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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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四十八話「眼帯の理由」

「わぁ……!」


 結局碌な抵抗も出来ないまま、宿の中へと引きずられていった私達。桃花の宿はどうやら千年樹の直ぐ隣にある宿泊施設らしく、お姉さん?が数十歩程を歩けば直ぐに入り口へと突き当たって。しかしそうして鮮やかな桜色の暖簾と引き戸をくぐった(くぐらされた)先、待っていた光景に私は感嘆の声を漏らした。

 ロビーのような構造、下には靴越しでも柔らかさが伝わってくる若芽色の敷布が敷かれている。カラメルをもっと深く煮詰めたかのような木の色。それらで構築された壁や床は、美しい艶を放っていて。そうしてそんな落ち着いた内装には、しかしあちらこちらと桜色の小物が置かれている。まさしく桃花の宿と、その名前を体現するように。


「気に入ってくれた? これでもウチの自慢なの」

「はい! すっごく素敵です……!」

「あらあら。疑いようもないくらいの綺麗な瞳」


 宿に入った瞬間に辺りを見渡し始めた私に、お姉さん?が自慢気に問いかける。だがその気持ちは痛いくらいにわかった。落ち着き払った室内に、溢れんばかりに置かれた小物たち。しかしそれらは、主張過ぎないように鮮やかながらも控えめに咲く花のようで。きっとインテリアに精通している人がこれらを飾ったのだろう。強く頷けば、お姉さん?は心底嬉しそうに笑みを零した。声こそは低いが、やはりその姿は女の人にしか見えない。


「でも眼帯ちゃん、まずはお部屋よ。眼帯ちゃんが泊まる部屋だって、アタシの母さんが考えた一級品なんだから」

「眼帯ちゃん……?」

「さぁ、行くわよ!」

「わっ!?……は、はい!」


 この人は本当に男なのかとそんな思考が一瞬頭を掠めて。けれどそこで聞こえてきた奇妙な呼び名に、私は思わず呆気にとられた。眼帯ちゃん。確かにお手製の眼帯を身に付けているが、そんな呼び方をされるとは。いやまぁ私に、それ以外の外見的特徴があるかと言われれば無いのだけど。

 なにやらテンションが上がったお姉さん?に手を引かれて。だが部屋に案内すると言っているのだから、抗う必要はないだろう。とりあえず返事を返し、そのまま引きずられていく私。それと同時後ろから聞こえたシロ様のぼやくような声に、苦笑を零しつつ。


「……この男は何なんだ」


 シロ様からしたら男なんだ。そう思ったことは、二人には内緒である。


「……さあて、着いたわよ! どうかしら、眼帯ちゃん!」


 そうして宿の中を歩くこと数分未満。その間もお姉さん?は喋りっぱなしだった。というか私が興味深そうに見たものを、全て説明してくれたのだ。例えば部屋を飾っている乳白色に花弁が散ったランプだとか、桜色のリボンを巻かれた熊のぬいぐるみだとか。それらを全てお母さんの自慢話に繋げながらも語るお姉さん?は、可愛かった。年上にこんなことを思うのは少し失礼かもしれないけれど。

 余程お母さんが好きなんだなと、そう考えて。けれどとある一室で歩みと口を止めたお姉さん?に、私達は釣られるように足を止めた。振り返ることで揺れた金髪。大人っぽいはずの美貌には、子供めいた笑みが浮かんでいる。そうして宝物を自慢する幼子のように、お姉さんはその部屋の扉を開け放った。瞬間、私は息を呑む。


「……すごい」


 壁に比べれば柔らかな色合いの木材で出来た扉の先、そこに広がっていた世界。そこは、赤みがかった茶色と桜色が混ざり合うように同居する部屋だった。少なくとも二人部屋には見えない広さのそこを飾るのは、夕焼けに焼けたようにも見える上品な木の色の家具たちで。そうしてそこに華やかさを添えるように、桜色の小物は点在している。だが、私が息を呑んだのは部屋その物にではなかった。


「こんなに近くに、千年樹が……」

「…………」


 部屋の中心、大きく空いた窓。その先に見えるのは、先程見上げたばかりの千年樹だった。先程よりも近くで咲くそれに、また目を奪われる。夕闇が焼けきって宵闇に飲まれた空。しかし千年樹の周りは、先程お姉さん?が説明してくれた乳白色のライトが飾られていて。穏やかな白の光に照らされ輝く千年樹は、夕焼けに照らされた姿とは別人のようにも思えた。

