し訳なくなります。
今度、きちんと油をさしておきましょう。
そうすればこの喧しい音も少しはマシになるでしょう。
「あれ?明かりだ」
ワタシが思考していると、彼方様が驚いたような声を上げます。
センサーを向けると確かに光源を感知しました。
明かり………こんな地下にいったい誰でしょうか?
熱源反応があることから、ワタシのような機械ではなさそうです。
彼方様のような人間でしょうか?
ワタシはキャタピラをそちらに向けてみます。
地下でこのような出会いは貴重です。
もしかしたら面白い話も聞けるかもしれません。
明かりは一つ、1人の人影が見えます。
向こうも、こちらの明かりに気づいたようで、こちらに歩み寄ってきます。
その姿を見て彼方様が短い悲鳴を上げます。
「PURIFIER!こんなところまで追ってっ!?ロム!下がって!!」
彼方様が切迫したようにワタシに指示を出します。
その命令に従って後退しつつワタシは思考します。
PURIFIER、地上の浄化するための最新生物機構。
人類のために作られた道具だと彼方様から聞きました。
人類である彼方様がなぜ恐怖を抱いているのでしょう?
ワタシは馬鹿でした。
ワタシのすべきことは最速での後退だったのに、危機感の欠けたワタシは思考しながらノロノロと後退していました。
気付いたら、赤い塊が目の前にいました。
血でできた不格好で不完全な鎧のようなナニカ。
それが、驚異的なスピードでワタシへと迫っていました。
その段階になってワタシはようやく恐怖を感じ、全速力で後退しようとしました。
でも、全てが遅すぎました。
ワタシの背中で、何かが潰れる身の毛がよだつ音が響きました。
ワタシの全身に未知の赤い液体が降りかかります。
「あ…………」
背中の感覚の消失。
上を…………見上げることができませんでした。
見てはいけないものが見えてしまうようで…………
「汚染生物を浄化。全ては、よりよい人類の未来ために」
赤いナニカはそう言いながら立ち去りました。
ワタシはそれを黙って見ていることしかできませんでした。
何が起こったのか。
ワタシは、それを正しく理解したくありませんでした。
「ねぇ、彼方様?」
ワタシのご主人様にそう呼びかけます。
返事はありません。
「彼方…………様」
地下で、同僚と同じくスリープし、ただ朽ちていくだけだったワタシを呼び覚ましてくれた人。
ワタシに人間に尽くす喜びを思い出させてくれた人。
返事は…………ありません。
ワタシの人工頭脳は、事態を正しく理解しました。
でも、それはワタシには受け入れられない真実でした。
『警告:無意味な思考パルスの高速化を中止してください。メモリが焼き切れる恐れがあります』
内部プログラムから警告が表示されます。
それでも、ワタシの思考は止められませんでした。
今まで彼方様と過ごしてきた記録が次々と頭の中に駆け巡ります。
ワタシが再起動した時、初めて見た彼方様の顔。
ワタシの背中を叩く、優しい感触。
最後の…………瞬間まで全て。
『再度の警告:無意味な思考パルスの高速化を直ちに中止してください。このような擬似的な“自殺”は受入れられません』
自殺。
確かに、これは自殺なのかもしれない。
こんな真実を受け入れるぐらいなら、ワタシは消えてしまいたい。
『メモリの破損を確認、これ以上の被害を食い止めるため、思考ループの原因と思われる記録の削除を試みます』
忘れさせてくれるのですか?
全部?
ううん、全部は忘れたくない。
消すなら最後の記憶だけがいい。
そうして真実を忘れて、記憶の中の彼方様と…………ずっと、ずっと旅を続けたい。
『該当記録を一時的に削除。これより思考ルーチンの正常化を試みます』
しかし、ワタシの思考ルーチンが正常化されることはなかった。
最後の記憶はワタシのメモリに深く刻まれ、完全に消去することはできなかった。
そうしてワタシは壊れてしまいました。
……………………………
…………………
……
『メモリに致命的エラーが生じています。記録を上書きしてください』
消したはずの記録が蘇り、ワタシを苦しめます。
全て、思い出してしまいました。
ワタシは、記憶の中の彼方様と一緒に旅をしていただけ。
最初から、ワタシの背中には誰も乗っていなかった。
地下都市への扉が開いた時、彼方様が消えたのは当たり前の話だった。
地下都市への扉が開いて喜ぶ彼方様、そんな記憶はない。
ない記憶は、再生できない。
わたしはその都度、シチュエーションにあった彼方様の記録を脳内で再生し、彼方様と一緒に旅をしている気になっていただけ、なのだから。
「……PURIFIER!」
彼方様をワタシから奪った、憎き存在。
それが目の前にいました。
彼女は事態を把握できていないようで、不思議そうにワタシを見ています。
運搬用のアームを稼働させます。
ワタシは運搬機械ですが、戦えないわけではありません。
何トンもの荷物運搬するだけのパワーがワタシにはあります。
あの日も、こうやって戦えばよかった。
そうすれば…………彼方様を守れたかもしれないのに。
「彼方様の、仇!!」
ワタシは力の限り、アームを叩きつけました、憎きPURIFIERに。
「オズ!危ないっっ」
ですが、そのPURIFIERを庇うように夕様が突き飛ばします。
あ…………
ワタシのアームが、無防備な夕様、人間へと吸い込まれていきます。
思い出すのは、最後の記憶。
強大な力によって肉塊となってしまった彼方様の記憶。
それと同じことをワタシはするのか?
