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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第一章 マンホールの底からこんにちは
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八話「魔法のバッグ」

 シロ様の物騒な一面を垣間見ながらも、そうして食事は終了した。現代日本で育ってきた身としては調味料が無いのは味気ないが、こんな深い森の中ではそもそも食事にありつけるだけありがたいことだろう。そういえば食事といえば、昨日から何かを忘れているような。


「っ、ああ!?」

「……何だ、騒がしい」


 二人で焚き火の後始末をする中、私はそこで思い出す。突然大きな声を上げたことでシロ様に軽く睨まれるが、今の私にそれを気にする余裕はなかった。焦げてしまった枝を放り出して、私はダッシュで小屋の方へと戻る。後ろから声をかけられた気がするが、今はそれに反応する暇も惜しい。

 思い出したこと、それはエコバッグの中に食材を放置していたことだ。私と一緒にこの世界へと落ちてきたあのバッグの中には、おばあちゃんに頼まれて買った肉じゃがの材料が入っている。その中には当然、日持ちしない豚肉も含まれているのだ。この森は葉が生い茂り影となっていて涼しいが、体感として二十度くらいはある気がする。湿度も高い中、常温で一晩放置したお肉の状況なんて……あまり考えたくない。


「……うう」


 小屋に戻ってエコバックとリュックが置かれた場所へと駆け寄って。しかし私はそこで尻込みした。中がどんな状態になっているかなんて、考えたくもない。大袈裟だと言われるかもしれないが、以前冷蔵庫にしまうのを忘れて茶色に変色したお肉のことが頭から消えてくれないのだ。ぱっと見た感じが普通に見えるも、色が確かに異常なあの姿。

 あまり共感は得られないが、食べれたはずの食材が無残な姿になると背筋がぞわぞわとするような感覚を覚える。罪悪感からなのだろうか、とそんなことを考えながらも私はバッグに手を掛けた状態で硬直していた。たかだか一晩、そんな酷いことにはなっていないとは思う。しかし脳ではそうわかっていても、やはり開けるのが怖かった。


「……何をしている。いきなり奇声を上げたかと思えば、そんな場所に座り込んで」

「あ、シロ様……」


 私の様子が気になったのだろう。後を追うようにして扉から入ってきたシロ様は、座り込んだ私の前に立つと首を傾げた。耳がその動きに合わせてぴょこと揺れるのがちょっと可愛いと一瞬思ったが、その姿は変わらず血塗れだ。やっぱり可愛くないなと考えを改めて、私はそっとエコバッグを指差した。


「その、この中食材が入ってたの」

「ああ」

「……絶対悪くなってるな、って思うと開けるのが怖い」


 端的に説明をして俯く。未だバッグに掛けた手は動かないまま硬直していた。しかしこうしてシロ様に心配?をかけてしまった以上、いつまでもこうしているわけにはいかないだろう。私は覚悟を決めて一息を吐くと、恐る恐るとバッグを蓋するボタンを開けた。多分買い物バッグをこんなに怖がりながら開けるのは、私くらいだろうなとは思いつつ。


「……あれ?」


 けれどそうしてバッグを開けた瞬間飛び込んできたのは食材が腐った臭い、なんかではなく。私は恐る恐ると細めていた瞳を開けて、中身をじっとチェックした。じゃがいもに人参、玉ねぎ。当然それらに問題はない。そして肝心の豚肉も、あの時のような茶色に変色すること無く新鮮な桃色を保っていた。

 買いたてに見えるほど、至って普通な中身である。恐怖のあまり目が狂ってしまったのかと瞬きを繰り返すも、そこには変わらず白いパッケージの中に鎮座する桃色のお肉があって。ちょっと良いやつだと肌色っぽいパッケージになるんだよな、と一人そんなことを考えながらも私は首を傾げた。一晩放置した以上、腐るとまではいかなくとも変色くらいはしているはずだ。常温で放置した以上、こんな瑞々しく保存されているわけがない。


「……これはお前と共に世界を渡ったのか?」

「あ……うん、そうだよ」


 逆に怖くなって眉を寄せた私。しかしそんな私の手から、その中身ごとバッグが攫われていく。上から私とバッグの様子を窺っていたシロ様が、バッグを攫っていったのだ。しげしげとバッグとその中身を眺めながら、シロ様は私に問いかけてくる。私はそれにおずおずと頷いた。

