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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十二章 母なる存在への革命
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四百九十四話「ガラスの靴は脱ぎ捨てて」

『……短時間で呼び出しすぎだ』

「うん……それはほんとごめんね……」


 本日朝、ミツダツ族の領地を訪れてからというもの。昼頃に族長様の容態についての報告で一回目の呼び出し、おやつ時のやはり見解が間違っていたのではという報告で呼び出し二回目、そして現在時刻そろそろ二十時。こっくんの助けになってほしいという三回目の呼び出しには、流石に思うところがあったらしい。呼び出して開口一番、アダマくんの一言は苦情だった。

 それは正直、言われても仕方ないというか。アダマくんとて色々忙しいだろうしな、と罪悪感を覚えた私は素直に謝った。だとして、それならいいですと帰してあげることも出来ないのだけれど。アダマくんには、今迷いに迷っているこっくんの力になってほしいのだ。


「ミコ。この件を我らに任せたのはこいつで、その解決のため要件があって呼び出している。謝る必要は無い」

「し、シロ様……」

『……一理ある。なんにせよ、謝罪は不要だ』

「え、あ、ありがとう……?」


 だけどこうも呆れた声を出されるとなんとも言い出しにくいな、と眉を下げていると。そんな私の様子を見てか、水面を映し出す木の板の中に映るようシロ様がひょっこりと私の横に顔を出す。助け舟にしてはアダマくんに容赦が無さすぎるそれ。バッサリと切り捨てたシロ様の言葉に焦るも、どうやらそれがアダマくんの機嫌を損なうことはなかったようで。

 ふんと鼻を鳴らしながらも、アダマくんは続けろと言わんばかりにこちらを見つめた。妙に寛容なのは、私のしょぼくれた態度に罪悪感か何かを覚えたからなのだろうか。だとしたらやっぱり優しいな、と思いながらも私はアダマくんにこれまでの経緯を伝えた。その上で、こっくんを手伝って欲しいとも。


『……理解した。コクを手伝う分には構わない』

「! ほんと? ありがとう……!」

『礼を言うのはまだ早い。その作戦が本当に上手くいくという前提なら……という意味だ』

「え……?」


 精神世界でのかくれんぼのため隠れるための陣を作って欲しい。生憎私では陣関係のことはふんわりとしか分からないので拙い説明だったが、理解力に長けているアダマくんはすんなりと話を理解してくれた。その上で首を降ってくれた彼に、私は喜色満面にお礼を告げようとして。けれどそこで落とされた不穏な言葉に、瞳を瞬かせる。それは一体、どういう意味だ?


『正直俺は、あの小娘を信用していない』

「……小娘って、アオちゃんのこと?」

『ああ』


 戸惑う私に、アダマくんはすぐに結論を告げる。アオちゃんを信用出来ないのだと、瞳が見えない分声音に強い不信感を込めて。


『今回の作戦の要がコク、そこの白いの、そしてお前が大事にしている雛鳥。そのどれかなら、俺が助力を拒む理由は無い。どれも神に選ばれるだけあって骨がある。喪ったことがある者特有の覚悟がな』

「…………」

『それはお前も同じだ、ミコ。大切なものを無慈悲に理不尽に残酷に、そうやって奪われた経験のある者はいつだって最後には立ち上がる。立ち上がらざるを得ない。そうしなければ喪うとわかっているからだ』


 僅かに嘲りすらも感じる声を前に、返す言葉を失った私。そんな私の様子に気づいてか気づかずか、アダマくんは淡々と告げる。気づけばこっくんも書いていた陣達から顔を上げて、そして複雑そうな表情でこちらを見つめていた。シロ様もまた、同じように。

 大切なものを無慈悲に理不尽に残酷に奪われた経験。シロ様は一族を、こっくんは自分の知を、そしてヒナちゃんは人生そのものを。後私も一応……両親を。アダマくんの見立ては、何一つとて間違いがなかった。そうやって喪ったから、後はもう何も失いたくないと足掻く側面が私達にあること。それも否定できなくて。


『だがあの小娘は違う。近しい経験はあるが……そこを救われた。恐らくはお前達に』

「……!」

『故にお前達に甘える。しがみつく。そうやって対面すべき敵から逃げる。これまで二度俺が問うた時、そうだったように』


 そしてアオちゃんだけが、その喪失を免れた。その寸前で私達と出会ったから。自分で言うのも烏滸がましいかも知れないけれど、私達が助けることが出来たから。だから逃げるのだと、私達への甘えがアオちゃんに逃げるという道を選ばせているのだと……それ故にアオちゃんは信頼出来ないのだと。アダマくんは静かに告げた。冷酷に、ただ冷静に。


