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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十二章 母なる存在への革命
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四百七十八話「緩和された症状」

「……じゃあ、お姉さん。何か異常があったらすぐに言って」

「うん、わかった……」


 シロ様が提案した、族長様の脚を切り落とす。なんて最終手段とも呼べる諸々のリスクを抱えた作戦よりは、私の籠繭作戦の方がまだ穏便だと思われたのだろう。早速と採用された案に少し躊躇うものを覚えながらも、私はこっくんに導かれる形で眠る族長様に近づいた。ゆっくりと指輪を撫でて、そうして祈る。想像を、形にする。

 描くイメージ図はこうだ。普段は半円として作ってる繭を、完全な円形として。大きさとしてはバスケットボールを二回り程小さくしたくらい。想像すれば、容易く現実世界にそれは現れてくれる。ならば後は、小指に嵌めた今となっては紫の花が咲く指輪から伸びた糸で、操るように。若干の緊張を飲み干しながらも、白い手毬のようにも見えるそれを私は族長様の変化した脚の部分へと近づけていく。すると。


「っ、……!」

「……ミコ!」

「いや、だいじょう、ぶ……!」


 ぱちりと、両者が触れ合った瞬間火花のようなものが一瞬上がった。それに衝撃を感じて身を引くも、それ以上に感じたのは手応えで。糸くんを介す形で、何かが私の中に流れ込んできている。いや何かじゃない、法力だ。

 後ろから聞こえたシロ様の焦ったような声に、振り返ることなく首を横に振った。問題は無い、だからどうか止めてくれるなと。その意図はきちんと伝わったらしい。たたらを踏んだような足音が一つ、いや二つや三つほど聞こえて……だけどそれ以上制止の声は飛ばなくて。だから私は、目の前のことに集中した。法力を吸って肥大化しそうになる籠繭から、うまく法力を逃がして。それで今この脚の変化のために使われているであろう法力を、全部吸ってみせると。


 それからの作業はたとえるなら、海の海水を飲み干すような。そんな心地だった。


「っ、ぐ……!……はぁ、はぁ……」

「! お姉さん!」


 そうして、どれくらい経ったのだろう。一瞬だったのか、それとも数分近くは経っていたのか。これ以上はもう吸えないと、そんな手応えを感じた。だからと糸を閉まった私を襲ったのは、動悸と深い倦怠感。足元がおぼつかなくてふらつけば、後ろからこっくんの手が背中を支えてくれる。額から一筋、汗が伝っていった。


「……法力を吸いすぎたんだね。シロ、抱えれるか?」

「わかった」

「っへ、わっ……!?」


 ……なんだろう、すごく暑い。全身を巡る血液が煮えたぎっているような、伝う汗がとても冷ややかに感じるような、そんな感覚。目の前が点滅して、ちかちかと眩しくて。これは……なったことはないのだけれど、熱中症にでもなったのだろうか? などと、回らない頭を必死に働かせていると。

 ふと、こっくんの案じるような声が聞こえた。かと思えば突然の浮遊感に襲われて。恐らくは横抱き。視界すらもまともに機能していないが、この体温や抱え方で私を抱えているのが誰かはわかる。シロ様だ。そう思えば、倦怠感に流されるよう体は自然と温もりに身を預けていって。


「お姉さん、聞こえる? 今お姉さんは法力を吸いすぎてそれが熱暴走している感じになってる。それを俺が吸うから、抵抗はしないで」

「……う、ん」


 安心する体温の中で静かな、穏やかで真剣な声が降ってくる。正直頭にまともに言葉は入ってきていなかった。だけれどその声を、こっくんの声を信頼していいことだけはわかっていたから。だから流れてくる法力を、私の内部で暴走している熱を正そうとしてる律の流れを、ただ受け入れた。そして次第に熱が、冷めていく。


「……どう、かな?」

「…………うん、大丈夫」


 点滅によって明暗を繰り返していた視界が、徐々に元の色相を取り戻していく。異常に上がっていた体温が、正常に戻っていく。脳にかかっていた霧が晴れる。心配そうな声に、いつのまにか伏せていた瞼を開いた。最初に目に入ったのは、こちらを見下ろすシロ様のお美しいかんばせ。少しだけ寄せられた眉はきっと、心配の証だった。

