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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第三章 愛の大地と飛べない少女
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七十三話「南国めいた町並み」

 そんなこんなでウィラの街という正確な目的地が決まってから。それからの時間はあっという間だった。いや、あっという間と語るには些か語弊があるか。ただやることや話す人が居る空の旅は存外退屈ではなく。布や紐で小物類を量産したり、それらが売れるかどうかをレゴさんに聞いてみたり。しかしそんな私に触発されてか、布を作りたがったフルフを止めるのは結構大変だった。レゴさんは信頼できる人だが、秘密というのはやはり知る人が少ない方が強固になるのである。

 まぁそんなフルフの駄々はともかくとして。気球に乗っている間に、私の時間間隔はいつの間にか等速からずれていた。見下ろせば海、見上げれば空しか無い景色のせいだろうか。それとも同じ作業ばかりを繰り返していたせいか。昼と夜の移り変わりはしっかりと確認しているのに、日付感覚というものはカレンダーがないせいか無自覚のうちに乱れていって。


「そろそろウィラに着くぞ」

「えっ?」


 だからふと何気なく告げられたレゴさんのその言葉は、まさしく寝耳に水だったのだ。もう何個目かもわからないシュシュを装飾していた手を止めて、ぽかんと上を見上げる。するとそこには、苦笑を浮かべて私を見下ろすレゴさんが居た。二度瞬きを繰り返す。けれど私を見下ろすその表情も、聞いた言葉の内容も、何も変わることはなくて。


「いや嬢ちゃんたちが作業に集中してたから声を掛けるのを迷ったんだが……実は一時間前くらいからムツドリの領地内でな」

「えぇ!?」

「で、ウィラは海寄りの街なんだ。冗談なんかじゃなくて、ホントにもうそろそろ着くんだよ」

「ピュイ!」


 思わず呆然とする私に、更に衝撃の事実を被せてきたレゴさん。隣の方を振り返る余裕もないが、こころなしかシロ様からも驚いている気配が感じ取れるような。いやそれは驚くだろう。現在時刻は太陽が真上にあるのもあって、恐らく正午くらい。今から数時間前……少なくとも朝起きた時には確かに、この気球の下は真っ青な海しか広がってなかったのだから。

 だがそう言われれば、明らかに肌に触れる気温が暖かくなっているような。私は無邪気に喜んでいる様子のフルフを横目に、慌てて立ち上がると気球から乗り出した。下の方へと視線を向ければ、そこには確かにレゴさんの言葉通り真っ青な海ではない陸が広がっている。それも山々や平原だけではない、明らかに人工物と見て取れるような建築物だって。


「きょ、今日は何日目でしたっけ……?」

「気球に乗ってからか? 四日目だな」

「もうそんなに!?」


 震える声で問いかける。返ってきた苦笑交じりの返答に思わず驚愕の声を上げながらも、けれど眼下に広がる陸地がその言葉の何よりの証明だった。というかそもそも、この気球の管理者であるレゴさんが言うのならそこに間違いはないのだろう。少なくとも私のふわふわな時間間隔よりは余程正確なはずである。


「……これはどこに着地する?」

「正式な気球便ならちゃんと離着陸場があるがな。残念なことにこれは裏便なので、人気の少ない砂浜になるだろうよ」

「街からの距離は?」

「歩いて数十分、ってところか? 少なくとも嬢ちゃんが足を傷めるような場所には止めないから安心しろ」


 思ったよりも時間が過ぎていたことに混乱する私を置いて、状況を把握しようとレゴさんへと矢継ぎ早に問いかけるシロ様。シロ様だって驚いていただろうに、すぐに衝撃から立ち直るのは鍛えられた精神力故か。振り返れば返ってきた答えに納得したようにシロ様は頷いていた。どうやら満足のいく回答だったらしい。