彼方様と同じ存在である人間に?
だめだ。
でもワタシの意思とは裏腹にアームはもう止められない。
何かが潰れる身の毛がよだつ音が響きました。
……………
……潰れていたのは…………ワタシのアームの方でした。
「夕に、何してるの?」
PURIFIERの背中の翼が羽ばたき、紅い粒子が煌めきました。
そうして次の瞬間、ワタシの全身はスクラップみたいに簡単に、潰されました。
「オズ。ダメ!」
『警告:致命的損傷。自己修復機能作動不可。危険』
夕様の悲鳴と内部プログラムから警告が同時に聞こえます。
どうやら…………負けてしまったようですね。
一瞬の攻防でワタシはゴミのようにズタボロにされてしまいました。
PURIFIERはなぜか夕様の静止を聞いて、ワタシへの攻撃をやめています。
火花をあげ、地面へと転がるワタシへ、夕様が歩み寄りました。
「ロム、なんで……なんでこんなことしたの?私たち味方だったじゃない」
夕様の手がワタシに触れる。
彼方様と同じ、優しい手。
「PURIFIERは人類の敵です。彼方様も殺されました…………あなたの隣にいるのは危険な存在です」
「違う!オズは…………違うよ」
…………………
本当は、そんなことは分かっていました。
本当に短い間ですが、ワタシたちは共に旅をしました。
お二人がお互いを大事にしているのは、側から見ても分かりました。
でもそんなことを忘れてしまうぐらいワタシは混乱していて…………PURIFIERが憎くて…………
「申し訳ありません。彼方様を失ってから…………ワタシは壊れてしまいました。正常な判断ができませんでした」
ずっと寂しかった。
偽りの記憶にすがるぐらい。
身体が軋みます。
もし痛覚があれば、ワタシはのたうちまわっていることでしょう。
どこもかしこも壊れて、歪んでしまっています。
ワタシは最後の力を振り絞って、一枚のディスクを排出しました。
「受け取って…………ください。お守りとして。ワタシの、メモリのバックアップです。彼方様の目指した…………地下都市の景色をワタシにも見せて欲しい」
「ロム…………」
夕様はそれをしっかり受け取ってくれました。
オズ様が壊れゆくワタシへと問いかけました。
「最後に…………教えて欲しい。彼方は、君の主人は……どうして地下都市を目指していたの?その意思を私は継ぎたい……」
彼方様が地下都市を目指していた理由…………?
どうでしたでしょう。
メモリに、該当の記録がありました。
なぜ地下都市を目指すのか、そう聞いたワタシに彼方様はこう答えました。
「殺すのよ…………みんな。地下都市の奴らをみんな、みんな殺して分らせてやる。地上へ見捨てられた人々の苦しみを。私たちを人として見做さなかった高慢な地下都市人に分からせるのよ!私たちの屈辱を!憎しみを!!」
ああ、そうだ。
彼方様は…………自分たちを見捨てた地下都市の人々を憎んでいた。
それで…………ずっと地下都市を目指していた。
復讐するために。
「彼方様は…………
ワタシの口が告げる、彼方様の願いを。
「彼方様はずっと……地下都市の人々と友達になりたかったのです」
ワタシは嘘をついた。
でも真実を告げるよりずっといい。
真実は時として人を苦しめることをワタシは知っている。
ずっと、ずっと真実に苦しめられてきたから。
「分かった。その願い、きっと叶えるよ」
オズ様はそう言って立ち上がりました。
夕様の手を引いて。
扉の向こう、地下都市へと歩みを進めました。
最後に、夕様が心配そうに、こちらへと振り返るのが見えました。
優しい人です。
彼方様を思い出す。
彼方様は…………ワタシのついた嘘を許してくださるでしょうか?
ああ、彼方様に会いたい。
ワタシはいつものように、メモリにある彼方様の記録を再生しようとしました。
『エラー。メモリが破損しています』
そ……んな。
再度再生を試みます。
『エラー。メモリが破損しています』
そんな、嫌です。
もう一度あなたの顔を、その笑顔をワタシに見せてください。
『エラー。メモリが破損しています』
ああ…………
罰なのですね。
嘘をついたワタシを許してはくださらないのですね……
ワタシは1人で…………ここで機能を停止するのですね…………
ああ……寂しいなぁ…………彼方様…………あなたに……………………もう一度…………………………………………
キャタピラの音が薄暗い地下道に響くことはもうなかった。
ロムの名前は構想段階ではブリキでした。
でもカカシとライオンがいないのは変なので変更しました。