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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十二章 母なる存在への革命
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五百六話「かわれ」

 手を繋いだままアオちゃんを先頭に、その後ろに私とシロ様と続いて。そのまま私達は族長様の記憶の海の中を泳いでいく。見知らぬ世界に目を奪われてか、緊張してか、或いは警戒してか。道中の言葉数は誰しもが少なかった。時折「大丈夫?」「大丈夫!」なんて声掛けが行われるくらい。

 途中こっくんがかけてくれた身隠し……いや、魂隠しの法術がばれ、私とシロ様だけが弾き飛ばされないかと不安になったこともあったが、幸いにしてそんなことは起こらなかった。こっくん、そしてアダマくんとタァパさん様々である。


 時折そんなことを考えながら、アオちゃんの導きに従って海を泳いで。泳ぎ続けて。


「……待て」

「へ?」

「……気のせいではないか。二人共、アレが見えるか?」


 体感にして二十分程進んだだろうか。ふと最後尾からかかった待ったの声に、アオちゃんが足を止めた。振り返った青い瞳が見つめるのは私の更に後ろに居るシロ様。そんなアオちゃんに倣うよう、私も後ろを見遣る。

 相変わらず存在感が薄かったが、強く意識して見つめれば見えないことも無い。そんなシロ様の表情は、警戒からか強ばっていた。それは先程の声にもよく現れていたが……アレ、とは。私とは繋いでいない方の手。その人指し指が少し前方を指す。それに釣られるよう、私とアオちゃんは再び前方へと目を向けて。


「っひ、……!」

「ひゃあ!? な、何アレ……!?」


 悲鳴を押し殺したのは私。素直に可愛らしく叫んだのはアオちゃん。恐らく私達が見つめているものは同じだった。震えそうになる脚を叱咤し、私はごくりと生唾を飲み込む。族長様の記憶の海の中に現れた、突然の異変。それはたとえるなら、黒い人影のような何かだった。


「な、なんか呟いてる……?」

「……ここからでは聞こえない。我が出向く」

「え、でも……!」

「糸があるなら心配はいらない。アオ、ミコを頼むぞ」


 それだけならともかく、黒い人影は何かを頻りに呟いているようで。不気味な姿にアオちゃんと身を寄せ合い怯えていれば、特に恐怖心などは覚えなかったらしいシロ様が一度私の手を離してそちらへと向かっていこうとする。いやいや、それは危ないのでは!?

 流石に止めたかったが、制止の声は間に合わず。すたすたと躊躇ない足取りで小さな背中はあっと言う間に遠ざかっていってしまった。となると私が出来ることは、ふとすれば見失いそうになるシロ様を見つめ、いつでも糸で彼を引っ張れるようにとスタンバイすることくらいで。


「…………」

「……だ、だいじょぶだよミコ姉……! ああ、あーんなおばけなんてあたしが追い払うからね……!」

「あ、あんまり無理しないでね……?」


 緊張しながらじっと見つめていれば、何か勘違いさせてしまったらしい。震えながらも私を背中に隠してくれたアオちゃんに、そんな場合じゃないのに少しときめきつつ。それでもシロ様から視線は外さないまま。そして、ついにシロ様はその影の正面へと立った。

 ……暫し動かなかったのは影のその全容を観察していたからか。少しの間の後、僅かにシロ様の声が聞こえた。多分、何か話しかけているのだろう。残念ながらここからでは殆ど聞き取れないが、シロ様にしては友好的な接触を試みてくれたらしい。しかしそんなシロ様を前に、影の動きは特に変わることなく。


 やがて。


「あっ」

「あっ」


 私と同じくシロ様の様子を見ていたアオちゃんと、不意に声が被った。しかしそれも致し方ないこと。なんせ、突如シロ様が影を容赦なく斬り裂いたのだ。途端、海に溶けるよう影は消えていく。それを見届けた少年がこちらを振り返り、手を私の方へと伸ばした。その合図が意味するのは多分、糸で引っ張れということ。


「……ええと、おかえり? なんで斬っちゃったの?」

「ひたすらに『カワレ』と連呼された」

「かわれ……?」

「ああ、意思の疎通は不可能なようだな」


 歩いてこれるだろうに珍しく横着なような、甘えてくれているような。ひとまず、そうしてほしいなら断る理由もないと引っ張ればすぐにシロ様はこちらへと戻ってきた。すとん、と水の浮力を利用するように優雅に地面に着地。帰ってきたシロ様は不満そうな表情で私の問いに首を振る。かわれ……?

