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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第三章 愛の大地と飛べない少女
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八十九話「朧火を掴むために」

「おい、相棒って……」

「ああ、親父は知ってるか。そうだ、フェンのことだよ。昨日の夜、あいつから風運で連絡が来てな」

「……!」


 フェン。私達が知らない、レゴさんの相棒さんの名前。しかし私達が知らずとも、レゴさんと旧知の中らしいガッドさんはその名前に聞き覚えがあったらしい。息を呑んだガッドさんを、眉を下げたレゴさんが困ったように見つめる。その表情は、言葉では言い表せそうにないくらい複雑なものだった。困ったような、泣いているような、怒っているような。恐らくそれら全てを綯い交ぜにした表情を浮かべながらも、レゴさんは話を続ける。


「攫われたのは三日前。ちょうど俺が嬢ちゃんたちと飛んでた時期だ。買い物に行った嫁さんと子供が、今も帰ってきてないらしい」

「……そんな」


 だが彼がそんな表情を浮かべる心情は、痛いほどにわかった。仕事上の相棒だなんて言っていたが、それでも相棒と名付けられるだけあってレゴさんとフェンさんの仲は決して悪くないのだろう。友人よりも一際親しい関係性とでも言うべきか。

 そんな信頼している相手の家族が、突如として姿を消した。当然フェンさんは取り乱しただろうし、そんなフェンさんを見てレゴさんは心を痛めただろう。親しい友人の痛みは、自分のことのように痛い。笑っていて欲しい相手が笑えないままで居るのを見ているのは、とても辛いことだ。当事者ほど辛いなんて驕ることはできないけれど、それでも。


「嫁さんの人柄は俺も知ってるが、あいつに黙っていなくなるような人じゃないんだ。十中八九奴隷騒ぎに巻き込まれたと思っていいだろう」


 されど自分の家族が奴隷騒ぎに巻き込まれたと考えて笑える人なんて、はたして居るのだろうか。しかも子供も一緒に連れ攫われたなんて、そんなのは気が気でないはずだ。顔も知らないフェンさんの心境は、しかし察するに余りある。家族を失うことの辛さを、私だって少しは知っているから。


「……それで、お前は情報を求めていたわけか」

「……ま、そうだな」


 突然のレゴさんのカミングアウトに、またしても食堂内には重い空気が落ちていって。けれど黙り込んだままでは何も好転しないと考えたのか、シロ様はその沈黙を良しとはしなかった。少年の確かめるような問いかけに、レゴさんは苦い表情のまま頷く。

 今日シロ様を案内する形で外へと赴いたレゴさんの目的は、赤い翼の持ち主を探す私達に協力するためではなく大切な相棒のため。こんな緊急時くらい私達を案内するという話を反故にして、一人で探し回っても良かったのに。その律儀さと優しさには、少しだけ胸が傷んだ。


「昨日待ち合わせに遅れてきた本当の理由も、それだったと」

「…………」


 そこにはどうして気づいてあげられなかったのだろうという、そんな感情も含まれていて。そう、昨日レゴさんが待ち合わせに大幅と遅れてきた理由。その時はカッシーナさんという単語に誤魔化されてしまったが、今ならばわかる。きっとあの時にはもうフェンさんから連絡が来ていたのだ。レゴさんは存外負の感情を隠すのが上手いから、彼よりも人生経験の薄い私が気づくのはとても難しいことだったのかもしれない。けれどそれでも、気づいてあげたかった。いつだって優しくしてくれる彼の、その親切に報いたかった。


「……まいったな、何でもお見通しか」


 へらりと笑ったその笑顔の奥には、僅かな疲労が滲んでいる。よくよくと目を凝らせば、黄金色の瞳のすぐ下には隈のようなものだって滲んでいて。きっと昨日私達が話している間も、彼は一人で夜の街へと出かけていったのだろう。大事な友人の家族を探すために、夜の街を走っていたのだろう。だから先程私が訪ねた時、彼は寝癖を頭に付けていたのだ。