『……しかし、これは俺から見たあの子供の表面的な評価に過ぎない』

「……うん」

『それ故、俺はお前に問う。力を使うことを恐れるあの小娘がそれを振るって神主という難敵に立ち向かうと、それをお前は俺に誓えるか? 臆病風に吹かれ逃げ出すことは無いと、そう断言出来るか?』

「…………」


 ……だけど私から見れば、違う。そんなのは、違う。その思いが顔に現れていたのか、そこでアダマくんは言葉を切ると小さく溜息を吐く。僅かに冷ややかさが遠のいた声。さりとて覚悟を問う鋭い声。それを前に、私は僅かに微笑んだ。

 私達が助けたから。それからも助けてきたから。だから今でもアオちゃんは救いを待ってるだけの、守られるだけの、そんな弱くて儚いお姫様なのだろうか。旗の一つも持てない、持つのはティーカップぐらいの。いいや、違う。アオちゃんは強い。喪ったことがないからこそ覚悟がない? その逆だ。喪ったことがないからこそ、だけれど一度は本当に大切なものを守るため切り捨てる覚悟すらも抱えたからこそ、きっとアオちゃんは。


「……誓うよ! 断言する!」

『…………』

「っえ、アオちゃん……!?」

「聞いてたら、散々人の事言ってくれちゃって。ほんっと貴方、失礼な人! ミコ姉にあたしの悪口吹き込まないでよね!」


 二度と切り捨てることにならないための、そんな覚悟を持っている。だから誓えると、断言出来ると、それを口にしようとして。だけれどそれよりも可憐な声が静まり返った部屋を切り裂いた。一体どこから聞いていたのか。ずんずんと突如部屋に押し入ってきたアオちゃんが、私の隣に座り込むと同時にそう告げたのである。キラキラ輝く青い瞳で、アダマくんをキッと睨みつけながら。


「……まぁでも、そう言わせたのはあたしだから。だから今回だけは許してあげる。ね、長老サマ?」

『……今回は随分お喋りだな。黙りこくって大好きな「ミコ姉」の後ろに隠れなくていいのか?』

「うわ嫌味。ミコ姉絶対こんな人と一緒になっちゃダメだよ! 絶対お掃除の細かいとことかつつき回してきて鬱陶しいもん!」

「う、うん……?」


 突然のことに瞳を瞬かせていれば、視界の隅でちょこちょことヒナちゃんがこちらに近づいてくるのがわかった。どうやらお迎えは無事成功したらしい……というのは置いておいて。

 ええと、何故アオちゃんにはこんなにも強気なのか。挑発的な態度からの憤慨。きゅっと顔を顰めた美少女は、元気にきゃんきゃんとアダマくんに噛み付いている。さっきまでアダマくんに睨まれ、あんなに怯え落ち込んでいたというのに。部屋に残っていた私達どころか、ヒナちゃんすらも若干困り顔である。とりあえず、未だにあの婚約偽装のことを根に持っているのはわかった。そろそろ忘れていいと思うのだが。


「……でも、一応質問には答えてあげる。もう隠れないよ。やる。あたし、魅了の力を使う」

「……!」

『……それで、神主に立ち向かうと? 一度口にすれば、もう後ずさることは許さないが』

「やるったらやるの。おばあ様を助けて、ついでにその神主って奴も串刺しにする。それでミコ姉に二度と変なちょっかいなんてかけさせない」


 だけれどその元気は或いは、踏み込むためのスタートダッシュだったのかもしれない。私が頷いたことに満足してか、にこりと可憐に微笑んだアオちゃん。そんな彼女は一呼吸置くと、今度は一転静かな表情でアダマくんに告げる。一つ一つ、覚悟を以て地を踏み締めるように。

 もう彼女は、アダマくんの脅しにも一切怯むことは無かった。僅かに差し込む月明かり。それを背負った少女の薄い水色の髪が、光を纏ってきらきらと輝く。瞳にもまた、決意が輝く。大切な人を救うため、守るため、お姫様はガラスの靴を投げ捨てて走り出した。そうして一度走ったからには、もう止まることはないのだろう。きっと海の上すらも駆けて、そしてステップを踏むためのフロアにしてしまう。


「今の流行りはただ助けを待ってるお姫様じゃないんだよ! 自分から行ってこそあたしの憧れるお姫様なんだから!」


 にっこり。晴れやかに笑う少女は、憧れの絵本の表紙にだって負けない。ミツダツ族において恐らくは最も尊ばれるもの、永遠に褪せることのない美しさを体現していた。

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