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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十二章 母なる存在への革命
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五百三話「叱り叱られ」

「……我はまだ認めていない」

「……ええと、シロ様?」


 そんな感じでなんとか話は纏まったかと、安心していたのに。緩んだ空気に刺された釘が一つ。低い声に恐る恐ると隣を見れば、いつにないくらいに顔を顰めたシロ様と目が合う。あの時こっくんを睨んだ冷ややかな雰囲気は消えないまま、その視線は今度は私へと向けられていた。


「ミコを連れていくくらいなら教皇を連れていく。命綱が必要だと言うのなら、外で予め張ればいい」

「……話聞いてたかよ。現実世界で肉体同士を結んでも、夢の中での精神世界では意味が無いんだって」

「ミコの糸なら可能かもしれない」

「かもしれない、で賭けに出ていいとこじゃないだろ」


 そのことに眉を下げれば、気まずく思ったのかすぐに視線は外されたけれど。それでも自分の意見を曲げるつもりはないらしい。外の世界で糸を繋いでから入ればいいと告げたシロ様に、眉を寄せたこっくんが首を振る。

 精神同士で糸を結ぶ。確かにそれは、今までにない試みだ。迷子防止やら逸れた時の対策で糸を指同士に結んだことは何度もあるけれど、見えていない状態の心同士を結ぶことは出来るのだろうか? 精神がむき出しに、具現化している場所ならば出来そうだが……現実世界でやるのはハードルが高いような。こっくんの言うよう、かもしれないで賭けていいことではない気がする。


「……ミコは既に奴に目を付けられている。そこにみすみす差し出すつもりか?」

「…………」

「お前も同じことを思っているはずだ。奴を、ミコに近づけさせたくはないと」


 多分シロ様だって、それをわかっている。なのにここまで意地になるのはきっと、私がシロ様が居ないところで殺されかけたこと。それが小さなトラウマになっているのだろう。夢の世界で彼と出会った時、私はきっと『彼女』に助けてもらわなければ死んでいた。だからこそもう二度とそんな目には遭わせたくないと、その思いが先行して。


「……そんなことをするくらいならば我の身が危険に晒される方が、」

「っ、シロ様!」


 だけどその発言は、流石に許せそうになかった。おろおろとしていたヒナちゃんとアオちゃんの肩が、突然の私の大声で跳ねる光景。びっくりした顔で見つめてくる女の子二人に申し訳なく思いつつも、それでも一度膨らんだ怒りは簡単に納まってくれない。私から目を逸らしていたシロ様がこちらを見た。珍しく驚いたような、そんな顔で。


「……流石に、怒るよ」

「…………」

「帰って来れないかもしれないっていうのに、それを受け入れようとしないで。戦いならともかく、それ以外で進んで危険に飛び込もうとするのは許さない」


 意識してなんとか呼吸を抑えようとして、それ故に声が時折裏返る。自分で出しているとは思えない低い声にところどころ高い音が混ざって、正直不格好だと思った。言ってしまえば情けなかったかもしれない。でも、言葉を止めようとは思わなかった。

 私を心配してくれるのはわかる。私を大切に、守ろうとしてくれていることも。だけどそれで自分を蔑ろにすることも、消えていいと危険な賭けに出ることも許さない。私を大事にするために自分を大事にしないのは、話が違うから。その思いで睨みつければ、シロ様が珍しく僅かに眉を下げてこちらを見る。ふと、ここ二日間はシロ様の珍しい顔ばかり見ている気がする、と思った。


「……行くメンバーはアオちゃんにシロ様、それに私。異論はないよね?」

「…………だが、」

「大丈夫だよ。だってシロ様なら、私もアオちゃんも守ってくれるでしょ?」

「…………」


 尚、そんな顔をされても引く気は無いのだが。きっぱりと言い切って見つめれば、それ以上反論が思い浮かばなかったらしい。納得のできない表情を浮かべながらも、暫くの間の後シロ様は渋々、本当に渋々と言わんばかりに頷いた。よし、これにてシロ様の説得も完了である。


