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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第三章 愛の大地と飛べない少女
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六十六話「空の旅と赤い翼」

「……そんでお嬢ちゃん方、行き先はどこにすんだよ?」

「……あっ」


 気球に乗って暫く。もう見えなくなってしまった宿の方を、それでも尚じっと見つめていた私。シロ様もまたそんな私を見上げては、時折宿があった方向へと視線を向けて。しかしそこで背後に乗っていたレゴさんに尋ねられたことで、私はとあることを思い出した。こうして気球に乗せて貰ったというのに、行き先については一切話していなかったなと。


「カシ子からなるべくクドラの支配領地を離れるようにって聞いてたけどよ……にしても候補はいくらかあるわけで」

「! カッシーナさん……」


 ぼやくように告げるレゴさん。けれど私はその言葉を聞いて、思わず目を見開いた。薄々とは感じていたが、やはり気づかれていたのだ。どこまで知っていたのかをもう本人に尋ねることは出来ないが、それでもカッシーナさんたちは、私達がクドラに何かしらの因縁があることは察していてくれたのだろう。レゴさんが今零したのは、だからこその言葉だった。

 きゅっと拳を握り締める。カッシーナさんはクドラと私達の間に何かあるということを知っていた。そうして、ブローサの街に流れていた指名手配の噂。きっとそこから結びつけて、そして私達を突き出すことだって出来ただろうに。そっちの方が余程安全で、彼女?たちにも利があることだっただろうに。それでもあの宿の人達は、私達を逃してくれたのだ。危険や不利益をを顧みず、私達に心を割いてくれた。


「……行き先、ムツナギって出来ますか?」

「ん? まぁレイブを除けば一番近いからな。問題ないぜ」


 胸がぽかぽかと温かいもので満たされていく感覚。その心地よい感覚に一度目を伏せて、すぐに瞳を開いて。そして私はレゴさんを見上げると、そんなことを問いかけた。クーロンに行く予定が省かれはしたが、行き先は変わらない。私は頭の中にGPS付き地図……と変貌した地理の教科書を思い浮かべた。


 まず、桃花の宿があったのがクレイシュという国。その西側にはシロ様たちクドラ族が暮らすクドラという国があった。恐らくそこがシロ様の故郷なのだろう。とはいえ私達が今そこに向かっては、飛んで火に入る夏の虫である。だからこそ私達はクレイシュから南、ムツドリが管理する大地へと渡るための航空便が出ているクーロンへと向かおうとしていたのだ。シロ様曰く、これら「く」から始まる三つの国がクドラの庇護下にある大地らしい。

 クレイシュから海を超え東に行けばレイブ族の故郷であるレイブがあるらしいが、本来幻獣族たちが暮らす大地に踏み入るには許可が必要(これもシロ様から聞いた情報だ) そうなると結果としてここから近いのはムツナギか、レイブの下にあるレイツという国になるのだが。しかし現状私達がレイツに向かう理由はない。


「それならムツナギでお願いします! シロ様も、それでいいよね?」

「ああ」


 何故ならば、シロ様が見たというビャクの部屋に落ちていた赤い羽。ムツドリ族の物らしきそれの持ち主を探すのならば、ムツドリ族の庇護下にあるムツナギを向かう方が理にかなっているからだ。その思考の元私がシロ様へと問いかければ、視線を私の方へと持ち上げたシロ様は端的に頷いた。予想よりもムツナギに行くのが早くなってしまったが、早くて悪いことはないだろう。いつまでもクドラの領地に居ては危険だというのが、怪しい男とやらの出現で身に沁みてわかったわけであるし。


「……でも、赤い羽かぁ」


 けれど、私の頭にかかる靄のような不安。それはレゴさんと知り合ったことで生まれた不安であった。私が知り合った最初の幻獣族はシロ様、つまりはクドラ族。そのシロ様の話を聞く限り、幻獣族という存在はそう多い存在ではないと思っていたのである。だから赤い羽という小さな手がかりでも、立派な探す宛となるだろうと。

 だがムツドリ族の生態を考えると、その想定よりも大変なことになるのでは。だって現に今、目の前にはハーフだというレゴさんが居る。彼の耳は生憎の橙色ではあるが、彼のようなハーフが存在するならばムツドリには一体どれくらい赤い羽の持ち主が居るのか。それら全てに当たっては、ビャクとの関係を聞く。結構無謀な戦いになるのではと、私は眉を寄せて考えていた。


