四百三十話「妨害の心配」
「……タァパ。いい加減出てこい。そこの白いのにはすでにお前の存在が露見している」
「あ、やっぱり? いやはや、流石クドラって感じですね」
アダマくんが負かされているのを見て笑うなんてどんな命知らずだ……と辺りを見渡したところ、笑っている人は誰一人としておらず。それならば今のは、と私が疑問を覚えたのに気づいてか。溜息を吐いたアダマくんは、そこで一人の名前を呼ぶ。瞬間壁から見知らぬ男性が現れ、私はついぎょっとしてしまった。
現れたのは黒い髪をオールバックに纏めた、アダマくんより少し身長の低い青年。瞳はレイブ族らしく黒色だが、光の入り方によっては別の虹彩が煌めくようにも見える。たとえるならそう、オパールのような瞳だ。そして幻獣人らしく端正な顔立ち。そんな不思議な魅力がある彼を私は思わず凝視してしまう。あの今、どこから現れました?
「どもども、初めまして! 現代の七賢者が一人、タァパ・ロイオって言います。基本的にこちらの長老様の影を務めてる感じです。あ、もち名前の方は端名でっす」
「は、初めまして……?」
「あは、お嬢さんとは初めまして感ないですけどね。なんせ昨日ずっと一緒に居たわけで」
「あ……」
まさか忍者的な、そういう立ち位置の人なのか? という私の推測は間違いではなかったらしく。彼……タァパさんは、昨日なんだかんだと私がお世話になった『影』さんだったらしい。きらきらと瞳を輝かせて笑いかけてくれた彼に、私はぱちぱちと瞬きを繰り返す。そういうことならば、ちゃんとお礼と謝罪をしなければ。
「え、ええと、昨日は色々ご迷惑をおかけしましてすみません。そしてどうもありがとうございました……!」
「えっ律義。こちらも仕事ですんでお気になさらず~」
「は、はぁ……」
正直、あの時いただいた紙飛行機に書かれていた文と印象が大分違うのが気になるけれど。いや、紙飛行機を送ってくるセンスはこのチャラい感じに見合っているのか? いわゆる陽キャだ、とウインクをして来た彼に若干引きつつ。なんだろう。これは偏見かもしれないが、あんまりレイブ族っぽくない人だ。
先程の騒ぎのせいで私のすぐ近くにいたアオちゃんも、心做しか怪訝な表情である。なんならヒナちゃんも、不思議そうな表情でおちゃらけた青年を見つめていた。二人とも私と同じく、今まで出会ったレイブ族がこっくん、アダマくん……と理知的な雰囲気の二人だったからそういう感じにイメージが固定されているのだろう。故にタァパさんの雰囲気が違和感、と。
「……賢者の一人」
「そうですよ。落ちこぼれユェアン家の天才児くん?」
「……別に天才とか、そんなんじゃない。そんな見え透いたおべっかより聞きたいことがあるんだけど」
「ん~?」
そんな風に突然現れたタァパさんに私達が色々戸惑っている間、彼は一人色々と考えていたらしい。ぼそりと何かを確かめるように呟いたこっくんへと向けられた、タァパさんの試すような視線。それを溜息と共に流しつつ、こっくんはすっとタァパさんを見返した。
「今回の長老が行う儀式を、あんたってどう思ってるの?」
「えっ俺?」
「そう。正確には長老が重要視している儀式を、賢者でも何でもない俺が手伝う……そのことを、あんた含めた賢者達はどういう風に捉えると思う?」
そして問いかけたのは、今回の一連の流れを賢者達がどう捉えるかという点について。正直それは、私も少し気になっていた。余所者の私達が、長老であるアダマくん直々に行っている儀式……プロジェクトと言い換えた方がしっくり来るだろうか? それらに関わっている件を、賢者の人達は一体どう感じているのだろう。
アダマくん曰く、現代の賢者たちはその身分に相応しい知を持たない者ばかり。そして己の足場に執着しているとも言っていた。となると、アダマくんが注目しているこの件には是が非でも関わりたいはず。だというのに余所者のこっくんがこの儀式の中心人物になるのは、かなり業腹ものなのではないだろうか。……たとえばこっくんの足を引っ張ってやりたいと、そう思う人が出るくらいには。