 世界を渡った、壮大ではあるがそう言えばそうである。私にとっては日常で使っていた普遍的な道具でしか無いが、そう考えればシロ様にとっては珍しいのかもしれない。エコバッグは中学生の頃に作った手作りで、荒が目立つ。だからそんな風に観察されるのは少し恥ずかしいが、シロ様なら腐らなかったお肉の謎も解けるかもしれない。そう考えた私は黙ってバッグを観察する彼を見つめていた。少し経って、彼は一人呟く。


「……変質しているな」

「えっお肉が!?」

「いや、この鞄がだ」


 やはり変色していたのかと謎の安心感と共に問いかけるも、それはあっさりと否定されて。真顔なシロ様に少し恥ずかしくなりつつも、私は言葉の意味がわからずに首を傾げた。鞄、エコバッグのことだろう。お肉ならばともかく、鞄はそう簡単に変質するはずがないのだが。


「神に呼ばれた稀人は穴をくぐってこの世界に落ちると聞く。お前もそうか?」

「う、うん。マンホールから落ちたから、多分そうだと思う」


 私がこの世界についての理解が低いことを、彼は重々承知しているのだろう。わからないと言わんばかりの表情を浮かべた私を見ても、呆れること無くシロ様は説明をしてくれる。その優しさに感謝しながらも、私はその問いかけに頷いた。マンホールから落ちたなんて間抜けだが、それもきっと神様とやらに呼ばれたせいなのだ。私は決してドジなんかではない。


「まんほーる……いや、今はいい。その穴を通る際、勝手に呼ぶ対価として神はその稀人に希少な力を渡すらしい」

「力……?」

「ああ、お前にも何かしらの力があるのだろう」


 私の眉を寄せた顔に、何かを察してくれたのだろう。シロ様はマンホールがわからない様子ではあったが、それ以上突っ込んで聞いてくることはなかった。この話が先だと言わんばかりに、彼は淡々と話を続ける。

 シロ様曰く、穴を通ってこの世界にやってきた私は稀人という存在なんだとか。そして神様とやらはその人間が穴を通る際、力のない私のような人間でもこの世界で生き抜けるようにと何かしらの力を与えてくれるらしい。現状その力に関しては何もわからないが、恐らく腕力や俊敏さといったわかりやすいものではないのだろう。単身で熊を倒せるシロ様のことを考えると、そういう力も無しに私はこの先生き残れるのだろうか。シロ様が特異例の可能性もあるが、それでも手芸部所属の貧弱女子高生はこの世界のヒエラルキーの最下層な気がする。


「そのルールが、恐らくお前の気配が宿ったこの持ち物にも適応された」

「……ってことは、この子は食べ物を腐らせないバッグってこと?」

「中の食材の様子を見るに、その可能性が高いだろうな」


 私がこの先の未来に少し怯える中、シロ様はそこでバッグを示して話をまとめた。つまるところ、私と一緒にあの穴をくぐったバッグにも何かしらの能力がおまけされたということらしい。漸く話を飲み込んで、そうして私が思ったことといえば。


「ええ……神様すごく優しいね。そんなの世の中の主婦が皆欲しいじゃん……」

「……お前を連れてきたのも、その神だがな」

「あっ、そうだった」


 そんなの魔法瓶を超える、正真正銘の魔法のバッグだ。いや勿論魔法瓶もすごいけれど。腐らないなんて、世の中で献立とやり繰りに悩む主婦にとっては喉から手が出るほど欲しい物に違いない。だって食材を安い時に買い込んで、その量と種類に応じて好きなように調理すればいいのだ。いちいち冷蔵庫にしまう必要もないし、電気代も節約できるかもしれない。

 そこまで考えて神様に感謝しそうになって、しかしシロ様の言葉で私は正気に戻る。そういえばそうだ、私は半ば誘拐された立場だったのだ。誘拐犯である神様に感謝する必要はない。いやでもこれはありがたいことだし、何かを施して貰った以上感謝くらいはするべきなのでは。実際助かると、そう思ってしまったわけではあるし。


「……欲がない人間だ」

「?」

「なんでもない」


 相反する感情に唸っていた私は、そこで小さく呟いたシロ様の言葉を聞き逃す。何か言ったかと言わんばかりに視線を向けても、彼は首を振るばかりで。まぁ彼が何でも無いというのなら、気にしなくてもいいのか。そう考えて視線を逸らした私を、不思議なものを見るような目で彼が見ていたこと。その視線にその時の私が、気づくことは無かった。

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