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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十二章 母なる存在への革命
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四百九十三話「正しい隠れ方」

「……ヒナちゃん、大丈夫かな」

「問題ないと太鼓判を出したのはお前だ」

「いやまぁ、そうなんだけど……」


 五人とプラスアルファ用の部屋にしても広い一室。そこから更に二人を引けば、ますますと部屋は広く感じるわけで。こころなし静まり返って思える部屋の中、柘榴くんを膝に、フルフを肩に。ソファーに座った状態で、私はふと呟いた。結果隣からすげない返答が返ってきて、言葉を濁らせる羽目になったわけだが。

 ふぅと、溜息を一つ。それはまぁ、ヒナちゃんなら大丈夫だとわかってはいるのだけれど。それでも心配になる心理がシロ様にはわからないものだろうか。いや多分、それほど信頼してるってわけなのだろうけれど。二色の瞳が見つめるは、対面側で何やら紙に黙々と向き合っているこっくん。見つめながらも何も口を出さない辺り、こっくんの腕を随分信頼しているらしい。それはまぁ、私もそうなのだけれど。


 ……半ば対策会議のようになってしまったヒゴンさん達との夕食会の後、部屋に戻ってきた私達。豪勢な食事をあまり楽しめなかったなと、作ってくれた人に申し訳なく思いつつ。だけど進展はあったと、アオちゃんのご両親が持たせてくれた軽食を片手にアオちゃんともう一度話をしようとしてみたところ。そこで私達は、部屋に起きていた異変に気づいた。

 なんと、アオちゃんが居ないのである。帳が下ろされていたベッドの中はおろか、部屋にだって。当然私は焦って、かつての祝福の暴走の件で恨みを持つ誰かに攫われたかと大慌てして。だけれどそこで飛んだのが、シロ様の冷静な声だった。


『あのコートを着ている以上、誰もアオをアオと認識することは出来ない』


 淡々と落とされたその声に、慌てていた私とヒナちゃんはそこでやっと一呼吸つくことが出来た。そういえばそうだった。アオちゃんはあの認識阻害のコートを着ているから、私達とヒゴンさん、そしてご両親以外にはアオちゃんだと認識されないのである。話していなかったが、図書館での騒動の時もそうだった。何人か居た、何も知らない観衆たち。彼らはナドさんとアオちゃんのどう見ても親子でしかないやり取りを前にしても、アオちゃんをアオちゃんだと気づくことは無かったのだ。


『……でも、それならどこ行ったの?』

『……あ、多分……』


 つまり、あのコートをずっと手放さなかったアオちゃんが誰かに攫われた可能性は著しく低い。だとして、それならば彼女は一人でどこかに行ったことになるわけで。不安そうに眉を下げては、きょろきょろと何か痕跡が残っていないか探していたヒナちゃん。全身で心配を語る彼女を前に、私が思い出したのはアオちゃんの秘密基地の存在だった。

 図書館の奥の方にある棚の、更にその奥。いつか祝福という名の呪いに苛まれていたアオちゃんが、唯一自分らしい自分で居られた場所。恐らくはあの日記を書いていた場所。今色々と悩んでいるアオちゃんは当時のことを思い出し、それであそこに行ったのではないかと。それを告げればヒナちゃんは、今にも駆け出さんばかりの表情になって。だけれどそこで、赤い瞳に小さく影が映った。


『……お姉ちゃんが、行った方がいいのかな』

『……ヒナちゃん』


 恐らくは先程のアオちゃんの葛藤を、かつてのものと全く同じものだと思い込んでしまったこと。それを気にしてか、ヒナちゃんはそこで躊躇ったように視線を落とした。握り締められた震える手のひらは誰よりも行きたいと叫んでいるのに、自分じゃダメだろうかと不安に苛まれて。そんな彼女を前に、私が言えたことは一つだけ。


『……ヒナちゃんが行っておいで』

『……!』

『ヒナちゃんが一番アオちゃんを心配してるんだから。だからヒナちゃんが行くのが、私は一番いいと思う』


 正直な話をすると、私もアオちゃんがすごく心配で。自分で行きたい気持ちは強くて。だけれどそんな自分の感情よりも、今はヒナちゃんの思いを優先するべきだと思った。二人で迎えに行くのも良かったかもしれないが、今はヒナちゃんだけにアオちゃんのことを任せるべきだと思ったのだ。

