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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十一章 春雷を以て全てを
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四百二十二話「世界救済の鍵」

 こうしてアダマくんが来たことでシロ様とこっくんの喧嘩は終了。私が声をかけられている姿を見てか、速攻で喧嘩をやめてこちらへと駆け寄ってきた二人に私は苦い笑みを零した。シロ様は身体能力の暴力で糸の壁を越えてきたし、こっくんは土の柱に乗る形で駆け寄ってきたし。思えば手段が少し違うだけで、基本的に二人の行動は結局似通うような。


「……これが糸、とやらか」

「ああ、これはよく使う籠繭の亜種みたいな感じです。二人が喧嘩中だったので邪魔しないように、ってつい」

「……それは邪魔するべきだったと思うが」


 私の腕を引いてアダマくんから少し遠ざけたシロ様と、その分空いた隙間に入り込んだこっくん。しかしそんな露骨な二人からの警戒なんてどこ吹く風。アダマくんの興味関心は私が作った透明な糸の壁へと向かっていた。流石好奇心旺盛な種族。初めて見る法術が気になるのだろう。

 ぺたぺたと触ってはその存在を確認し、じいっと目を凝らすアダマくん。その姿を見ていると、こっくんが瞳を輝かせながら私の付与の力について研究している姿を思い出してしまい。糸くんにお願いを。壁を見えるようにしてみると、わずかに驚いたようにアダマくんは身を引いた。けれどそれも一瞬。さっきよりも壁に近づいたかと思えば、アダマくんは突如手のひらから火を出し。


「っちょっ!?」

「……有り得ない強度だな。俺の法術で傷どころか痕一つ付かないか」


 そのままその火の玉を壁へと放った。その程度であれば傷一つ付かないが……いやいや、なんで急に攻撃!? と驚いたものの、どうやら壁が気になりすぎて検証したかっただけらしい。恐らくは糸だから火の攻撃に弱いのでは、と火の法術を使ったのだろう。尚、別にそういう弱点は糸くんにはなさそうである。今の攻撃で特に法力が持ってかれた感じもしない。


「……普通の結界と違って、お姉さんの法力と直接繋がってるっぽいから。お姉さんが法力を枯らさない限りは鉄壁の守りになってるはず」

「……ほう? 大きさはどこまでだ」

「村一つはいけた。当然消耗は激しかったみたいだけど」


 というよりは攻撃で糸くんが消耗する、ということは今までなかったような。大きいのを作りすぎて疲れた……とかはあったような気がするが、あの霧雪大蛇の時も冷ややかなものは感じたものの私の法力が削れたという感覚はなかったし。

 私がそんなことを思い出しているうち、こっくんがアダマくんに籠繭のことを解説してくれていた。私が説明すべきことかもしれないが、これも一つの二人が仲良くなるきっかけになるかもしれない。と口を挟まず見守っていると、想像以上に二人の話は盛り上がっていき。


「……それに俺の予想が正しければ、もしかしたら法力関係の攻撃は……」

「しかし人と人との法力は……」

「それがお姉さんの力だと……」


 最終的に何やら早口で話し込み始めてしまった。こ、これが研究者というものなのだろうか。私の力について研究しているときのこっくん、その二倍以上の熱量を二人から感じる。全く聞き取れない二人の会話に気圧され二歩三歩と後ずさると、いつの間にか背後に居たシロ様と並んでいた。とはいえ瞳を細めているあたり、シロ様は二人の会話を聞き取れていそうだが。


「……こっくん、楽しそうだね」

「同じレイブ族で研究熱心な質も似通っているのだろう。まぁ優秀なレイブ族は皆そうだ」

「…………!」


 どんどん盛り上がって、ついには私の壁を研究材料に色々検証しだした二人。ひとまずこの門の前にある壁以外はとっぱらっていいだろうか……と一部の糸くんを解きつつ、私はいつになく楽しそうなこっくんの姿に思わず微笑んでしまった。

 知を搾取されるだけじゃない。こういう風に高め合えるという体験を、同じレイブ族の人と出来てよかった。家族とのトラウマがこの貴重な体験を、永遠にこっくんから取り上げることになるのはあんまりにも残酷だから。恐らくは私と似たようなことを考えていたのか、シロ様も心なしか穏やかな表情を浮かべている。……或いは、だからだろうか。シロ様はそこで、恐らくは彼にとっての失言を零した。


「……なんだ」

「そうだねー、こっくん優秀だもんねー?」

「…………」


 先程のシロ様の発言は、こっくんが長老たるアダマくんと比べても遜色ないくらい優秀であると思っていることを自白したことも同じで。にまにまと口元を緩めれば、照れからかシロ様はぷいと視線を逸らしてしまう。別に照れなくてもいいのに。身内贔屓と呼ばれようと私だって同じことを思っているし、なんなら私の方が酷いまである。