 それにしても気球の乗った日。あの夜のカッシーナさんたちとの別れから、もう四日。それだけ経ってもまだ実感が湧かないのは、気球という閉鎖空間で時間を過ごしたせいだろうか。しかもこれから知らない街に行くのである。心の準備が全く出来ていなせいか、妙に心臓が逸ってしょうがない。果たしてムツドリの大地で別世界から来た私と、里育ちの箱入りっぽいシロ様が上手くやっていけるのか。


「で、ウィラの街では暫く俺が同行する」

「え……?」

「まぁ一週間くらいか? カシ子からは面倒を見るように頼まれてるし、なんか嬢ちゃんたちほっとけねぇしよ」


 けれどそこで聞こえてきた予想外の言葉に、私はまたしても間抜けな声を零した。まだ正午だから魔物の素材屋にでも行って路銀を稼ぎ、そこから宿を取って……。そんな風に考えていたこれからの展望が、全て消えていくような音。ウィラの街に居る間、レゴさんが暫く同行してくれる?

 考えるために俯いていた視線を上げ、レゴさんの方へ。視線があったその人は照れ臭いと言わんばかりに頬を掻くと、それを誤魔化すようにシロ様の頭をぽふぽふと撫でた。私と同じく言葉の方に驚いていたシロ様は、珍しくされるがままで。ぱちくりと大きく見開かれた二色の瞳が、何故か私の視界に強く焼き付いた。


「……あー、まぁ逆に迷惑かもしれないけどな。それでもクドラの領地とは勝手が違うし、色々と苦労するだろう。ここは甘えてくれると助かるんだが」

「あ……迷惑とか、そんなんじゃなくて!」


 突然の申し出に言葉を失っていたせいか、そこでレゴさんは困ったように眉を下げる。どうやら拒絶されていると勘違いさせてしまったらしい。頬を掻きながらも説得を試みようとしている気配を見せるレゴさんを見て、私は慌てて首を振った。迷惑だなんて、そんなことは全く無いのだ。


「……その、申し出はすごくありがたいです。ですが何の対価もなく、レゴさんの貴重なお時間を頂いても良いのかなって……」


 正直に言えば、その申し出はとってもありがたい。シロ様はしっかりしているとはいえまだ子供で、自分の領地だったクドラならばともかくムツドリの領地に関しての知識は浅いだろう。私はシロ様よりも多少は歳上だが、けれど別世界から来た人間故にこの世界の常識がわからない。日々少しずつ学べている気はするが、恐らくこの世界についての知識は幼児と同レベルだろう。いや、それ以下かもしれない。

 だから大人でありこの世界の常識だって知っているであろうレゴさんに暫く同行してもらえるのは、私達にとってとてもありがたい話だった。けれどどうしても気が引けるものはある。だってここまで気を遣って送ってもらったのも、料金はカッシーナさん持ちでタダ。そうしてこれからの案内にだって彼は対価を求めないだろう。そういうことをする人ではないのは、いつの間にか四日経っていたこれまでの旅路でわかっていた。


「……つまり、無報酬なのが気になると?」

「……ええと、はい」


 だからこそ余計に申し訳無さは積もる。彼にそこまでしてもらう程の対価を、今の私達では返せない。魔物の素材を売ればお金が入るだろうが、これから何があるかわからない以上金銭は取っておきたい。そもそもお金という報酬をレゴさんは求めないだろう。だからといってケヤさんのように、魔物の素材に興味があるようには思えないわけであるし。


「あーっとじゃあ……実は、嬢ちゃんに頼みたいことがあったんだよ」

「え?」


 案内を頼めるのなら頼みたいが、されど無料というのは気が引ける。だがレゴさんが喜ぶようなものは持っていないしと、頭を悩ませた私。しかしそこでおずおずと切り出された言葉に私は目を丸くした。私達、ではなく私単体に頼みたいこと。視界の端でシロ様の瞳が細められたのが見える。どうやら言葉の違和感をシロ様も読み取ったらしい。数日間共に過ごしたレゴさんが相手だからかあからさまに威嚇することはないが、少し警戒している様子だ。いつかのケヤさんの惨事を思い出して、背筋に冷たいものが走る。


