四百九十五話「進めど葛藤」
アオちゃんの華麗で踊るような、さりとて覚悟を秘めた啖呵。先程までとは全く態度が違う、力強い声に板越しのアダマくんは何を思ったのだろう。暫く沈黙が続いた。ずっとずっと、誰も何も喋らない時間が。それが十分すぎる間を超えたくらいで、私は内心首を傾げることに。あれ、流石に喋らなすぎじゃないか?
『……それで、ミコの見解は?』
「えっ」
『先程お前に問うただろう。そこのお姫様とやらが役割を全う出来るのか、と。それを俺に誓えるか、と』
後はアダマくんが協力してくれるか否かを聞くだけなのに、と一向に喋り出さないアダマくんに困惑の視線を向けると。誰も口を開かない空間に焦れたのは彼とて同じだったらしく、私が口を開くよりも早くそう問いかけてきた。ええと、私の見解? アオちゃんが頑張れるかどうか、それを誓えるか……だったか。
……ええと、その? 今本人がこう申しているのは完全にスルーな感じ?
「出来るって言ってるじゃん! 長老サマ、耳ついてる?」
『俺はミコに聞いた。お前の言葉など信用ならん』
「は〜? あたしだって貴方の言葉なんか信用してないし! 本当にこっくんのこと手伝えるの? 出来ないからって言い訳してるんじゃないよね?」
「お、落ち着こうね二人とも……」
完全にアオちゃんのことが眼中に入っていないアダマくんを前に、そこで真剣な表情をしていたアオちゃんの表情が崩れる。息を飲むほど美しい、覚悟を宿した凛とした面持ちはどこへやら。全く自分を相手にしないアダマくんを前に真剣な表情をかなぐり捨てて、アオちゃんは元気に叫んだ。それはまぁ、相手が全く自分の話を聞いていなければそうなるだろう。
だとしてアダマくんにも言い分はあるようで。ようはアオちゃんの言葉が信用出来ないとのこと。ついでそれよりは私の言葉が信頼できるから、私の言葉を待っていたと。その結果があの沈黙である。即決即断のアダマくんにしては考え込んでるな……と思ったがまさか私待ちだったとは。まぁ質問されたのは私だから、私が答えるべきではあったのかもしれない。
「……ええと、それで質問の答えだけど。アオちゃんなら出来る。そう心から誓えるよ」
「! ミコ姉……!」
『…………』
さっきのかっこよかったアオちゃんの啖呵。一瞬アダマくんはあれらを全く聞いていなかったのかな、なんて考えて。だけれどそんなことはないだろうと私は僅かに口角を持ち上げる。アオちゃんの呼び方が、小娘がお姫様に進化していた。多分多少は響いたのだ。だけど素直に頷くのは癪だから、こんな遠回りをしているのかもしれない。
そう考えるとちょっと可愛いな、なんて思いつつ。だけれどいつまでも二人の喧嘩を横目に停滞している訳には行かないだろう。私の落ち着けという言葉に素直に口を閉じてくれたアオちゃん。そんな彼女の頭を撫でつつ、私は板に映るアダマくんに微笑みかける。目隠しで隠された瞳が何を思っているかはわからない。だけどもうそこに、アオちゃんへの嘲りだけはない気がした。
「本人がやる気なのはアダマくんにも伝わってると思うけど……アオちゃんだって、私達と同じ。失わないために覚悟できる、強い女の子だから」
『……俺の見解は間違っている、と』
「うん、それを証明するためにこっくんを手伝ってあげて欲しい。ちゃんと準備が出来ていれば、アオちゃんは絶対にやり遂げてくれるから」
『……わかった。ならばコクに板を渡せ』
それなら私が言うことはもう何も無い。大丈夫だと念を押して、再度お願いを。するとアダマくんは少し間を置いたあと、小さく頷く。そんな彼の言葉に従いこっくんに板を渡せば私のお仕事はこれにて完了。あとやれることと言えば……アオちゃんに夕食会でのことを話すことくらいだろうか。
「……ところで皆、何の準備してるの? あたしが夢に入る準備?」
「違う。お前について行く準備だ」
「へ?」
