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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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四十九話「探検開始」

 その後、お姉さん?……ではなくカッシーナさんの手によって運ばれてきた料理は、本人が豪語するだけあってとても美味しかった。繊細に味付けられた見た目も華やかな和食たち。白身魚らしきものを煮付けた物、野菜を煮浸しにして鰹節をちらした副菜も、飲むだけでほっとするような汁物も、豪華な天ぷらも、その全てが。思ったよりもちゃんと味付けられた料理に飢えていたらしいと、味わう内に目頭が熱くなったことで自覚してみたりして。


「……美味しかったね」

「ああ。お前が作るすーぷ、とやらも悪くなかったがな」

「ふふ、優しい」


 料亭で出るような品数の多いメニューを食べ終えて、ほっと一息。ちなみにシロ様が喋ってることでお気づきの方も居るだろうが、もうこの部屋にカッシーナさんは居ない。彼女?は料理を一通り運び終えた後、簡易的な宿の説明を最後に立ち去っていった。一応この宿を主に切り盛りしているのは彼女?らしいので、いつまでも私達だけに構っているわけには行かないのだろう。立ち去る背中は、少しだけ名残惜しんでいるようにも見えたが。

 シロ様のフォローのように聞こえる、されど本心であろう言葉に微笑んで。そうして私は手元の毛玉を手慰みに撫でた。そうすれば満腹からか幸せそうに微睡んでいたフルフは、ぱちりと目を開ける。そう、シロ様と私しか居ない個室に入ったことで、やっとこの子をリュックから出してあげられたのだ。


「ピュ!」

「お、ご機嫌だね?」

「ピュピュ~」

「でもあんまり騒いじゃ駄目だよ。他のお客さんの迷惑になるし」


 機嫌良く鳴くフルフに小声で注意をしてみれば、その子は鳴くのをやめてただの毛玉のように転がる。これは最近というか今日知ったことなのだが、案外この子は我儘に見えてお利口だ。何にせよ、食いしん坊なことに変わりはないのだけれど。

 旅に出るに当たって、私とシロ様が一番困ったこと。それはフルフの扱いだ。希少な魔物としてハンターにも狙われやすいこの子を、どういう形で連れて行くか。まさか持ち歩くわけにもいかないし、だからといってリュックに押し込めるのも躊躇われる話だろう。しかしそうして話し合う私達を他所に、フルフはなんと自らリュックへと飛び込んでいったのだ。


「……あの時は焦ったね」

「……ああ」


 リュックの中はどうなっているかわからない。亜空間に入り込んだフルフが心配で動揺のあまり名前を叫べば、けれど自ら飛び込んでいった毛玉は直ぐに姿を現してみせた。恐らく呼び出し機能の効果である。その瞬間、どっと力が抜けたのは言うまでもないだろう。当の本魔物といえば、今のように不思議そうにピュ?と鳴くだけだったのだが。


「まぁ元気ならいいんだけどさ」

「ピュ!」


 どうやらリュックの中は私が思うよりも安全らしい。第三者や人の目が無くなり食事の時間だとフルフを呼べば、寝ぼけた毛玉が出てきたことからそれは十分に察せられた。結局フルフは寝起きもなんのその、まともな料理に瞳を輝かせては貪っていったのだが。二人分にしては多すぎる料理を食べ終えられたのは、間違いなくこの子のおかげである。

 大切に作ってくれたであろうお料理を残さずに済んだこと、それをフルフに感謝して。そうして改めてこの子が元気そうなことに安堵する。この分なら、人の目があるところではリュックの中に入ってもらうのが一番だろう。この子の安全面、それを考慮すればそれが妥当なはずだ。


「あ、そうだ。あっちに綺麗な木があるよ」

「ピュ!?」

「ふふ、速いなぁ」


 そこで一つ思い出して窓の方を指差せば、茶色のまんまるな瞳を輝かせてそちらへと走っていった(転がっていった)フルフ。窓にペタリと張り付く後ろ姿を鑑みるに、どうやら私達のように大きな千年樹に見惚れているらしかった。微笑ましい後ろ姿にそっと笑みを零しつつ、私はそこでシロ様の方へと視線を向ける。視線を察知したのか、こちらを振り返った二色の瞳と目が合った。


「どうした」

「えっと、お風呂はもう少し先だよね」

「ああ、そう言っていた」


 問いかけてくる彼に、おずおずと返事を返す。頭を過るのは、カッシーナさんから伝えられたこの宿の説明事項。食事に関しては朝食と夕食付き、昼食は注文次第。掃除は必要であれば、外の札をかけておいてくれれば手を入れる。洗濯に関しても、その際に籠に入れておけば勝手にやってくれるとのこと。昼食や洗濯は別料金が発生するらしいが、何故かその辺りもケヤさんが負担してくれる話になっているらしい。……流石に申し訳ないので、その辺りは自分たちで払うつもりだが。

 そうしてお風呂。この宿には大浴場があるらしく、そこは大体二十時頃に開放されるのだとか。ちなみにこの世界の時計は、何故か私のいた日本と同じである。言語も共通なことと言い、少し違和感を覚えるのは私の気にしすぎなのだろうか。不穏に揺れる何かが、一瞬胸を過ぎって。


