表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十一章 春雷を以て全てを
436/512

四百二十三話「賢者の歴史」

「……ユェアン家、か」


 再びアダマくんのお屋敷の中へと戻ってきた私達。現在この、予備らしいアダマくんのもう一つの自室に居るのは私とシロ様とこっくんにアダマくんと教皇様、そして柘榴くんである。

 部屋までの道中で聞いたが、このお屋敷に最初に戻ってきたのはシロ様とフルフだったらしい。その次にヒナちゃんとアオちゃんがこっくんが見つからなかった……と戻ってきて、その後今に至るまで別室でお昼寝中。そのタイミングでフルフも二人に付いて行ったのだとか。それで教皇様が「そろそろミコちゃんと帰ってくるわ」と戻ったタイミングのすぐ後、私とこっくんが帰還……と。いや、よく考えればなんで帰ってくるのがバレていたのだろう? 教皇様の不思議パワー?


「話せるところまででいい。どちらにせよ、次の夢覗きの儀式は俺も手伝うから」

「案があると?」

「ま、一応」


 まぁいいか。そんなわけで眠っているヒナちゃんとアオちゃんには後でまとめて情報を伝えるとして、ひとまずはここにいる面々で話を進めてしまおうと相成ったわけである。これらの件に関しては二人は当事者ではないということが大きかったかもしれない。なんせ夢覗きの儀式の件やユェアン家の話は、最低限こっくんとアダマくんが居れば成り立つのだから。

 ユェアン家、と聞いて渋い顔をしていたアダマくん。しかしそんなアダマくんの様子に特に怯むことなどなく、こっくんは至って落ち着いた様子で続けた。……こっくんの頭の中にはあの油に水をぶちかました様な法力暴走が起こる危険性を排除する、そんな案がもうあるのだろうか? 個人的にはさっぱりなのだが。


「……まぁ、お前は大ぼらを吹くようには見えない。その一応を信じてやる」

「……どーも?」


 だけど一つだけわかることがある。それは、こっくんは出来ないことを出来るなんて言わないこと。アダマくんもそんなこっくんの気質を見抜いていたのか、あっさりとこっくんの言葉を信じてくれた。……こっくんの方はちょっと戸惑ったような表情を浮かべていたが。わかる。意外と付き合いやすいところあるよね、アダマくん。


「さて、ユェアン家についてだが……」

「…………!」


 と、今はちょっと仲良くなれたらしい二人に和んでいるところではなかった。話してくれる気になったアダマくんの一言目を皮切りに、部屋には強ばったような空気が流れ始める。……というよりは、こっくんがその空気を放っていると言うべきか。一応は家族にあれだけのことをされたのだ。やはりそう簡単にトラウマは……とこっくんの方へ目を向けた瞬間。


「まぁ今代の賢者は率直に言ってゴミだな」

「……えっ?」

「塵芥、と言うべきか? 奴は賢者として持つべきものを何一つ満たしていない」


 けろりとそう言い放ったアダマくんにより、部屋の空気とこっくんの表情はまたしても変化する。固く強ばったものから、戸惑ったようなものに。かくいう私も戸惑っていた。ゴミ、って。

 それを言ってのけたアダマくんの表情に特に悪意がなさそうなのが余計に怖い。ええともしかして、本当にこっくんの血縁上のお父さんは客観的に見てゴミ……賢者として相応しくないのだろうか。こっくんやこっくんのお母さんへの仕打ちが父親として落第点なのは、私も知っているが。


「……が、それはユェアン家に限った話じゃない。俺に言わせてみれば、能力に差があるとは言え他の賢者達も同類だ」

「……同類、ですか」

「知を求めるのではなく、己の足場に執着するようになっている。……折角だ、何故奴らがこんな体たらくを晒しているのか聞かせてやろう」


 私とこっくんの困惑した表情を見てか、アダマくんは溜息を一つ零すと一から説明を始めてくれた。今のレイブ族における賢者の状況、そしていつからかこのような事態に陥ってしまったかを。


「そも、賢者が世襲制となった二百年前からレイブ族全体の質は落ちている」

「二百年前……」

「お前も資料くらいは見たことがあるのではないか? 『禁術』の件だ」

「…………!」


 アダマくん曰く、「賢者達がこのような体たらく」を晒すようになったのは二百年前の事件がきっかけらしい。それより以前は世襲制ではなかった? そもそも世襲制なのも初めて聞いたような。なんてことを考えていると、続いた『禁術』のワードにこっくんと教皇様の表情が強ばったのが見えた。……すみません、私はその禁術とやらに心当たりがないのですが。もしかして、結構深刻な話なのだろうか?