 変われ、代われ、買われ、あとは……飼われ? ううん、でも後者二つはしっくり来ない気がするし、「変われ」か「代われ」が妥当なところだろうか。変わって欲しいのか、代わってほしいのか。そしてそもそも、あの陰は誰の何で誰にどう「かわって」欲しかったのか。これだけの情報では何も分かりそうにない、と眉を顰めていると。


「……アレの殺生は、誓いに反するのか?」

「ひ、人どころか生き物でもないからいいかな……」

「ならいい」


 珍しく躊躇ったよう、シロ様がこちらに問いかけてきた。思ったより厳しい表情になっていたようで、何やら不安にさせてしまったらしい。慌ててアレを殺したのはは流石に約束の範囲外だと告げれば、露骨に安堵していた。なんだろう、魂だけの存在だからかシロ様がいつもよりちょっと可愛い……? 素直……? な気が。一応お姉さんが居たらしいし、根っこの部分はちょっと甘えただったり?


「……ねね、二人共。あっち見て?」

「え?…………うわぁ」

「……ふん」


 でも普段そんな気配は一切無いしな……なんて考えていると。アオちゃんの引き攣ったような声に、私とシロ様は揃って指が指された方を見遣った。そうして、最初の目撃者たるアオちゃんと同じような声を上げる。何故って、そんなのは単純だ。今シロ様が斬った影が、アオちゃんが指した方向にわんさかいらっしゃったのだ。


「それでね、多分……あっちにおばあ様が居るの……」

「……と、いうと」

「ああ。恐らくはここからが奴の領域だ」


 一人いれば何十人も居るなんて、まるで日本で毛嫌いされている某黒い虫みたいだ……と恐怖よりも嫌悪感を抱いていると、涙目になったアオちゃんがそのまま言葉を続ける。ええと、つまり。ここからが神主或いはその手下が支配している領域で、私達はここに突っ込まなくてはいけないということだろうか。

 頷くシロ様に、あの影を斬った判断は正しかったんだな……なんてことを遠く思って。が、現実逃避をしている場合ではない。ここからが危険領域。敵さんがわざわざわかりやすく忠告してくださったのだ。準備しない手はないだろう。


「ミコ、籠繭を張る準備を。それと、ここからは手は繋がない。強固に糸を絡めてくれ」

「…………うん」

「アオは……ああ、それでいい。いつでも振れるな?」

「だいじょぶ!」


 シロ様に言われるがまま、更に糸を伸ばしていく。ある程度出して、透明にして。あとは私の周りに纏わせれば籠繭出来上がり。今なら出来るかと思って、「呼ぶまで消えててくれる?」とお願いをすれば糸くんはあっさりとそのお願いを聞いてくれた。本当に私の力とは思えないほど融通が効くというか、便利というか。

 あとは糸で私達を更にしっかり繋げることだとアオちゃんを見れば、彼女もまた海の心で槍を呼び出したらしく武装の準備は万端のようだった。やる気満々な姿につい微笑みつつ、その腕に糸を巻く。あとはその糸を私の腕に絡ませて、シロ様にも絡ませて。それと、動くのに支障がないよう消しておくのも忘れることなく。


「……ここからは我が先頭だ。アオ、道案内は頼む」

「うん!」


 これで、準備は万端。族長様の記憶の海から、敵の支配している領域へと私達は足を進めていく。きっともう少しで族長様と、彼女をここに閉じ込めている誰かに出会う。果たしてそれが神主なのか、はたまたその配下なのか……。それは神様しか、きっと知らない。

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