 けれどそれだけ情報を探し回ったとて、レゴさんが聞き出せたのは被害者の特徴と被害者が誰一人として見つかっていないということだけ。絶望に拍車をかけるかのようなそれを、レゴさんはフェンさんに伝えられたのだろうか。……いいやきっと、まだ伝えられていないのだろう。だからこそレゴさんは今も、苦しげな表情を浮かべているのだ。


「……悪いなレゴ、お前さんだって大変なのに」

「いいや親父。俺だってミーアちゃんのことは心配だ。こんな時に情報を渋ってられねぇだろ?」

「レゴさん……」


 それがわかったのか、気遣うような声でガッドさんが言葉を紡ぐ。それに首を振ったレゴさんを見ては、レーネさんが辛そうに眉を下げて。同じ事件の被害者が近くに居たことを知ったからか、二人の表情は先程よりも少し落ち着いているように思えた。被害者同士の団結とでも言うべきか。自分と同じ境遇の人を見ると安心してしまう気持ちは、少し理解できる気がした。そうしてこの三人を繋げ終えた以上、私達の存在はここには邪魔だということも。


「ミコ」

「うん。……すみません。私達がこれ以上居ても邪魔でしょうし、お暇しますね。何か情報がわかったら、皆さんに必ずお伝えします」

「ああ、そうだな……。悪いな、嬢ちゃん」


 シロ様の短い呼びかけに頷いて、私は難しい顔で話し合っている三人に頭を下げた。正直情報は欲しいのだけれど、現段階で事件との関係性が浅い私達がここに居るのは三人の精神衛生的によろしくない。関係者ではない人間がしゃしゃり出ることに不快感を覚える人は少なくはないはずだ。好奇心で首を突っ込んでいると思われでもしたら、信頼を失ってしまう可能性もあるだろう。

 だからここは引く。頭を上げれば三人は、どこか申し訳無さそうな表情を浮かべていて。それはきっと、現状無関係である私達を騒動へと巻き込んでしまった罪悪感から来るものだったのだろう。本当に良い人たちばかりだと考えながらも、私はシロ様と共に踵を返した。軽い足音が二つ連なるように響いては廊下を、そうして階段を登っていく。


 ……本当に皆、良い人たちだ。フルフを受け入れてくれたガッドさん、仕事とは言え年下の子供にも丁寧に接してくれるレーネさん、自分が大変な時にだって約束を違えないレゴさん。そして、引き篭もる私を心配してバタークッキーを持ってきてくれたミーアさん。私がムツナギに来て出会った人達は、本当に善人ばかりだった。ブローサの街で出会った人達と並ぶほどに優しくて、いっそのこと泣きそうになるくらい。


 だからそんな人達が、理不尽に大切な何かを奪われていいはずがないのだ。


「……何かわかった?」


 ぱたんという音と共に、自室となっている部屋の扉が閉まる。そのまま自分が寝ていた方のベッドに腰を掛けた私は、同じように正面のベッドに座ったシロ様を見つめた。思案するかのような色が浮かぶ二色の瞳。それが何度か瞬きを繰り返したのを見届け終えた頃、少年はこちらを見つめながら告げた。


「あの三編みの女性が姿を消したのは、行きつけの商店と宿の道の間だったな」

「うん」

「風で探ったところ周囲の人間の目撃証言こそ無かったが……そこに大掛かりな法術を使用した痕跡があったのはわかった」


 法術の気配。それと同時に細められた瞳は明確な警戒を宿している。シロ様がそういう風に言うということは、その痕跡とやらは余程不自然なものだったのだろう。大掛かりな、その枕詞は不穏を意味していた。シロ様が大掛かりな法術と言うくらいだ。恐らくその法術を行使したのは並大抵の術者ではない。

 昨夜のレゴさんの反応から見て、シロ様の法術の使いようが高水準であることは推測できる。そんなシロ様から見ても大掛かりと評せる法術だったのなら、一般の目から見れば更に高水準ということだろう。つまりそれほどの厄介事に、ミーアさんは巻き込まれた可能性が高いということ。そう考えると、眉は自然と寄っていった。


