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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十二章 母なる存在への革命
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四百八十話「報告と原因」

「……この件は、ひとまず置いておこう」

「……うん、そうだね」


 イェブの残した遺産、里の秘宝。自分の首にぶら下がっているものが、とんでもない価値を秘めている可能性。それらに私は一瞬混乱して、大いに動揺して……そして一旦全てを忘れることにした。現実逃避、とも言う。

 しかしよくよく考えて見てほしい。今はこの情報は、私にとってなんの得にもならない。この後アダマくんに連絡して話を聞こうにも、それ以上に優先する族長様の容態という話題があるわけで。つまりこの現実逃避は必要なことなのだ。主に私が平静を取り戻すために。


「ええとそれで……これは、どう使えば」

「見せてくれる?……うーん、多分法力を流して……あとは長老の姿を思い浮かべればいいのかな」

「え、それだけ……?」


 今重要なのは族長様のことなのだと脳に再三言い聞かせて。そうして深い溜息を一つ、切り替えた私を前にこっくんもそれ以上はつつかないことにしてくれたらしい。先程まで向けていた色濃い同情の視線をしまい込むと、私の首にぶら下がった板を手に取って検分してくれる。が、導かれた結論はなんというか、想像よりもずっとシンプルで。

 シロ様は風運を使う時、相手の風の出力に波長を合わせる……的なことを言っていたと思うのだが。まさか、そんなに簡単な方法で使えてしまうとは。いや、風運を使えない私でさえもそれだけで使えてしまうから、秘宝と呼ばれているのだろうか?


「じゃあ早速やってみて。何か問題がありそうなら俺が止めるから」

「うん……」


 思った以上の高性能さにこんなに気軽に使っていいものかという迷いは、こっくんの期待するような視線で吹き飛んでいき。うん、いいのだ。アダマくんも連絡手段として使えと言っていたし。それにイェブさんと言えば、あの自己再生する船を造った人。これだって丈夫に作ってくれているはず。……そうだと信じよう。


「じゃあ、行くよ?」

「うん」


 深呼吸を一つ。覚悟を決めた私は、こっくんの手を離れたその板を握った。ええとこれで法力を流して……そしてあとはアダマくんの姿を思い浮かべる。法力を流すのは糸くんのおかげで一応は得意分野。アダマくんの姿も……うん、さっき別れたばかりだし難なく思い浮かべられる。

 ……余計な視界情報を切るため瞳を伏せて、両手で板を握ってアダマくんのことを考えた。次第に熱くなってきた板に怯んだのを、こっくんの「大丈夫、そのまま離さないで」という声に宥めてもらいながら。そうしてどれくらい経っただろう。握りしめているせいか、というよりは仕込まれた機構のせいか。ひんやりとしていた板が人肌より少し温いくらいの温度になった頃、ふと板が私の手の中から勝手に抜け出す。


「へっ、わっ……!? は、離しちゃった……!?」

「……ううん、大丈夫。成功したみたい」

「え……」


 そのことに手を離してしまったと焦るも、どうやら問題はなかったらしく。冷静なこっくんの声に、恐る恐ると瞼を開ける。すると目の前にあったのは、私の顔の高さに合わせて浮く板。それをぽかんと見つめている内、木で出来ていたはずの板は淡い光の中で徐々に変化していき……そして水面を形作った。その水面の中に、人影が浮かぶ。


『……動作確認も含めた報告、と言ったところか』

「そ。ついでに調べてほしいことも出来たから。……ほら、お姉さん」

「わ、アダマくんだ……」


 低い声が聞こえた。それと同時、影が人になっていく。一度瞬きをすれば、木の板の中に出来た水面にはアダマくんが浮かんでいて。一瞬のうちに起こった出来事に、私は思わずぱちぱちと瞬きを繰り返した。単なる電話くらいに思っていたが、まさか姿まで見ることが出来るとは。これはまさしく秘宝である。というかイェブさんだけなんというか……レイブ族の中でも、技術力が突き抜けてはいないだろうか。


「すごい、ビデオ通話みたいだね。どうなってるんだろう……」

『……待て、びでおつうわ? その言い方だと、このようなものに心当たりがあるという風に聞こえる』

「え、ああ……元の世界に、似たようなものがあって」


 これでは通話だけとはいえ、ほぼスマホである。電波もないのにこんな技術の確立を可能にするとは、イェブさんは一体どんな人だったのだろう。何度かおばあちゃんにスマホを貸してもらう形でおじさんとやり取りをした記憶を思い出しつつ、そんなことを考えていると。