「なんだったか、しゅしゅ? ここで嬢ちゃんが作ってたそれを、いくつかくれないか?」

「えっ……シュ、シュシュですか?」

「おう」


 けれどシロ様の瞳に浮かんだ物騒な光は、続けられたレゴさんの言葉で一気に収束していった。なんだそれかと言わんばかりの真顔になったシロ様を見て、安堵のような呆れのような形容し難い感情が込み上げる。しかし取り敢えずはいつかの惨事を繰り返すことにならなくてよかったと、私は内心で溜息を吐いた。シロ様は私のことになると些か敏感すぎる。私のことばかりではなく、もう少し自分を大切にしてほしいものだ。

 それはともかく、シュシュ。確かにここで作ってはいたしレゴさんに売れるかどうかの確認もしたが、まさかレゴさんが欲しがるとは。レゴさんのようなワイルドな男の人が付けるイメージはあまりないが、カッシーナさんという例も居るくらいだしこの世界はそういった性差が薄いのかもしれない。カッシーナさんの友人なだけあって、レゴさんも可愛いものが好きなのだろうか?


「その、聞いた話によると髪飾りなんだろ? 見たこと無い品だし、嬢ちゃんが作ったのはどれも女子が好きそうだった。……実は見せてもらった時から、姪っ子たちが喜びそうだと思っててさ」

「ああ、成程! 私のせ、……国でも、シュシュは女の子たちに人気でしたよ!」

「やっぱそうなのか!……嬢ちゃんがタダなのを気にするってんなら、それをくれれば俺としては嬉しいんだが」


 しかし私のそんな予想はまるっと外れた。成程、姪っ子さん。レゴさんは風貌的に明らかに可愛いものに興味がなさそうだから意外に思ったのだが、親しい誰かのためなら納得である。売れるかどうかの話を聞いた時にレゴさんは、「珍しいし見た目も良いから売れるだろう」と感心したように告げてくれた。その時から姪っ子さんのプレゼントに良いと思っててくれたのかもしれない。

 私の世界と言い掛け、それはまずいと慌てて言い直し。そうして女子に人気だったと告げれば、レゴさんはぱあっと顔を輝かせた。しかし次の瞬間には一度咳払いをして、何かを誤魔化すように瞳を伏せる。少し照れた様子なのは、姪っ子思いなのが気恥ずかしいのだろうか。とても素敵なことだと思うし、その申し出は私達から見てもウィンウィンで悪いところなんて一つもないのに。


「私が作ったシュシュで良かったら好きなだけどうぞ!……ええとその代わり、ウィラの街の案内をお願いしてもいいですか?」

「ああ、交渉成立だ」

「わっ……!」


 レゴさんにも可愛らしいところがあるのだなと思いつつ、私はその申し出を受けることにした。自分の作ったシュシュがレゴさんの案内と等価だとは思えないが、自分が作ったものに誰かが価値を見出してくれるのは嬉しいことだ。量産したとは言え、一つ一つを丁寧に作ってはいたからこそ。

 ぺこりと頭を下げて頼めば、隣に居たシロ様も同じように頭を下げて。そんな私達の頭をちょっとだけ乱暴に撫でつつ、レゴさんは嬉しそうな声を上げていた。手が離れていったのを機に顔を上げれば、その声の通り褐色の肌のその人はからりとしたご機嫌な笑顔を浮かべている。その笑顔に釣られるように笑みを浮かべつつ、私は気球の外へと視線を向けた。高度が下がり始めたことで見えてきたのは、南国めいた町並みで。


 そろそろ、新しい土地での旅が始まる。果たして赤い羽という手がかりを見つけることは出来るのだろうか。そんな期待と不安を胸に、私は見慣れない町並みを見つめていた。

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