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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第三章 愛の大地と飛べない少女
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七十二話「いつの間にか明かされていた秘密」

「……奴隷制度はこの世界全体で禁止されている。まさかムツドリは協定を破ったのか?」


 不穏な言葉でしんと静まった気球内に響いたのは、氷めいたシロ様の冷ややかな問いかけ。色の違う二つの瞳にされど同じだけの鋭さを乗せて、そうしてシロ様はじっとレゴさんを見つめた。是か非かを問うだけのそれは、けれど傍から見ているだけの私ですらも威圧感を感じるような視線で。


「違ぇよ! いわゆる、違法奴隷商人ってやつだ。……まぁ、そいつらを数年間掛けても取り締まれてねぇってのは、確かにムツドリの取締部隊の落ち度かもしんないけどな」

「厳格な国の警吏が取り締まれていないのは不自然だろう。維持組織の仲で糸引している奴が居るのではないか」

「それは……いや、ないな。大方大商人の用意した隠れ蓑に甘えてるってだけだろうよ」


 当然そんな視線を向けられたレゴさんは慌てたように首を振りながらも、弁解を始める。しかしそこからぽんぽんと、まるで高速で交わされるキャッチボールのような二人の話には、別世界一年生の私が追いついていくことは難しかった。思わず目を白黒とさせる。情報量が、情報量が多い。

 違法奴隷商人、取締部隊、警吏。維持組織に、大商人の隠れ蓑。取り敢えず重要そうな単語をピックアップしてみたものの、それでも二人の会話の内容を全て把握するのは難しく。何故ならば二人が今しがた告げた単語はどれを取っても、私の今までの日常生活では到底使う筈もないような言葉ばかりだったのだ。平和に暮らしていた女子高生の話題が物騒に飛ぶのは、近辺で何かしらの事故やら事件が起きた時くらいである。平和な田舎町育ちとしては、そんな話題を交わしたのは片手に収まる程度であった。


「っていうか大体お前らみてぇなクドラ族の連中ほど、ムツドリ族は武力で恐れられてねぇんだよ」

「……えっ!?」

「うお!?」


 取り敢えず違法の商人さんが法律的にはアウトとされている奴隷を売って、それが大きな組織を巻き込んだ大きな犯罪になっているということだろうか。そうやって自分なりに話を整理したところで、しかし私はそこで聞こえてきたレゴさんの言葉に驚愕の声を上げた。思ったよりも大声になってしまったことでレゴさんを驚かせてしまったが、今重要なのはそこではないのだ。


「なん、なんで、シロ様がクドラ族ってことを……!?」


 そう、そこである。今のは絶対に聞き間違いなんかではない。レゴさんははっきりと「お前らみたいなクドラ族」と言ったのだ。それは彼がシロ様をクドラ族だと認識している揺るぎのない証拠になる。私は動揺から思わず立ち上がり、探るようにこちらをきょとんと見つめる二人に交互に視線を送った。これは一体どういうことなのだ。

 そう、きょとんと見つめる二人。察しの良い人でなくても、この状況の何がおかしいのかわかるだろう。つまりシロ様もまた、私を不思議そうに見つめているのだ。レゴさんに正体を知られているというのに、シロ様は動揺を見せていない。ケヤさんに自分の正体を知られそうになった時は、私も度肝を抜かれるくらいの動揺……というか暴走を見せていたのに。


「……あれ? 嬢ちゃんには言ってなかったか」

「……そういえば告げるのを忘れていたな」

「ピュ?」


 そして混乱する私を置いていくように、二人は相変わらず冷静だった。忘れてたと言わんばかりに顔を見合わせる二人を見て、私は眉を下げる。置いていくようにというか、実際置いていかれているのかも知れない。唯一「よくわからないです」と言わんばかりの鳴き声を上げているフルフだけが私の味方だった。私が急に立ち上がったせいで床に転がってしまったその子の姿は、なんとも哀愁漂うものになっている。まるで今の私の心境を表しているようだ。