 ふいに、私の発言が引っかかったらしいアダマくんから質問が飛んだ。その声は珍しく驚きに満ちている。まぁ確かに、私の世界にも似たようなものがあるなんて思ってもみなかったのかもしれない。たどたどしいビデオ通話の発音が微笑ましくなったのは一瞬。水面越し、アダマくんにじっと見つめられたことで私は口の端を思い切り引き攣らせた。目隠し越しでもわかる。どうやら余計なスイッチを押してしまったしい、ということは。


「はい、ストップ。話を聞きたいのはわかるけど、今はそれどころじゃない」

『……わかった。報告しろ』

「りょ、了解です。ええと、族長様の容態は正直、想定より悪くて……」


 これは質問攻めだと、三人のレイブ族に囲まれたことを思い出して思わず身を竦めて。が、今回アダマくんと違いこっくんは冷静だった。多分私の話が気になっていないわけではないのだろう。だが知的好奇心よりも族長様、というよりはアオちゃんのことを優先してくれたらしい。冷静にアダマくんを窘めたこっくんの姿は、今日も最高に頼もしくかっこよかった。

 アダマくんもそんなこっくんを前に、どうやら理性を取り戻してくれたようで。目的を切り替えてくれたらしい姿にほっと安堵しつつ、私はこっくんと一緒に族長様のことについてアダマくんに詳細を伝えた。法力が吸われている状態にあること、それが悪化すると脚から変化が始まること、現状それらの症状は私とこっくんで多少の対応が可能であることなどを。


『……話は分かった。となると族長の昏睡は、最初の予想であったあのリンガ族が直接的な原因ではなさそうだ』

「うん。私の脚はあんな感じにはならなかったから。ただ……」

「あの状態を引き起こしたきっかけがあいつの可能性はある……だよね」


 そうしてスイッチが入れば、アダマくんとて頼もしい。まず初めに最初の懸念であった、「族長様の夢に直接彼が乗り込み、昏倒させている可能性」をあっさりと切り捨ててくれる。それについては私も同じことを思っていた。多分今回彼は、私にしたように族長様の夢に直接干渉しているわけではない……と思う。となると『彼女』の夢には本番ぶっつけで干渉したのだろうか。それとも何度と試行錯誤を繰り返した結果があれだったり?

 いや、今はそこはいいか。今大切なのは、こっくんの言うよう「だとして、あの状態を引き起こしたのが『彼』の可能性が高いのではないか」という点だ。証拠や確信があるわけではない。ただ、動機。族長様が昏倒状態に陥れば、指導者を失うことになるミツダツ族の人は困る。確かミツダツ族では掟で未来を視る人を族長にしなきゃいけないわけで、となると玉座を狙ったものというわけでもないのだろう。そして当然、支配下に居る人間や獣人の人達も困る。そして、アダマくんや教皇様だってこういう風に対応に追われることになって困る。つまり、誰も得しないのだ。唯一得しそう人というのが……。


「…………」


 何度考えてもやはり、あの金色の瞳しか思い浮かばなくて。


「……アダマくん、この件について調べられる? こっちでも色々調べてみるけど、ヒゴンさん……手紙を出してくれた族長様の補佐の人曰く、歴史的な面では前例がないみたいで」

『わかった。何かあればコクに伝える』

「俺かよ……」

『ついで妹のことも伝えるからな。不満か?』

「…………」


 犯人はなんとなく特定できている気がする。しかしそれは、直接の解決方法には繋がらない。ならばやはり、がむしゃらでも調べ続けるしかないわけで。報告ともう一つ、族長様の状態についての調査をアダマくんに依頼したところ、想像通り快諾してくれた。今後はこっくんに情報を流してくれるらしい。

 こっくんは最初は嫌そうにしていたものの、ルウさんが関わってくるとなれば話は別らしく。無言のままふいと視線を逸らしたこっくんを、私はつい笑み交じりに見守る。うん、やっぱりルウさんのことは問題なさそうだ。こっくんのことをどうやら結構気にかけてくれているアダマくんが、ルウさんを無下に扱うわけがないので。

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