 それに安心させるように笑いかけると、私は軽く首を動かす。すぐに目に入ったのはこっくんの顔。私を不安そうに見上げていた少年は、笑顔を見るとほっとしたように胸を撫で下ろして。いやはや、ほんとこっくん様々である。多分私が吸いすぎた法力の調子を整えてくれたのだろうが、こんなにも元通りにしてくれるとは。頼り甲斐の塊だ。


「……お姉ちゃん、大丈夫?」

「うん、こっくんが助けてくれたから。心配かけてごめんね」

「! ううん! よかった……」

「ピュイ!」

「ガウッ!」


 そんなことを考えていると、ふと私を抱えていたシロ様がぐるりと体を回転させて。突然何かと思ったが、どうやら後ろに居たヒナちゃんに私の無事を伝えるためだったらしい。シロ様が僅かに屈んだ事で下がる視線、不安そうな赤い瞳は私の言葉一つですぐに綻ぶ。それはもふもふコンビも一緒だったらしく、元気な鳴き声を聞かせてくれた。うむうむ、元気で何より。


「……ミコちゃん! お手柄だわ〜!!」

「……え?」

「見て見て、ソウちゃんの脚!」


 ……あれ、でも一人足りないような。なんて内心で首を傾げた瞬間、聞こえてきたのは歓喜で満たされたような教皇様の声。それに何事だと顔を上げれば、私の心情を察してくれたらしいシロ様がまた身を翻す。……正直もう降ろしてくれてもいいのだが、そういうわけにはいかないらしい。ならばこの快適便を暫く堪能するとしようか。

 大人しく身を任せれば、シロ様は何も言わないまま足を進めていく。今度振り返った視界には、私が探していたアオちゃんとそしてヒゴンさんの姿もあって。二人は教皇様より奥、僅かに和らいだ表情でベッドを見下ろしている。……今は教皇様の影になっていて見えないけれど、その表情だけで私の成したことの結果はわかった。


「……よかった、成功したんですね」

「ええ! 元の綺麗な、ソウちゃんの脚!」


 シロ様が更に近づけば、やっと見えたのは族長様の姿。相変わらず眠ったままの彼女ではあったが、そこに変化が一つ。それは水面のようになっていた脚が、元の白を取り戻していたこと。法力を吸ったことで、そうだな……顕現と呼ぶべきか。それが解けたのだろう。


「……一応言っとくけど、根本的な問題は解決してないよ。症状の進行を僅かに巻き戻しただけで呪いの種は残ってるし、ほっとけばまた同じ状態に戻る。法力が巡っていないままなのも変わらない」

「……そう、ね」


 とはいえこっくんの言うよう、まだ安心できる状況でないことに変わりは無い。これで症状の進行は僅かに巻き戻ったが、恐らくはまだ一日目か二日目程度の潜伏状態に戻っただけ。たとえるならそう、私が今行ったのは族長様に刺さったナイフを引き抜いた程度のことだ。完全に引き抜くことは出来なかったし、傷口や流れた血までを埋めることは出来ていない。

 恐らくナイフを完全に抜くにはまた別の方法を見つける必要があるし、そもそもにしてナイフを誰がどうやって刺したのかというのもわからないのが現状。所詮対処療法でしかないのだ。治療法を見つけるためには、色々調べなくてはいけないだろう。でも、まぁ……。


「ひとまず法力を供給しよう。症状は多少進むけど、命の危険には変えられないから」

「あ、なら私が……」

「いや、俺がやるよ。色々試したいこともあるし、お姉さんは休んでて」

「あっはい……」


 少なくとも、調べるだけの時間は作れたわけだ。ならば落ち込んでいるわけにもいかない。恐らくは延命の、或いは時間稼ぎのため。少しでも族長様の体内に法力を巡らせるべきだと判断したのだろう。こっくんの発言にまた出番かと手を上げかけて、けれどそれはシロ様が身を翻して族長様から私を遠ざけたことで却下ということに相成ったらしく。続いたこっくんの拒絶の声に、私は苦笑を浮かべたのだった。

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