「あーっと……そう悲しそうな顔すんなよ。言い忘れてただけなんだ」

「……ってことは、昨日の夜ですか?」

「ああ。お前が寝た後だ」


 そろそろと立ち上がっていた状態から再び座り込み、膝から転げ落ちてしまったフルフを回収。落としてしまったことに小さくごめんねと呟きつつも、私は疎外感を紛らわせるようにフルフを撫でていた。詫びの気持ちを入れて優しく撫でれば、その子は嬉しそうにピュイと鳴く。手触り愛くるしさ優しさ、その全てが百点満点だった。そろそろ手放せなくなりそうで怖い。魔性の女(?)である。

 そんな風に現実逃避をする私を見て何を思ったのだろう。片方は困ったように頬を掻き、片方は気まずいと言わんばかりに視線を逸し。けれど二人はちゃんと説明してくれた。昨夜私が眠っている間に起きた出来事を、恐らく隠すことなく。


「いや最初から妙だとは思ってたんだよ。ただの子供にしちゃ威圧感があるし、明らかにただの子供とは思えねぇ手練っぷりを感じるし、一緒に居る女の子には様付けで呼ばれてるし」

「そ、それは……」

「ああ、わかってる。ただの渾名なんだろ?」


 それについては聞いたよと、そうからりと笑いながらもレゴさんはシロ様の頭に手を置いた。すると気に食わなかったらしいシロ様は即座にその手を振りほどく。私が寝癖を直したり褒めたりする時に頭を触るのは嫌がらないのに、レゴさんに触れられるのは嫌らしい。父親に反抗する息子みたいな構図に、私の心はちょっと和んだ。ちょっとレゴさんが可哀想ではあるのだが。


「で、確信に至ったのは嬢ちゃんが寝た後。一応こいつも寝てたみたいなんだが、二時間くらいですぐ目を覚ましやがった。隣の嬢ちゃんは可愛くすやすや寝てんのにな」

「二時間……!?」

「…我のようなクドラ族に多くの睡眠時間は必要ない。心配は無用だ」


 けれどそうやって振られたことを気にもせず、レゴさんは穏やかに話を続けてくれる。しかしそこで聞いてしまったさらなる衝撃の事実に、私は視線をシロ様の方へと移した。そういえばカッシーナさんの紹介ならば大丈夫だとついぐっすりと眠ってしまったが、逃げ場のない場所で知らない人と過ごすというのは人間不信気味のシロ様にとっては多大なストレスだったのではないか。シロ様が穏やかに休むためには私と睡眠時間をずらすとか、そういう工夫が必要だったかもしれない。

 だがどうやらそれがシロ様の基本的な睡眠時間らしかった。私の考えていたことを読み取ったのだろう。必要以上の睡眠時間は必要ないと言わんばかりに首を振るシロ様に、私は脱力した。そういえば森に居た時も似たような話を聞いていたような。


「流石におかしいだろってことで尋ねれば、まぁあっさりだったな。俺としてはクドラ族が外に居る時点でそりゃもう、目玉が飛び出る程に驚いたのによ」

「えっと……そんなに珍しいんですか?」

「珍しいなんてもんじゃないぜ。俺らムツドリ族と違ってクドラ族には滅多に会えるもんじゃない」


 つまりはこういうことだ。私と比べると、シロ様は些か人間力に欠けるという話である。レゴさんのような幻獣族が相手だと、自分との相似点を見つけて気づかれてしまうのだろう。まぁもうクドラの領地も抜けたわけであるし、これからは隠す必要もないから良いのかと考えて。

 しかし続けられたレゴさんの言葉に、私は首を傾げることとなった。私としては幻獣族そのものが珍しいのだと思っていたのが、もしかして幻獣族によって遭遇率の違いがあるのだろうか。橋本くんや椎葉ちゃんが良く言っていた、期間限定ゆーあーる?みたいな。しょっちゅうこのボタンを押して! と学校で頼み込まれていた日常が何だか懐かしい。


「ムツドリ族は元から奔放な質だからな、そりゃもうあちこちに居る。レイブ族も自分の好奇心に素直だからな。各地を旅してる奴も多いし、見掛けることは多いぜ。ミツダツ族もまぁ、見かけないことはない。様々な美を養い磨く、ってそういって里を出るやつと引き篭もる奴が半々だって聞いたな」

