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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十一章 春雷を以て全てを
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四百二十五話「婚約者」

「……なるほどー? そんなことがあったんだね?」

「ねちゃってた……」

「あはは、いいんだよ。こっくんから、私が寝てた時に二人はほとんど寝れてなかったって聞いてたし」


 そんな会議から数時間。現在の時間帯は、夜空に月が舞い降りる夜時となっていた。生憎、この深い杜では位置を調整しないとお月様を拝むことも難しいのだけれど。

 あれから夕食を済ませ、お風呂をヒナちゃんやアオちゃんと入る形で済ませ。使用人の方々に貸し出してもらった浴衣に身を包んだ私達三人は、それぞれの髪を乾かしながら今お風呂に行っているシロ様とこっくんを待っていた。尚部屋は今回も大きな部屋を借りて、五人と二匹で同室にしてもらっている。アダマくんや教皇様には不思議そうに見られたが、深く突っ込まれることはなかった。


「こっくんの妹ちゃん、どんな子かな? 友達になりたい!」

「わ、わたしも……!」

「うーん、私も会ったことはないけど。でもきっと、いい子なんだと思うよ」


 二人にも会議での情報は共有済み。こっくんから聞かせてもらった過去については、「こっくんは昔家族にひどいことをされたから、唯一の味方だった妹さんの手を借りて家から逃げてきた」と簡易的な説明で済ませておいた。それ以上は話したいなら本人が話すべきだろう。人伝になるとどうしても、話し手の感情が混じって余計なノイズとなってしまうから。

 色々話をしたが、その中でも二人が心惹かれたのはこっくんの妹であるルウさんのこと。こっくんを助けてくれたのもそうだが、自分たちと同じくらいの女の子の存在に興味津々なのだろう。友達になれるかとそわそわしている。……もし顔を合わせることがあれば、そういう方向に話が進んでいくと良い。子供にとって友人という存在は大きいから。


「……ん? あ……」

「? ミコ姉、なにそれ?」

「お姉ちゃん、その宝石……」


 期待に瞳を輝かせる二人を温かな心地で見つめつつ、ずっと着ていたセーラー服を畳んでいた私。このままで寝ちゃっていたし、こっくんにお洗濯の法術をお願いしようか。とスカートに手をかけた瞬間、触れた固い感触に私は目を見開いた。スカートのポケット。そこに手を突っ込んで中を軽く漁れば、出てきたのは赤い宝石。その艶々と輝く姿に、私はさぁっと顔を青ざめさせる。わ、忘れてた……!


「ご、ごめん二人共! 私、アダマくんのところに行ってくるね!」

「ええっ!? ちょ、ミコ姉……!」

「すぐ戻るから! シロ様とこっくんに言い訳お願い!」


 ヒナちゃんが法術の火を入れてくれた灯篭。この部屋唯一である光源の光を受けてか、赤く輝く宝石をどこで拾ったか。そう、アダマくんのゲートを通っていた時である。恐らくこれはアダマくんの所有物。それを諸々の騒動のせいで返すタイミングがなかったとは言え、今このタイミングまで持っていたというのは相当まずいのではないか。

 もしこれで泥棒扱いされて協力関係が無しになってしまったら。そこまで想像したところで、私は立ち上がる。うん、今すぐ謝って返してこよう。あそこまで啖呵を切ったこっくんの努力を無しにしてしまうようなことがあったら、こっくんに合わせる顔がないので。引き留めるようなアオちゃんの声。それを振り切って、私は部屋を出て行った。出来ればシロ様とこっくんが戻ってくる前に返したい、とは思いつつ。


「え、っと……うん、こっち」


 暗い廊下を、なんとなく音を殺して進んでいくこと数分。シロ様ほど方向感覚に優れているわけではないが、このお屋敷はあちこちに特徴的な絵が飾られているので記憶力の良くない私でもアダマ君の部屋までの道は覚えている。客人に優しいのか、家主の趣味なのか。恐らくは後者だ。

 月下美人だろうか。大きく切り取られ描かれている花の絵。それが飾られた角を右へ、後は直進すれば昼から皆で集まっていたあの部屋に辿りつくはず。こんな時間だ。恐らくは部屋に居ると思うが、もし不在だったらどうしよう。流石に謝罪もなくポンと宝石だけを置いておくわけにはいかないし、また明日……? これを持っておくのは大分心臓に悪いのだけれど。


「……何をしている」

「うひぇい!?」


 頼むから居てくれ、と祈りながら足を進めようとしたところ。そこで後ろから聞こえてきた不思議そうな声に、私は奇妙な声を上げると同時思い切り肩を跳ねさせた。どっどっどっと激しく動く心臓を抑えつつ振り返れば、そこには先程までは結っていた髪を下ろす目隠しをした青年の姿が。……お風呂上り、だろうか?


