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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十三章 白き炎を黒き瞳に
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五百十六話「記憶のない君 その一」

「こほん、じゃあシロ様の現状について相談するね」

『……ああ』


 来たるヒナちゃんの帰還後、アオちゃんとアダマくんによる喧嘩は呆気ない終わりを迎えた。純粋無垢に丸まった瞳と、無邪気な「だいじなお話中じゃないの? なんでケンカしてるの?」という問いかけが、二人の心に大ダメージを与えたからである。

 ヒナちゃんに悪意はなかったし恐らく善意百パーセントだったと思うが、それこそが二人に強烈な一撃を食らわせたというか。ともかく、二人の間で燃え盛っていた炎が力尽きたのなら好機。首を傾げているヒナちゃんの頭を撫でつつ、ついで近づいてきた柘榴くんの頭も撫でつつ。私はやっとこさ報告を始めることにした。


「現状記憶の回復はほぼなし。多分何一つとして思い出せてない……かな」

『……お前が傍に居て尚、か』

「うん。それが相談しにきた理由。こっくんとも話し合ったんだけど、魂の消耗以外に何か理由があるんじゃないかって」


 端的に相談内容を述べれば、板に映る水面の中アダマくんは考え込むように顎に手を当てる。この様子だとアダマくんもこっくんと同じく、「私が傍に居ればどうにかなる」という見解だったに違いない。

 しかし依然としてシロ様の記憶は戻らないまま。ならば記憶の喪失には魂の消耗以外の理由があるはず。何か心当たりはないかとアダマくんを見つめていると、そわそわと落ち着かない様子の女の子が二人。私を挟むようにソファーに座っているヒナちゃんとアオちゃんが、同じくアダマくんを期待したように見つめていたのだ。……そのせいかアダマくんは大層居心地が悪そうである。


「……あー、ヒナちゃん、アオちゃん。族長様と教皇様が今日のお茶会に二人も来て欲しいって言ってたよ。そろそろじゃないかな?」

「え、でも……」

「アダマくんから聞いたことは二人にちゃんと教えるから。息抜きも大事だよ」

「…………」

「ピュイッ!」


 仕方ない、二人には席を外してもらおう。丁度よく本日は女の子三人でおいで、と教皇様に族長様とのお茶会に誘われていた。私は生憎と行けないが、二人に行ってもらえば教皇様としても面子?が保たれるだろう。多分。

 私の言葉に最初「いいのかな」と言わんばかりの表情を浮かべていた二人だったが、食いしん坊のフルフが行きたい!と言わんばかりに鳴いたことで多少気持ちが傾いたらしい。小さく頷き合うと、二人は私に手を振りながら去っていった。尚アオちゃんはアダマくんに「ミコ姉に手出し禁止!」との捨て台詞を残していったが……突っ込まないでおこう、うん。


『……助かった』

「いえいえ、こちらこそごめんね。二人とも、シロ様にかなりすげなくされてて……」

『…………』

「まぁそれは二人に限らず私やこっくんも、なんだけど」


 少女達の期待の目が相当に重かったらしく、珍しく素直にお礼を告げてきたアダマくんに苦笑いを一つ。ソファーにぽすんと体重を預けると、私は俯いた。アダマくんには申し訳なく思うが、あの二人の様子も仕方ないことだとは思っている。視界の裏に過ぎる白と黒の冷たい光。二人はまだあの奥にある怯えた色に気づいていないのだろう。ここ二日間のことに思い馳せるよう、私は瞳を伏せた。











「……断る」

「……うーん、言うと思ったけど」


 二日前のこと。これが傍に居させてほしいと、私がそう願った時のシロ様の返答。普段のシロ様であれば絶対に返してこない言葉を前に、しかし私はあまり動揺することはなかった。私達以外には基本的に塩なのがシロ様。それが今は私達にも適応されるとそういう話である。


「し、シロおにいちゃ…………」

「……シロ、くん」

「…………」


 だが私は平気でも、どうやら私以外はそうではなかったらしくて。私相手にも冷たいシロ様を前に、そこで漸く彼の中に記憶が無いという実感が湧いてきたらしい。涙目になったヒナちゃんとアオちゃんを、こっくんが困ったような表情で見つめる。これは……二人は一旦、席を外した方が良さそうだ。