「その、だから……探検しない?」

「……探検」

「こ、小物とかを見に行きたくて……」


 だがそんなのは目前の欲へと視線を向ければ、呆気なく霞んでいった。時刻は現在十九時そこら、お風呂が使えるようになるにはまだ時間がかかる。急ぎや何か事情がある場合は個人浴場が使えるらしいが、急いでいるわけでもないのにわざわざ別料金を払ってまでそちらを使う必要はないだろう。つまるところ、今は暇なのだ。

 私の言葉に目を丸くしたシロ様に、少し恥ずかしくなって視線を下げる。本当は金銭の価値などについての話を聞いておくべきなのかもしれないが、どうしてもロビーに入った時に見えた小物たちが頭を離れてくれない。もとより私は小さな人形とか、飾り目的のバーバリウムとか、そういう小物類が好きなのである。部屋を華やかにするだけの、けれど大事な意味があるそれらが。


「……ついでに価値も教えるか」

「え?」

「構わないと言った」

「っ、ほんと!?」


 やっぱり駄目だろうかと、そんな思考が頭を過ぎって。しかし鷹揚に頷いたシロ様を見れば、そんな不安は一瞬で霧散していく。顔を輝かせて確かめるかのように尋ねても、シロ様が否と言うことはなかった。対面側の深みのある赤茶色の椅子に座っていた少年は、立ち上がるとその足でフルフの方へと向かっていく。


「おい毛玉」

「ピュ?」

「我とミコは探索をしてくる。この部屋に置いていくが構わないか」

「ピュ!」


 どことなく冷たく聞こえる問いかけに、元気に返事を返すフルフ。多分構わないという意図のそれに、シロ様が続けて「人が近づく気配があったらあの鞄に隠れろ」と言った。そうすればお利口な小動物は、元気に跳ねると同時にとてもいいお返事を返して。その光景はちょっと可愛いかった。二人共見た目が白くて小さいからこそ、相乗効果で可愛く思えたのだろう。


「行くぞ」

「あ、ちょっと待って」


 話は済んだと言わんばかりに、私の方へと戻ってきたシロ様。慌てて緩みそうになった顔が見られないようにと視線を逸しつつ、私は立ち上がった。そうして近くに置いてあったリュックに、フルフが入れそうなくらいの隙間を作っておく。チャックを開けておくのは正直怖いが、扉と大きな窓から死角になる場所ならば大丈夫だろう。

 その作業を終えたら、私を扉の近くで見守っていたシロ様の方へと駆け寄って。ついでに食べ終えた食器を外に出しておくのも忘れない。確かここに置いておけば、カッシーナさんが回収が楽だと言っていたので。部屋に入られずに済むのもありがたいし。


「鍵はかけたか」

「うん、大丈夫」


 未だ千年樹に興奮しているらしいフルフの後ろ姿にふっと笑みを零しつつ、私は部屋の扉を閉めた。先に部屋の外で待っていたシロ様の言葉通り、カッシーナさんから貸し出して貰っている鍵をしっかりと掛け回しておく。ひとまずこれで宿の人以外に部屋に入られることはないだろう。色々と持ち物があれなので本当は持ち歩きたいのだが、宿の中でリュックを連れ回すのも不自然な話だ。一番の安全策を心の中でそっと諦める。


「どこから行く?」

「うーん……ロビー、もう一回みたいかも」

「ろびー……玄関広間だな」


 慣れないカタカナに一瞬戸惑ったように目を瞬かせて、しかしもう一回という言葉に私の意図を的確に察したらしい。確認するかのように視線を向けてきたシロ様に慌てて頷けば、彼は私を先導するかのように歩き出した。迷いのない足取りを見るに、ここまで通ってきた道は既に覚えているのかもしれない。本当に空間を把握する力が高すぎる。もしかしたらそれは、風の法術を使っていることで磨かれたものなのかもしれないけれど。

 改めてシロ様に感心しつつも、私は前を歩くその背中を追った。シロ様が私を置いていくわけがないのはわかってるが、私がいつまでもちんたらしていると彼が足を止めてしまうのだってもうわかっている。それは単純に申し訳ない。


「あの石、さっきは違う色じゃなかった?」

「あれは夜と朝で色を変える鉱石だからな。時刻が切り替わったのだろう」

「へぇ! ちょっと違うけど、アレキサンドライトみたい……」

「朝夜石と言う。希少鉱石だから下手に触るなよ」

「名前まんまだ……」


 そんなこんなで二人並んで宿を歩いて、道中で見かけた石で出来た置物のことをぼんやりと話してみたりして。そうして雑談混じりに話していれば、ロビーに戻ってくるのはすぐのことだった。主にシロ様の功績であるが。

 ロビーに戻って、さて早速探検だと胸をどきどきと騒がせた私。しかしそこに立っていた、先程までは居なかったはずの人影に思わず視線は吸い込まれる。数々の桜色の小物の中で、一人孤独に咲き誇るすみれ色。一瞬その色の違和感を覚えて、けれどその人は気配に気づいたのか振り返った。


「……あら? 貴方達がカシの言っていた可愛いお客様かしら?」


 どこか聞き覚えのある台詞。しかしそれを言ってのけたのは、背筋をぴんと伸ばしすみれ色の着物に身を包んだ上品な老婦人で。けれど私はその優しげな相貌を見た瞬間に、ぴたりと固まってしまった。本来ならば固まる理由なんてないその人を見た瞬間に、硬直してしまった理由。それは今目の前に立つその人が、私を育ててくれたおばあちゃんに雰囲気がそっくりだったからだった。

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