「……んー、まぁ他の家の賢者達は阿鼻叫喚かも? ただでさえ廃れて死んでくばかりの名誉に必死にしがみついてるってのに、こちらの長老様に代わってからますます振り落とされ気味。そんな中『ただの』レイブ族が重大な役目を果たしたってなれば、心中穏やかではないんじゃない?」
「ほう、ではお前はそうじゃないと」
「俺くんはお仕事無くなる方がハッピーなんで。はよ賢者やめて各地回りたいんですよね~」
そう、懸念点はそこなのだ。別にいくら恨みを買おうと、この儀式が今後のために必要なことなら私達が引くことは無い。どうせこの里に長居するでもないし。ただその儀式そのものを失敗させようと、その方向に賢者たちが舵を切ってくるのは頂けない。恐らくはこっくんもそれを心配して、こうしてタァパさんに問いかけたのだろう。
しかし、彼の答えはあまり芳しくなかった。タァパさんの印象だと、賢者達が儀式の成功のため尽力するこっくんにいい感情を抱くイメージはないらしい。世界の危機をどうにかするためだと言うのに。いや、そもそもそれが周知されていない可能性もあるか? だとしたらまだ周知されてないから、という方がマシな気も。知っていて邪魔しに来る程、賢者達の性根が腐っているとは思いたくない。
「……となると、妨害もあるか」
「妨害って……他の賢者の人が、こっくんの邪魔をしてくるってこと?」
「うん。俺が成功さえしなければ、面子を保てるだろうし」
「えー……?」
幸いタァパさんはそちら側ではないようだが、この話を聞くに他の賢者から儀式の邪魔はされそうな気がする。「なんで仲間同士でそんなこと?」と言わんばかりの表情のアオちゃんに癒されつつ、私は考えた。出来うる限り身内での争いを避ける方法を。
まぁ儀式を秘密裏に、こっそりと進められればその手の妨害は避けられるだろうか。必要な材料を集める過程での妨害もありそうだが、そちらは儀式までの時間を遅延させられるだけ。そもそも相手が狙うだろうこっくんの失敗にはならないのだから、そこまで力を入れてこないはず。うん、やっぱり前回のようにさっさと儀式を済ませればそう大きな問題には……と思っていたのに。
「……尚次の儀式は、賢者やその他レイブ族の介助、という名の見学が入る予定だ」
「えっ……!?
「はぁ!? 今の俺の話聞いてた!?」
「俺としても非常に不服だ。だが前回の結果がアレだったからな。あちらからの提案を受け入れざるを得なかった」
「ああ……」
その目論見はアダマくんによって粉砕されてしまった。介助、見学? そんなの、邪魔したい口実にしか聞こえないような。それを受け入れるのは相手の目論見を受け入れることに等しいのでは、とこっくんと二人非難するようにアダマくんを見つめる。
も、そこに至った理由はちゃんとあったらしい。ここで前回部屋を大破してしまったことが響いてくるのか……。あの失敗があった以上、いくらアダマくんでもそう簡単に賢者達の要望を撥ね付けるのは厳しかった、と。すなわち私達は、無意識であろう彼女と意識的でしかない賢者たちの妨害が起きるであろう環境下で、儀式を成功させなければいけないのか。
「……ならば我らの出番だな」
「う、うん? ど、どういうことシロ様……?」
これはいわゆる、ハードモードってやつでは? いつかの記憶、スマホ片手にゲームがクリア出来ないと唸っていた橋本くんの姿を思い出したところ。そこでようやく口を開いたシロ様は、不敵に口角を上げた。我の出番、とは。その表情に嫌な予感を覚えつつも問いかければ、シロ様は誰よりも不遜に言い切って見せた。
「簡単な話だ。世界の命運がかかっているというのに、次の儀式ではたかだかコクの足を引っ張るという目的で妨害が入るかもしれない。ならばその妨害を排除する」
すなわち目には目を、歯には歯を。そして妨害には妨害を。邪魔者は全て排除すると、物騒な光を瞳に宿して。




