四百二十四話「復讐と恩」
「ええと、掟破りなんですけど一つ質問が……」
「なんだ」
「その、賢者さん達って具体的にどんな仕事をしているんですか?」
分からないことは素直に聞こう。それが信条の私だが、唯一この里ではそれが若干はばかられる。なんせ簡単に人に聞くな、がルールの一つだからだ。けれど聞かないことには話が読めないわけで。
気まずい思いをしながら手を挙げて尋ねた私に、しかしアダマくんが怒ったりすることはなかった。想定していた、と言わんばかりの表情で鼻を鳴らすと、青年は三本の指を立てる。ええとそれは、三つお仕事があるということだろうか?
「賢者達の仕事は大まかに分けて三つ。俺が任せた研究の指揮、レイブ族の領地の一部の管理、そして各地の情報収集。最後の任だけは、特定の賢者が長年一族で続けている」
「というと、ユェアン家ではないと」
「ああ。情報を集めているのはお前にも付けていた影の一族だからな」
「あっ…………」
ええと。つまり、賢者のお仕事は実質二つということか。影。アダマくんから出たワードに、先程散々その影の人を待たせたことを思い出して勝手に気まずくなりつつ。後で謝ることを心に決めると同時、私は過去のことを思い返していた。
確かどこかで、幻獣人の中で最も領地や人々をきっちりと管理しているのはレイブ族だと聞いた気がする。それはこういう体制で行われていたのか。どこまで手を出しているかはともかく、話を聞くと成程確かに厳重だ。クドラとムツドリはなんか緩いイメージがあったので余計。ミツダツは厳しい寄りだったりするのだろうか?
「じゃあユェアン家の賢者さんは、研究の指揮も領地の管理もできていない、ってことですか?」
「ああ。あそこに任せている研究は停滞の一途を辿るばかり。あいつらに任せている領地の管理も、定期的に苦情が相次ぐ始末だ。そして…………」
「そして……?」
いや、今はそれぞれの幻獣人の管理体制はどうでもいいか。話を戻そう。先程アダマくんは、ユェアン家の賢者は仕事の半分をこなせていないと言っていた。それは結局のところ、どちらもまともに出来ていないという意味だったらしい。そして、尚且つ。
「何より、ユェアン家は五年近く家単体での研究面でめぼしい成果を挙げられていない。これは前代未聞の醜聞となり、他のレイブ族からの不満が噴出した。そこが何より大きいな」
「…………」
「五年より前は薬学面でそこそこの功績を残したが……まぁ、今回のお前たちの訪問でその謎も大体解けた」
……こっくんが去ってから、家の研究でもろくな成果を挙げられていないと。ここでいう研究と、アダマくんが任せているという研究は恐らく別のもの。お仕事として他のレイブ族を纏め進める研究と、家としての趣味?的な研究がそれぞれあるという事なのだろう。研究が趣味というのも不思議な話だが。
いいや、アダマくんやこっくんを見てると頷ける話だ。そうやって知を追うのが、レイブ族の生き方というわけで。その生き方がまともに出来もしないくせ地位だけがあるから、他のレイブ族から反感を買うことになったのだろう。アダマくんの一言に視線を逸らしたこっくんを心配するも、それ以上は長老様として触れる必要は無いと判断したらしい。アダマくんは話を続ける。
「唯一、あそこの末女だけは見所がある。が、齢九ではな」
「ヒナちゃんより年下……」
「俺の見立てでは、彼女が父親や兄から実権を奪うにはあと十年弱かかる。そこまで他のレイブ族を抑え付けるメリットもない」
そこで触れられたのは、こっくんの恩人である妹さんの話で。今が九歳、ヒナちゃんより年下。そんな歳で、或いはそれよりも幼い時にルウさんはこっくんを助けたのか。アダマくんからも目にかけられているようだし、かなり優秀なのは間違いなさそうである。
けれど、如何せん彼女は幼すぎた。父親がアレなのは今更な話。セキウさんは能力は無いが結構悪知恵が効くようだったし、話を聞くに長兄たるケイさんを盲信している。実権を奪おうとすればかなり抵抗されるだろう。それを収めるのにアダマくんの見立てでは十年。そこまで待てないというのは、正論である気がした。