「こっくん、ヒナちゃんとアオちゃんとあたたかい飲み物でも飲んできたらどうかな? 後で私達にも差し入れてくれると嬉しいかも」

「……一人で大丈夫?」

「ふふ、大丈夫だよ。ありがとね」


 このまま今のシロ様による辛辣な言動が二人に突き刺さりまくれば、記憶が戻った際に余計なわだかまりが残るかもしれない。そう判断した私は、一時的にこっくんに二人を連れ出してもらうことにした。一対一の方がシロ様も多少は警戒を緩めるかと、そういった打算も込みで。

 私の言葉にこっくんは心配そうな視線を向けてきたものの、ぐっと親指を立てれば多少はその不安も払拭出来たらしく。二人の腕を引く形で去っていったこっくんを見送り、私は再びシロ様へと向き合った。相も変わらず突き刺さる警戒の瞳。だけどそれが迷子の子供のように見えるのは何故なのか。今のシロ様は何となく、普段の彼よりもずっと無防備な気すらしていた。


「さてと……まずこの場所について説明するね」

「…………」

「……あー、その……警戒はしてもいいけど、するだけ損だと思うよ。私めちゃくちゃ弱いから」

「は?」


 だからか、ヒナちゃんやアオちゃん、そしてこっくんが抱いたであろう寂しさや悲しみという感情。それよりも心配や庇護欲が勝ってしまい。まず場所の説明と入ろうとするも、きっと睨みつけられてはそのまま話を続けることなんて私には出来そうになかった。少しでもシロ様が警戒しなくて済むようにと、口は勝手に開き始める。


「人間だし、攻撃的な法術も使えないし、当然体術とか剣術とかそういうのもからっきし。ちょっと特殊な法術で身を守るくらいしかできないんだ」

「…………法力はあるだろう。人にしては膨大すぎるくらいの」

「でも攻撃できないからなー……前の君には、弱すぎてよく心配をかけてたんだ」

「…………」


 その弁解が、この身がどれだけ弱いかということを説明するものだったのは少々情けなかったが。だがどうやらその行動は功を奏したようで。法力が多いことは見抜かれていたものの、それも全て自衛用と伝えれば僅かにだが警戒しきっていた瞳に揺らぎが生まれる。しかしその揺らぎは次の瞬間、嘲りへと変化した。


「……ならば貴様は我の友人ではない

「…………」

「我が弱いやつに歯牙をかけるとは思えない」


 ……あー、まぁそうなるのか。その姿で思い出したのは、出会った頃のシロ様が戦闘力が全ての戦闘民族ゴリラであったこと。なるほどなるほど、目のことをこの子が忘れている以上、弱いと告げればこういうことになるらしい。

 いや、でも出会った頃とてここまで露骨ではなかったような? シロ様にとって里の事件は全てを変えるほどの衝撃だったのか、はたまたこれは私を警戒しているが故の言動なのか。嘲りと侮蔑。瞳に映る明らかに舐めきった色合いは、いつものシロ様を思うとちょっとおかしい。いつものシロ様なら、私にこんな態度を取る人に対して激昂して見せるというのに。


「……ふふ、残念。すごく大切にしてもらってたよ」

「…………は?」

「今の君が見たらびっくりして気絶するかもってくらいには」


 ひとまず自分で自分の首を斬ったりしないよう、記憶を思い出した後はどうかこの時の記憶を無くしてくれるよう願いつつ。あっさりと受け流して見せれば、シロ様は口をぽかんと開いてみせた。初めて見る表情である。

 ……うーん、やっぱり全体的に言動が幼い。あと隙がある。正直今のシロ様はこっくんに口喧嘩を挑んだらぼこぼこにされてしまいそうだ。なんせ私でもあっさりといなしてしまえるくらいなので。その場合今のシロ様であれば露骨に悔しがるのだろうか、なんてことを想像しながらも私はこちらを見つめる少年に微笑んでみせる。


「さてと、じゃあこの場所の説明からするね」

「っ、おい……!」

「シロくんが何を言っても、私はここを離れる気はないよ。それに状況の把握は君には必要なことだと思うけど……違う?」

「…………」


 彼の言葉を一切気にした様子のない私の素振り。それが彼にどう映ったかはわからないものの、合理的なところは変わっていないようで。状況の把握が必要だろうと告げれば、納得していない表情を浮かべながらもシロ様は口を噤んだ。そんないつになく少年らしいシロ様を大変微笑ましく思いつつ、私はなるべく伝わりやすいようにと噛み砕く形で説明を始めるのだった。

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