「……優秀だよ。こっくんも、シロ様も、ヒナちゃんもアオちゃんも」

「…………」

「でもさ、どれだけ優秀だったとしても……やっぱり大変なことには巻き込まれてほしくないかなぁ」


 なんせ私と言ったら、皆がとっても優秀だと思っている上で。その上で、これ以上特に大変な思いをすることもなく幸せに生きてほしいと願ってしまっているのだから。胸に過ったのは、推定神様である彼女から落とされた新たな……予言? お告げ? まぁなんでもいい。大事なのはあの言葉がずっと私のどこかで、引っかかっていること。

 溶けた雪は花咲いて、姫は革命の旗を掲げ、狩人は瞳を定めなくてはいけない。これが仮にヒナちゃん以外の残りの三人を示しているとして。仮に花咲き、革命を成功させ、瞳を定めたのなら。皆はヒナちゃんのように、強大ながら重い力を背負うことになるのだろうか。それを以て世界を救うことを求められるのだろうか。


「やりたいことやって、ちょっとは苦しい思いするかもだけど……普通に幸せになってほしいって思っちゃう」


 私の気持ちを察してか、腕の中で少しだけ悲しそうに鳴いた柘榴くん。そんな優しい子の頭を撫でつつ、私は瞳を伏せた。世界を救うため、或いはそのヒントを得るため、そして私の夢を叶えるため。世界には平和で居てもらわなきゃ困るという気持ちでアダマくんの手を取ったが、もしかして世界救済の鍵は私ではなくて皆で。私は皆にその重い荷物を背負わせてしまったのだろうか。なんてそんなことを、ちょっと考えてしまうわけで。


「……別に、ついでだ」

「……ついで?」


 だとしたらちょっと、いや大分、胸に来るものがあるよなぁ。なんて今更なことを考えていると、隣から予想外の声が飛んだ。瞼を開けて視線を動かせば、そこには至って平常。いつも通りのシロ様のすまし顔が。彼は未だ糸の壁を前に白熱する二人から軽く視線を動かすと、私を見上げる。見上げて、微笑んだ。


「この世界の情勢が不安定だというならば、どうせ世界を救わないとお前の言う『普通に幸せ』にはなれない。つまり世界救済は誰にとっても道程の一部」

「……誰にとってもかぁ」

「世界が危ないというのに他人事で居られる者が居るのなら、そいつは世界から真っ先に弾かれることになるだろう」


 ……相変わらずシロ様は私の思考の根底を、あっさりと覆すというか。そうか、それは考えていなかった。確かに人が世界に存在している以上、世界が危ないというのは誰にとっても他人事ではなくて。救うために、或いは生き残るために。あがくことは、自分の精一杯を出し切ることは、これからの誰もが通る道になるのだろう。つまり究極、万人にとっての普通になる。

 たとえ強大な力を持っていたとしても、足掻くことは誰にとってもそう。だからそう重く考えるなというシロ様の言葉は、私の胸にしっかりと染み入った。そして思考は次の問題へと動き始める。私が世界を救うために出来ることは何か、何かあるのだろうか。いいや、もし何もないとしても。


「……シロ様、私……一緒に居るね。皆が世界のために必要な存在なら猶更」

「…………」

「一緒に居て、支えるから」


 それでも皆を支えることくらいなら少しはできる気がして。今度は私が微笑みかければ、シロ様はゆっくりと瞳を伏せた。まるでそれでいいと、そう告げるように。それだけのことに自信を貰える。本当に必要にされているのだと思える。少しだけ泣きそうになるような、そんな温かさをもらえる。


「……ならばそろそろ、奴らを止めろ」

「うん……」


 ……しかし悲しきかな、続いた言葉で滲みかけた涙はすんと引っ込んだのだが。うん、確かにそうだ。そろそろあそこの盛り上がっているレイブ族二人を止めなければ、今後の話もユェアン家の話もできそうにない。そして確実にその役目は、シロ様よりも私の方が適任である。

 申し訳ないが最後に残していた壁も解いて。そうして私はそっと、壁が無くなったことに気づかずに熱中する二人へと近づき説得した。そろそろ屋敷に戻りませんか、と。幸い、盛り上がりすぎてしまった二人が素直に頷いてくれたことで私達はお屋敷に、そして本題に入ることが出来たのだった。……レイブ族の二人をこんなに夢中にさせるなんて、糸くんは罪な女である。いや、性別は分からないが。

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