私が座る側のソファーには空きがなく、こっくんが座る方は紙が散乱しなおかつ忙しそう。遠慮してか自分のベッドにとことこと歩いていったヒナちゃんと、そんな彼女に続くよう私の肩から跳んでいったフルフを見送りつつ。丁度話の呼び水になりそうな質問をしてくれたアオちゃんに、私はシロ様と一緒に説明をした。夕食会での話し合いの内容や、そこで目標となったことについてを。
「……あたし、一人で行かなくていいの? ヒナちゃんが応援してくれた上、ミコ姉にあんなこと言われちゃったし。今ならなんでもいける!って感じだよ?」
「バカ。だとして、神主なんて奴のとこに一人で乗り込ませられるわけないだろ。あの族長ですら苦戦する相手だぞ」
「む、こっくんがバカって……」
すなわち、アオちゃんを一人で族長様の……引いては神主のところに乗り込ませないための策。それを話したところ、アオちゃんはきょとんと瞳を丸める。完全に一人で行く気満々だったらしい。一度覚悟が決まると揺らがないというか、強いというか。
若干無鉄砲にも思える少女の真っ直ぐさに苦笑を浮かべると、こちらの話は聞いていたらしいこっくんからツッコミが飛ぶ。バカ、とはこっくんが年下の女の子たちに向けるにしては中々辛辣な評価だ。案の定聞き慣れていないアオちゃんがしょんぼりとした。だけれど声音からこっくんの心配は伝わっているらしく、反発の声が上がることは無い。……アダマくんともこっくんと同じくらい仲良くできないだろうか。無理か。
「奴の身を突き刺そうというその気概やよし。だがお前には荷が重いだろう。我との訓練も始めたばかりだ」
「……それならシロくん師匠があの人を斬り倒す感じ? まぁそれなら確実だけど」
「なんなら四肢を切り離してやる。ミコの命を奪おうとしたこと、許すことは無い」
そもそもこっくんとアダマくんでは思いやり力の差が激しすぎるしな……と若干失礼なことを考えていると。アオちゃんの覚悟を受け止めたらしいシロ様から激励の声が飛ぶ。おお、シロ様が師匠っぽいことをしている!
珍しく慰める側に回っているシロ様を前に、レアだなとほっこりするも一瞬。続いた会話の物騒さに、私は口端を引き攣らせることになった訳だが。この会話……ヒナちゃんは聞いてないよな? ちらりと視線を向けたところ、無垢な少女は眠いのかベッドに座ってうとうととしていた。よかった、大丈夫そうだ。
それに、しても。
「……やっぱり殺さなきゃダメ、だよね」
ヒナちゃんの情操教育が問題ないことが分かれば、代わりに浮いてきたのは一抹の懸念。それは神主は恐らく、これまで敵対してきた人達とは違い仕留める必要がある……つまり、殺さなくてはいけないということ。その事実を改めて前にした時、私の心を不安が埋めていく。まるで波に飲み込まれたように、どっぷりと。
私を挟んでどう連携を取るか話し合っているシロ様とアオちゃん。アダマくんと話し合いながら筆を進めていくこっくん。そして、フルフと一緒におねむモードのヒナちゃん。真剣な彼らには、きっとつい落としてしまったこの呟きは拾われなかったことだろう。それがほっとするような、残念なような。
「…………」
別に、神主とやらが死ぬことに忌避感があるわけじゃない。人類を脅かす外敵当然の彼を始末することは必要なことで、『彼女』のことを考えると彼は余計放っておけない敵で。だからどうしたって排除しなければならない。その命を、絶たねばならない。
だけどそれはつまり……誰かに彼を殺させるということ。シロ様か、アオちゃんか、はたまたこっくんか、ヒナちゃんか。私の大切なこの子達の誰かが彼を殺す光景。それを想像するだけで、胸の奥がぐっと詰まるような心地になる。いつかこっくんにも告げたよう、誰かを殺すことで選択肢の一つに「殺す」が追加されること。それを誰にも課したくないとそう願う私は、きっとわがままだった。だから結局、その葛藤を口にすることは無かった。