「他の賢者たちには散々抵抗されたが、下らん会議を繰り返した上でユェアン家からは賢者の名を剝奪する方向で話がまとまった。……世界に関する件が落ち着けば、実行する予定でいる」
「抵抗されちゃったの~? 意外と仲間思いね~」
「はっ。賢者の権利が剥奪される、という前例が作られるのを嫌がったんだ。奴らに仲間意識はほぼない」
つまり、剥奪という方に話を持っていった方がレイブ族全体としていいということだろう。アダマくんは賢者の在り方に疑問を感じているようだったし、そういう風に話を持っていくのは自然だ。……なんか賢者のことになるとちょこちょこ言葉に棘が混ざっている気がするが、合理的な判断なのだと思う。多分。
「……それで? お前はこの話を聞いてどうするつもりだ?」
「……!」
「表情を見るに、家にいい感情はなさそうだが。それならこのまま滅びるのを待てばいい」
……さて、これでユェアン家に関しては大体聞けたわけだが。こっくんはこの話を聞いて、何を思ったのだろう。私はどこかぼんやりとしているように見える黒い瞳に、少し不安が煽られた。なんせこっくんは、ユェアン家の人達から酷い仕打ちを受けたわけで。それならアダマくんの言うよう、ただ静観して彼らが滅びるのを待った方が心情的に楽なような。
私はそれを、非道だとは思わない。全てはこっくんが決めることで、その選択を私は尊重するつもりでいる。でもどうしても、ルウさんのことは気になった。ユェアン家のその滅びに、きっと彼女は巻き込まれることになる。妹には恩があると言っていたが、ささやかな復讐と恩の二択を前にこっくんはどっちを選ぶのか。
「……!」
そこでふと、視線が合う。私が心配そうな表情を浮かべているのがわかったのだろう。こっくんは一度目を見開くと、ふっと微笑んだ。まるで「心配しないで」と、そう告げるように。
「……家に居るのが血繋がってるだけの父親と、散々嫌がらせしてきやがった義理の母と、ついでクソ兄貴二人だけならそうしたかったよ」
「…………」
「でもあそこには俺の恩人で、唯一妹ってまだ呼んでもいいと思ってるルウがいる。俺はあいつに、大きな借りがあるんだ」
こっくんは特に声を荒らげるでもなく、寧ろ凪いだ湖面のような声でアダマくんに応えた。その瞳にはさっきまでの揺らぎはなく、一つの意思だけが輝いている。他の家族はどうでもいい。だけど妹には恩を返すのだと、そう告げるように。
「賢者から追放された家の娘。なんてそんなの、その後の人生他のレイブ族から散々と冷遇を受けることになる。ルウは失権に殆ど関係ないとしても、だ」
「……こっくん」
「そんな目に遭っていいような奴じゃない。そんなのために、才能が潰されていい奴じゃない」
妹には才能がある、それを潰すべきでは無い。そう告げるこっくんの声音には確かに、家族としての情があった。そのことに、私はなんだか泣きそうになってしまう。ヒナちゃんにラムさんが居て、アオちゃんにアイさんとジョウさんが居るように。こっくんにも恨みつらみよりも優先したいと、味方したいと思える家族がいてよかったと。
「ルウは、俺より優秀だ。だからあの時俺を、あいつは助けることが出来た」
「……ほう?」
「その上で俺は、あんたに俺が優秀であることを証明したい」
けれどどうやって味方を、なんて考えた瞬間。こっくんはそれまで伏せていた瞳を開くとアダマくんを真っ直ぐに見据えた。揺るぎない声音で少年は告げる。自分の優秀さを、長老であるアダマくんには証明したいのだと。
こっくんの優秀さを証明……? それがルウさんと、どう関わってくるのか。首を傾げたのは私だけではなく、教皇様も一緒で。だがシロ様とアダマくんは、まるでこっくんが何を言うのかをわかっているのかのようにこっくんから視線を逸らさない。柘榴くんも鳴くのをはばかってしまう様なそんな空気の中、こっくんは切り込んでみせた。
「あんたが、俺より優秀なルウを引き取りたくなるように」
「……!」
アダマくんにルウさんを引き取れと、言外にそう告げる形で。