 太陽の下で快活な笑みを、夕日に寂しさを覗かせ、そうして夜には艶やかな美しさを誇る。スポットライトを変えるごとにその表情を変える木に、目を奪われたのはシロ様も同じだったらしい。まだ幼さの残る切れ長の瞳を見開いた隣の少年の方へと視線を向けて、私は思わず微笑んだ。そんな私達を、お姉さん?は穏やかに見守っていて。


「……アイツが、頑張ってるお嬢さんと弟くんに綺麗な場所を見せてやってくれってね。ケヤの奴、貴方が眼帯を付けてることが結構衝撃だったみたい」

「え……?」

「それ、怪我よね。病気か何かだったら、そんなにしっかりと締めないだろうし」


 しかしそこでふと、お姉さん?は溜息のような声を零す。憂うようなその声色が紡いだ言葉にか、シロ様の肩が僅かに跳ねたのが見えた。それが見えているのかいないのか、お姉さんはぼやきながらも私を見下ろす。その視線が捉えたのは、私の左目。眼帯が付けられた、その先なのだろう。


「……一応怪我、ですね」

「やっぱり。……この辺りじゃ、女の子が顔に怪我するなんて珍しいのよ」


 平和だからね、重低音で悲しげに声を落とすお姉さん? 一方の私と言えばまさか眼帯の下にまで着目する人が居るとは思わず、内心驚いていた。見ず知らずの人の傷を察して心を痛める辺り、ケヤさんとお姉さん?は本当に良い人である。それとも私の想像よりも、この眼帯は目立つのだろうか。

 ……顔に怪我。深く意識したことはなかったが、そうと言えばそうなるのか。実際は傷というよりは、失明という方が近いのだけど。いや失明よりも失眼球か? なんせ今の私の左目は、最初から何もなかったかのような穴ぼこ具合である。いやまぁ、そんなのはどうでもいいのだけれど。 


「でも私、この傷は嫌いじゃないですよ」

「……と、いうと?」


 そう、そんなのはどうでもいい。悲しげにこちらを見下ろすお姉さん?に、しかし私は微笑んでみせた。そうしてそれと同時に、僅かに視線を下げたように思えたシロ様の手を握る。きっとお姉さん?の言葉に、責任を感じてしまったであろう優しい彼の手を。そうすればシロ様の視線がこちらへと動いたのがなんとなくわかった。それを意識したまま、私はお姉さん?に告げる。私の言葉にか、少しだけ目を丸くしている彼女?を。


「この傷がなかったら、守れない人が居たんです」

「……!」

「だから、寧ろ誇りっていうか……」


 小さく息を呑んだ音が、隣から聞こえた。いつもよりも冷たく思える指先に温度を戻すように、握る手に力を込める。何も心配はいらないのだと、責任に思う必要はないのだと、それが伝わればいい。私が選んだことで、シロ様は確かに助かったのかもしれない。だけどだからといって、私の喪失をシロ様が背負う必要はないのだ。だってそれは紛れもなく私が選んだ結果で、私以外の責任にはなりえない。

 誇りと、言葉にしてしまえば少し照れ臭いけれど。はにかむように見上げて微笑めば、お姉さん?は瞳を見開いた。けれどそれは本当に一瞬のことで。次の瞬間から彼女?は、どこか困ったように微笑んで私を見つめていたのだけれど。 


「……余計なお世話に詮索だったわね、ごめんなさい」

「あ、いえ……そんなこと……」

「お詫びに今日のディナーは、スペシャルにしてあげるわ! ウチは内装だけじゃなくて料理もいいんだから!」

「え!?」


 別に謝られる必要はないのだけどなと、空いている方の手で頬を掻く。だがそこで怒涛のように重ねられた言葉に、私は思わず驚愕の声を上げてしまった。たかだが少し触れづらい話をされたくらいで、お詫びを貰うようなことは何もされていない。ただでさえ無銭宿泊(?)なのに。

 慌ててぶんぶんと頬を掻いていた手を振れば、しかし何故かその手までも捕まえられて。というかこの人距離感近いな、私はどこか現実逃避をするようにそんなことを考えた。正直この時点で、彼女?の押しの強さに勝てる気がしなかったのである。


「ついでにアタシのことはカッシーナ姉さんと呼びなさい! 貴方は今日からアタシの心の妹よ!」

「え、ええ……!?」


 あれやこれやと高級なご飯を頂くことになった挙げ句、何故か姉までも出来てしまった。ちょっと意味がわからない。戸惑いの声を上げながらも、私はこの世界はアクの強い人しか居ないのだろうかと考えた。なんせマンホールから落ちて以降、特徴的じゃない人に会ったことがなかったので。……いや、門番の獣人さんは普通の人だったけど。

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