「赤い羽?」

「あ、え、えっと……」


 しかしそこで私の呟きを拾い上げたレゴさんが、ぱちりと蜂蜜のような金色の瞳を瞬かせる。私といえば無意識の内に呟いてしまっていたらしいことに、慌ててしまって。今の呟きならばセーフだろうが、もし肝心なことをぽろっと口から零してしまっては大惨事だ。例えばシロ様がクドラ族であることとか。……いや、それを呟く状況を迎えることはないだろうけど。


「なんだお嬢ちゃんたち、伝説の赤い翼を探しに行くのか?」

「え……?」

「赤い羽つったらあれだろ? 極稀にムツドリ族の中に生まれる、選ばれた翼の持ち主」


 そんな意味のわからないことを考える私を他所に、レゴさんは存外納得の声を上げていた。伝説、初見の情報に思わず視線を上げれば、レゴさんは少年のように瞳を輝かせていて。どうやら何かしらがレゴさんの琴線に触れてくれたらしい。まるで水を得た魚のように、レゴさんは言葉を紡ぎ始める。

 曰く、赤い羽……というか翼は、極稀にムツドリ族に齎される希少性の高い翼らしい。ムツドリ族は純血だろうがハーフだろうが等しくその耳に橙色の羽を模した耳を持つが、羽化の時になって初めてその橙を真っ赤に染める個体がいる。耳が真っ赤になったムツドリ族はその翼も真紅に染まり、誰よりも自由に空を翔けることが出来る存在になるんだとか。更に言えば浄化の星火という、何やら特別な法術を使えるようにもなるらしい。


「浄化の星火の詳細は知らないけどな。なんかすげぇ術らしいけど」

「へぇ……なんだか、お伽噺みたいですね!」

「お、御名答! ムツドリの庇護下の大地じゃあ赤い翼を持つ主人公のお伽噺が大人気なんだよ。俺もガキの頃にそれを見て憧れた口ってわけだ」


 少年のような無邪気な笑顔を浮かべるレゴさん。私よりも一回りほど歳上に思えるが、その笑顔を浮かべている彼はどこか幼く見えた。きっと本当に赤い翼に憧れているのだろう。そう思えばなんだか微笑ましくて、私は思わず笑みを零した。どうやらお伽噺の主人公に憧れを寄せるのは、どこの世界の子供たちも共通らしい。


「……まぁ、俺は最初っから駄目だってわかってた方だったけどなぁ」

「えっ……?」

「この赤い翼って、ハーフに現れた例はないんだよ」


 しかしそこでレゴさんは溜息を吐いた。今度は私の方が目を瞬かせて彼を見上げる。無言であっても話は聞いていたらしいシロ様も、レゴさんのその呟きに視線を上げて。

 その視線に何を思ったのか、レゴさんは照れたような笑顔と共に頬を掻く。最初から駄目、その言葉の意味は自分が赤い翼を得られることがないという意味から来ていたらしい。レゴさんの左耳は確かにふわふわの羽を模したものであるが、右耳は人間のそれ。そんなレゴさんのようなハーフには、赤い翼の奇跡は齎されないのだろう。自分に最初から齎されることがないとわかっている憧れ。きっとそれは自由に飛べる翼を持つ彼にとって、空の彼方よりも遠いところにあるのだ。


「あー……あ、あと伝承としては、橙が濃いムツドリ族同士から生まれることが多いってのもあるな」

「そ、そうなんですね……」


 どこか切ない雰囲気になってしまったそれを吹き飛ばそうと、無理に笑っては話を変えようとしたレゴさん。私は未だ眉を下げたまま、けれどレゴさんの強引なそれに話を合わせることとした。誰かの幼かった頃の憧れという柔らかいものを、不用意につついてはいけない。本人が話を変えることを望んでいるのなら、大人しくそれに流されるべきなのだ。


「ま、そういう理由でくっつくムツドリ族は、昔にでっかい家だったとこくらいだろうけどさ」

「? そうなんですか?」

「そうなんですよ。まぁなんというか俺らはどうしても、ムツドリ族としての信条に従っちまうからさ」


 けれど純粋に興味が増した私は、レゴさんのその言葉に首を傾げる。たかが伝承とは言え、それで赤い翼の持ち主が生まれるのならばそうする人達が多いと思ったのだが。存外そうではないのだと、それを告げるようにレゴさんは得意げに笑った。

 信条に従う、その言葉の真意とは。そういえばムツドリ族が尊重するものだけはまだ知らなかったなとそこで考えて、しかしそれはある種大正解だったらしい。照れたように鼻を擦ったレゴさんは、そこでにかりと笑った。星が瞬く暗くも光のある空に、太陽のように晴れ晴れしい声が溶けていく。


「なんせムツドリの血が何よりも重視すんのは、愛だからな!」

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