「……おおよそ二百年前、当時の一人の賢者が魔物を操る力について研究をしていた。しかしその研究の結末は、大勢のレイブ族の子供が災厄級の魔物に命を屠られた最悪の事件へと繋がる」

「え……」

「術者が魔物の制御に失敗したんだ。当然術者も、その事件の最中命を落とした」


 すると私のその表情を読み取ってか、アダマくんは禁術とやらについて解説を始めてくれる。しかしなんというか、まさかその禁術が魔物を操縦する力のことを指していたとは。それは今、私達が追っている問題の一つだったはず。

 もしやその研究者の模倣犯が今の騒ぎの……? なんてことを考えていられたのも束の間。あっさりと言い放たれた、けれど凄惨さしか感じられない研究の結末に私は言葉を無くしてしまう。子供が大勢巻き込まれ、研究者も死亡? その光景を想像しようとすると、それだけで気分が悪くなるようだった。加害者にて、そして被害者。その研究者の人は最期に何を思ったのだろう。


「結果、当時の長老が下した判断は魔物を操る術、干渉する術、それらを永久に禁術として封印すること。そして当時優秀だった者の中から七人を選び、その者たちの血と契約を交わすこと。契約の内容は勿論、禁術に関わること自体を禁ずるものだ」

「……それが、世襲制に繋がってくると」

「そうだ。賢者となると長老に隠れて好き勝手研究を行える。与えられる予算や、扱える素材の種類も莫大だ。その体制を変えられない代わりに、血で縛った」


 いや、今はそんなことを考えている場合ではなくて。成程、そこで賢者の世襲制に繋がってくるわけか。賢者に与えられる利権は莫大。それでもしまた似たような研究を繰り返されれば、同じ悲劇へと繋がることになる。だから血で契約を結び、世襲制にした。後の子供にもその契約を引き継がせるために。

 恐らく当時の長老様がこんな処置を取ったのは魔物を操る術を禁術に指定したとて、こっそり隠れて研究する人が後を絶たなかったからなのだろう。レイブ族の信条は知。恐らくは彼らは人よりも好奇心にずっと弱く、耐えられる人の方が稀なのだ。糸を見て興奮していたアダマくんを見ていればわかる。だからせめて、賢者だけは禁術に触れられないようにした。


「……結果として、今に至るまで安寧は築かれた。しかしその安寧は、緩やかな滅びへのための舗装だったのかもしれないな」

「アダマくん……」


 けれどそれが賢者たちの質を落とすことに繋がるとは、その時点では思い描けなかった。好奇心を中途半端に殺された結果、当時は優秀だったかもしれない賢者たちの血は時間をかけて緩やかに死んで行ったのだろう。空っぽの好奇心という器を満たすに満たせないからこそ、安寧で緩やかに知は滅んでいく。その虚しさが利権への執着を強めていく。それを告げたアダマくんの声には僅か、悔しさが滲んでいた。


「……話が逸れた。俺からすればユェアン家も他の賢者も十把一絡げ。しかしまぁ、かの家の状況は相当にまずいな」

「と、いうと」

「賢者たる役目と責任。それを、ユェアン家の現賢者と次期賢者は半分もこなせていない」

「…………!」


 そう背後の話を聞くと、ユェアン家の賢者……こっくんの血縁上のお父さん、ううん長いな。仮お父さんと呼ばせてもらおう。仮お父さんがゴミと言い捨てられた理由もわかってくるわけで。だがどうやら、話はそう単純ではなかったらしい。

 賢者たる役目が、全然果たせていない? 正直役目が何かわからない以上、私にはその言葉だけでは深刻度がわからなかった。だがそれを聞いたこっくんの表情が引き攣り、教皇様が真顔になった当たり相当まずいのだろう。


「すなわち、ユェアン家の賢者は解任の儀を執り行う方向で話が進んでいる」


 ……うん、相当まずいらしい! 恐らくはいまいち話についていけなかった仲間のシロ様と顔を見合せ、私達はお互い真顔になった。そんな全員の様子を窺ってか、きゅうんと悲しそうに鳴いた柘榴くんの鳴き声が余計に哀愁を感じさせる。世襲制が解除されかけるなんて、一体一応お父さんは何をしたのか。いや、或いは何もしていないのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