「……なんというか、意外や意外にも尻に敷かれてるわよね〜?」

「…………? しかられ……?」

「ふふ、ちょっと違うわ〜。シロくんはミコちゃんに適わないのね、ってお話」

「…………!」


 まぁいくら守ってもらえるとは言っても、夢の世界に乗り込む以上ただ突っ立っている気は無いのだが。精神世界で籠繭が使えるかまではわからないが、いざと言う時に自分とアオちゃんを守れるよう糸を張り巡らして置いた方がいいかもしれない。なんて、そんなことを考えていると。


「……お姉ちゃん」

「……? どうしたの、ヒナちゃん」

「お姉ちゃんもむちゃ、ダメだよ?」

「…………うん?」


 ふと椅子から立ち上がったのはヒナちゃん。何やら教皇様と話していたようだが、何か言いたいことでも出来たのだろうか。そんな気持ちで椅子の横に駆け寄ってきたヒナちゃんに身体を向けると、真剣な色を浮かべた赤い瞳と目が合う。

 むちゃ、無茶? ええと、そんなに無理をする気は無いのだがヒナちゃんは急にどうしたのだろう? 首を傾げるも、真剣な表情で見つめられ続けてはじりじりと罪悪感が湧いてきて。わからないまま頷けば、ほっとしたようにヒナちゃんは口元を緩める。そのまま少女の手がぎゅっと、私の手を握った。


「シロお兄ちゃんがあぶないのはお姉ちゃんが止めるけど、シロお兄ちゃんはお姉ちゃんをめってできないから」

「う、うん……?」

「だからわたしがしなくちゃなの、わすれてたの」


 ええ、と。つまり、シロ様は私を怒ったり注意できないから、代わりにヒナちゃんが私に言いに来てくれたということらしい。まぁ確かに、なんだかんだとシロ様には私の我儘を聞いてもらってばかりな気がするが……それがヒナちゃんに筒抜けなのは、少々複雑だ。ついで、私よりも五個以上年下の女の子に世話をかけてることも。


「わたし、まってる。三人のこと、コクお兄ちゃんといっしょに」

「……ヒナちゃん」

「あのね、ケガ、やだけどしてもいいよ。わたしが治すから。でも、帰ってこないのはダメ」


 せめてヒナちゃんの前でくらいはしっかりしたお姉ちゃんで居たいのだけれど……なんて考えたのは一瞬。瞳を伏せたヒナちゃんが、涙を我慢しながら告げた言葉。それに私は心を打たれたような心地になった。

 多分、私はヒナちゃんの前ではなんだかんだ「頼れるしっかりしたお姉ちゃん」になれていて。だけどそれでも心配なのが、きっとヒナちゃんの家族へ向ける愛なのだろう。それなら情けないなんて思うことは無い。唯一頑張ることの言えば、多分きっと。


「三人で、ゾクチョウ様と帰ってきてね。やくそく」

「……うん、約束」

「……むちゃもダメだからね?」

「ふふ、それも約束だね」


 ヒナちゃんとの約束を守ることくらい。向けられた小指に、躊躇いなく小指を絡ませる。するとふんわりと笑うヒナちゃん。その笑顔を見ていると、帰ってこなくては行けないという気持ちが強く湧いてきた。この子を泣かせてはいけないと、強く。

 ヒナちゃんを一人にしないために私は死ねない。シロ様だってそう。ちらりとシロ様の方へ目を向ければ、そこに不服そうな少年はもう居なくて。代わりにちょっとだけ困ったように、ちょっとだけ申し訳なさそうに。だけど代わりに覚悟をその瞳に宿したシロ様の姿が。ヒナちゃんの言葉でようやくしっかり納得してくれたらしい。我が家の天使は本当に、本当に偉大である。


「……成程、力関係としてはヒナちゃんがトップなのね…………」


 とはいえ、感心したような教皇様の言葉には笑みが引きつってしまったわけだが。傍から見れば小さい女の子に諭されている年上二人。もう少し自分の身を大事にしようと、私は心に刻んだ。なんせヒナちゃんに負担ばかりかけるのも悪いので。

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