「……まさかとは思うが、夜這いか?」

「よばっ!? ちが、断じて! 神様に誓って違います! 私はただ落とし物を返しに来ただけで……!」

「わかったわかった。来い」

「ええ……?」


 私より少し年上くらいの外見だというのに、この漏れ出る色気とミステリアスさは何なのだろう。あと数年ぽっちではこの領域に辿り着ける気がしない。そんな馬鹿なことを考えていた仕返しか、とんでもない言いがかりを付けられてしまったが。夜這いとか、私にそんな度胸があるわけがない。そもそもアダマくんにする理由もないし。

 ぶんぶんと高速で首を横に振ると、からかっていただけだったらしい青年は私の腕を引いた。来い、と言われましても。私は宝石を返したいだけなので、ここで受け取ってもらえれば十分なのだが。言外に困惑を滲ませるも、それは傲慢不遜が服を着て歩いているような彼には通用せず。私はそのままアダマくんによってどこかへと連行された。


 かくして、その場所とは。


「……綺麗」

「ああ、自慢の庭だ」


 思ったことが、つい口から零れる。私の目の前に広がっているのは、白い花々があちこちに置かれた灯篭の光によって照らされる光景。背の高い一輪から集まって咲く小さな花々まで。白で統一されたその庭は、長老様という立ち位置のアダマくんが誇るのも無理がないくらいに美しかった。……ではなく!


「い、いや綺麗なのはわかるんですけど……何故私をここに連れてきたんですか?」

「質問は最低限に。この里での掟だ。自分で考えろ」

「う、うええ……?」


 何故私をこんなムード満点のところに? まさかこの綺麗な花の養分になれ……と埋められるのだろうか。おじいちゃんが見ていたドラマを思い出して震えるも、表情的にそう言うことでは無いらしい。そもそも、そんなことをする理由もアダマくんにはないだろうし。

 闇討ち以外で私をここに連れてきた理由? 切り捨てるような一言に考えること数秒、ふと月が木々の切り目から姿を現してつい空を見上げる。良く見えていなかったが、今宵は満月だったのか。月明かりに照らされる白い花は、より幻想的な雰囲気を放っていた。


「……何か話とか、あります?」

「珍しく察しがいいな。そういうことだ」


 そんな花々に押されるよう、一つしか思いつかなかった心当たりを口にしてみる。するとアダマくんはふっと口角を上げる形で微笑んで、私を見た。どうやらその話とやらをしてくれるおつもりらしい。恐らくは世界に関わる何らかしらの話。覚悟を決めなければ、と腹筋あたりに力を入れたところで。


「お前、俺の婚約者になる気はないか」


 そこで聞こえてきた言葉に、私の脆弱な思考はストップしてしまった。


「…………へ?」

「婚約者。定義としては結婚の約束を交わした相手、だ。それ以外の意味はない」


 ……なんて? こんやく? こんにゃくの間違いとかではなく? 想定外すぎる言葉に何か聞き間違えたかと、私のその心情を読み取ったのだろう。容赦なく逃げ道を潰したアダマくんは、縁側に座りながら私の手首を握った。

 風に揺れる長い黒髪。目隠し越しに向けられる、恐らくは真剣な色を湛えたであろう瞳。その全てが、先の一言が冗談では無いことを物語っていた。そもアダマくんが冗談をいう姿なんて今の今まで見ていないわけで。私を一心に見上げてくる青年。そんな彼の体温が握られた手首から伝わってくることに冷や汗をかきつつ、私はたっぷりの沈黙の後に首を振る。


「……お、お断りします……」

「…………」


 いやだって、それ以外の選択なんてなくないか!? 瞬間アダマくんから向けられる視線が物言いたげなものに変わったことに半泣きになりつつ、私はぶんぶんと首を振った。ちょっと貴方の婚約者とかいう立ち位置は、私の身には余りすぎる。

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