「成程……」


 私がそんな風に穏やかだった日常に思いを馳せている中、レゴさんは幻獣族の遭遇率について簡単に説明してくれた。成程幻獣族の中でも、ムツドリやレイブは見かけることが多いらしい。信条が愛や知であるならば、様々なところを巡ることが自分の出会いや糧と繋がるのだろう。美を信条とするミツダツも、様々な美を知るという理由で外に出る人がいてもおかしくない。己との勝負だと引き篭もる人が居るという理由にも、確かに頷けた。


「だがクドラ族が基本的に里を出ることはない。何故なら世界で一番強い存在が、既に自分の里の一番上に居るからだ」

「あ……」

「それだけじゃない。里のトップ以外にも強いやつは周りにゴロゴロと居るんだ。武を求めるなら里にいるのが一番の近道。そんな理由で滅多にクドラ族は外に出ない」


 そうしてクドラが一番引き篭もりだという理由にも。そうか、クドラ族のトップ……つまりシロ様のお父さんは、かつては最強だったのだ。信頼していた弟に、卑怯なやり方で敗れるまでは。そんなお手本やら同士やらが身近に居るというのに、より上の強さを求めるクドラ族が外に出る理由はないだろう。世界中を探さなくても、最強がすぐ傍に居るのだから。

 ちなみに里があるのはクドラとミツダツだけだぜ、なんて補足してくれたレゴさんに頷きを返しつつも、私はそこでシロ様の方を見遣った。どこか遠くを見つめているようにも見えるシロ様は、今何を考えているのだろう。自分が辿ったかもしれない、父親の後を追う最強の道。全てを失いそれを追えなくなったからこそ、彼は旅に出た。お姉さんとの約束を果たすため、家族の無念を晴らすため、あの日の全てを日の下に暴くために。


「……まぁどんな事情かは聞かねえが、色々気をつけろよ。でっかいバックを持ってるらしき奴隷商人にも」

「……はい、ありがとうございます」


 必要以上に深堀りしてこないレゴさんに感謝しつつも、私はその忠告を真剣に受け止めた。奴隷商人。歴史の教科書やら物語の中でしか出てこない存在ではあるが、珍しいものを好むのだろうなということくらいは推測できる。シロ様がクドラ族だということは、引き続き隠しておいたほうが良いだろう。シロ様が捕まるなんて到底思えないが、私を人質になんてこともあるかもしれないわけであるし。……まぁシロ様が隣に居てくれる以上、私が捕まるのもいまいち想像できないわけであるが。

 

「ところでシロ様」

「……なんだ」

「もうバレてるなら、この気球の中では耳と尻尾隠さなくても良いんじゃないの?」


 されど気をつけるに越したことはない。レゴさんの忠告を心に刻みながらも、私はそこで一つ気になってシロ様へと問いかけた。街に出てからというものの、耳や尻尾を消すためにシロ様は法術を使いっぱなしだ。けれどレゴさんが事情を知ってる以上、この気球内だけは無理に法力を消費せずとも良いのではないか。すると左右で色の違う瞳が、ぱちりと瞬かれる。そして次の瞬間。


「わぷ……!?」

「それもそうだな」


 もふと、顔にふわふわの何かが当たる感覚。どうやら突然姿を表したシロ様の尻尾様が、私の顔にダイレクトアタックを決めたらしい。痛くはないのだが猫の細くてキュートなアレとは違い、虎に近いシロ様の尻尾は長めかつ太い。つまりそれなりの衝撃があるのだ。だけど極上のふわふわに触れられるのは嫌ではなく。

 するりと顔から逃げていった尻尾様にどこか惜しいものを感じつつ、不意の事故のように閉じてしまった瞳を開ければそこには耳を装着したシロ様が。ああこれこそシロ様だ。なんて、久しぶりの本来の彼の姿にどこか感慨深いものを抱きつつ。けれど私の中には一つ、疑問が残った。シロ様は法術を使って耳や尻尾を隠しているとは言うが、その法術は一体どんな属性なのだろうと。風でも火でも水でも地でもできなさそうな質量すらも失わせる完璧な隠蔽っぷりの謎に、私は一人内心で首を傾げるのだった。

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