 何でかと言われれば……なんでだろう。上手く言葉には出来ない。ただ今のヒナちゃんなら、アオちゃんの足りない部分を上手く埋めてくれそうだと思ったからというか。そしてその足りない部分は、私が付いていれば生まれなくなりそうだと思ったからというか? いや、もっとシンプルに言おう。今一人で悩んでるアオちゃんに必要なのはヒナちゃんだと思った。そしてそのヒナちゃんには、自分だけに任されたという責任感が必要だろうと思ったのだ。


 そんなわけで私はお留守番。シロ様も同じく。だけれど一人だけ、そんなお留守番中でも忙しい子が居るわけで。


「……あれ、呪陣をシロ様が改良したやつ……の更に改良したやつだよね?」

「なんだ、わかるのか」

「散々法陣の書き取りはやったから多少は……どこを変えているかまではわからないけど」


 そう、先の作戦会議で殆どのことを丸投げされたこっくんである。ヒナちゃんの、「隠れることができればアオちゃんの後ろに続き、他の人も族長様の心の一番奥まで行けるのではないか」という閃き。律儀なこっくんは早速それを形にしようとしているのだ。

 恐らくはヒナちゃんの「かくれんぼ」「隠れるお札」との言葉にヒントを貰い、シロ様が改良した法陣を更に改良しようとしているのだろう。その中にはちらほらと呪陣も並ぶ。法陣が描かれた法符はあくまで術者依存の補助的な存在、呪陣が描かれた呪符は符の方を主体に術者を引きずるものと用途が違う。たとえるなら法符は「足が速くなるよう全身を軽くしてくれる靴」で、呪符は「足を強制的に速く動かす靴」みたいな違いだろうか。


「我もそこまでは。ただ、コクの知識量は我より上だ」

「……うん」


 恐らくはいろんなパターンを試すためにバリエーション多く書いているのだろう。綴られた陣がどんな効果を発揮するかは大まかにしかわからないが、恐らく全ては隠れることを目的としている。シロ様のように陣の改良が出来るだけすごいらしいが、このままだと全く新しい効果の陣すらできてしまうのでは無いだろうか。こっくんの底が知れない。

 ただ不安は残る。現実世界で気配や存在感を薄くし、潜むこと。それと同じことが、果たして他の誰かの意識の中で可能なのだろうかと。なんかもうちょっと、別方向のアプローチが必要な気がする。そんな事を考えたのもつかの間、ふいにぴたりと陣を書いていた手を止めたこっくん。彼は暫く動かないままでいると、次の瞬間頭を抱えだした。


「ぐ……! いやこれだと元のと変わらない効果しか……! 精神世界における隠密ってなんだよ……! 魂の隠蔽とかそっち側からも理論を持ってこなきゃダメなのか? 半ば禁忌だろ……!」

「こ、こっくん……」

「原型はこれでいいんだ……隠れるという原理に対してこの陣は多分最高の形をしてる……ならどこを改善すれば姿じゃなくて魂を隠す方向に持ってける……?」


 ……やっぱり難しいらしい。なにやらぶつぶつと呟き出したこっくんに、私は口元を引き攣らせた。ヒナちゃんのアイデアのおかげで一歩は前に進めたが、やはり色々厳しいようだ。こんなこっくん、中々お目にかかれない……というか私やシロ様が居るのも忘れてるんじゃないだろうか。すごい集中力である。流石レイブ族、というべきか。


「……ミコ、あいつを呼べ」

「……? あいつ、って」

「癪だが、今は一番役に立つだろう。仮にも知のトップに立っている奴だ」


 研究熱心である彼らは一度熱が入れば周りのことなど目に入らなくなるらしい、といくつかよぎったこれまでの記憶に遠くを見つめ。けれどそこでシロ様から告げられた言葉に、私は瞳を瞬かせる。あいつって、多分彼のことなのだろうけれど。どうしてまた。

 あまり彼……アダマくんにいい気をしていないらしいシロ様が、そんなことを言うとは。意外な発言に瞳を瞬かせれば、不満そうにしながらもシロ様は言葉を続ける。成程、こっくんを心配してのことらしい。或いは振りまくった無茶ぶりをちょっとは反省したのか。どちらにせよ、私もシロ様の言葉には異論なかった。アダマくんならきっと、こっくんの力になってくれるだろう。


 ……そう何度も呼ぶのは、なんとなく悪い気もしたが。そこはまぁ、私なんかに秘宝を渡したアダマくんの判断ミスと、そういうことで。

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