「ミーアさんが巻き込まれたのは確定、だよね?」

「周囲の声を聞くに大きな騒ぎにはなっていないようだった。あそこから消えたのは彼女だけなら……自ずとそういうことになる」


 口元に手を当てて、探るように問いかける。まずは事態の確定。本当にミーアさんがその大掛かりな法術とやらに巻き込まれたのか、それを明らかにする必要がある。だがそれはわざわざ現地に行って確かめるまでもなく、シロ様の言葉でほぼ確実なものへと昇華されていった。大きな騒ぎになっていないということは、被害は小規模ということ。それならば消えたミーアさんがそれの被害者であると考えるのが最も自然だろう。


「……その法術が何か、調べることって」

「……恐らくは転移系の法術であることは確定だが、それ以上は現地に赴けかなければ難しいな。だが無闇に近づくのは相手に警戒を募らせる可能性があるだろう」


 ならばその法術が何なのかというのを知りたいところだが、概要はわかっても遠隔で詳細までを探るのは難しいらしい。だからといって現地に向かって調査するのはシロ様の言う通り、リスクが勝ちすぎる。相手の警戒心が高いということはレゴさんの言葉で既に知っている情報なのだ。探られた時にすぐ気づけるようにと、その辺りを誰かが見張っている可能性が……。

 

 ……見張っている可能性が、高い?


「……シロ様、被害者の条件を覚えてる?」

「……若い、人間の女性」


 その時ふと落ちてきた天啓は私にとって、正しく光明と呼ぶに相応しいものだった。しかし私にとっての光明が、必ずしもシロ様にとっての光明になるというわけではなく。考える内に俯いていた視線を上げてシロ様を見つめれば、彼は眉を寄せてこちらを見つめた。私が言いたいことを察したらしい。

 レゴさん曰く、この奴隷騒ぎの対象となるのは人間の若い女性。それに私は確かに該当しているはずだ。仮に私が一人でミーアさんが消えたところ……大掛かりな法術が使われた場所に向かったとしよう。そうしてそこで何かしらを探している素振りを見せたとしよう。それならば犯人はどう出るだろうか。一に何かを察せられたと感づいて逃げる。または、口封じに私を殺そうとする。もしくは条件に該当している私を攫おうとする。その三択ではないだろうか。


「……うん」

「おい、まさか」

「そのまさか、かも」


 三択の内二択が、犯人もしくは犯人の関係者を引きずり出すことが出来る。更に言えばその内の一択を引ければ、奴隷騒ぎの被害者となっている人達のところまで案内してもらえるかもしれない。そうすればミーアさんやフェンさんの家族、これまでの被害者を助けることだって可能になるだろう。相手の情報が何一つと無い以上、それは大きなチャンスとも言えた。不利益は、私が危険な目に遭うかもしれないという部分だけ。


「シロ様、私……囮になりたい」


 見据えた先の二色の瞳は厳しく細められたまま、私をじっと見つめている。これがシロ様に願うにはあまりにも酷な願いだということは、私だって理解していた。けれどじっとしているのは、どうしても嫌だったのだ。

 そこまでするほどミーアさんと仲が良いかと聞かれれば、恐らくそんなことはない。そこまでする義理が海嘯亭の人達にあるのかと言われれば、同じく首を振ることになるだろう。レゴさんのためと言うには、私はフェンさんの顔すらも知らなくて。けれどそんな理由なんかどうでもいいのだ。何か出来ることがあるかもしれないのに、見て見ぬ振りをしたくない。それだけが今私を動かす、たった一つの理由だった。


「それでミーアさんたちを、助けたい」


 背負うなら、自分を嫌いになる後悔じゃなくて馬鹿だったと笑いたくなる後悔を。いつかの誰かの言葉が、風鈴の音と共に蘇った気がした。

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