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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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四十二話「ブローサの街」

 天秤が傾く。前夜に不安に思っていた心とは裏腹、それは事前に説明された通り善と言われた方へと傾いていって。先に検査を終えて前で待っていたシロ様が、それを見て当たり前だと告げるように頷く。天秤が完全に傾いたのを確認してか、優しそうな風貌の門番さんが私と目を合わせて頷いた。


「お二方とも問題ないようです。どうぞ街へ」

「あ、ありがとうございます……!」


 狼の獣人なのか、頭の上で揺れるとんがった犬のような耳。成人した男の人に当たり前に生えているそれが、私の目から見れば少し不思議に見えて。けれどまさかそれを指摘するわけにも行かず、私は優しく声を掛けてくれた門番さんに頭を下げた。この世界で初めてシロ様以外の人と話したな、なんて感慨を抱きながらも。


「弟くん、お姉さんから離れないようにね」

「……わかった」

「あはは……」


 恐らく面倒見の良い人なのだろう。やることは終えたと言わんばかりに去ろうとしたシロ様に、優しく注意を促す門番さん。それにぶっきらぼうに頷いたシロ様に、乾いた笑いしか出ない私。もう少し愛想良くしなさい、なんて本当の姉が言うようなことは言えなかった。そこまでのアドリブ力は私にはない。

 リュックを背負ったシロ様が私の方を見る。早く行くぞと訴えかけるその目に頷いて、私は恐る恐ると街への一歩を踏み出した。軽く振り返れば、先程まで応対してくれていた門番さんはもう別の人の対応をしていて。その背中に仕事熱心だな、なんて思えばその瞬間私の頬を桃色の花弁がひらりと撫でる。昨日まで人っ子一人居ない暗い森の中に居た私。けれど今は、日差しが差し込む人々の活気の中に居た。


 ここはブローサの街。千年樹と言われる桃色の木が、一年中咲き誇る街。地図に浮かび上がった文言が、花弁と同じく頭の中をひらめいていく。


 ……さて無事街に入れたところで、ここまでの話をしよう。とはいっても今回は特筆するようなこともなく、至って平穏にここまで来れたのだけど。

 朝起きて、朝ご飯にリンベリーを齧って。そうして昨日の内に纏めていた荷物を背負い、同じく昨日に用意した衣装に身を包む。シロ様と比べると私の履いていたローファーは少し浴衣にあっていなかったけれど、ない物はないのだからどうしようもなかった。それを見ていたシロ様には、街に到着したら買えばいいとのありがたい言葉を戴いたのだけれど。


「ミコ、逸れるなよ」

「うん……あ、裾を掴んでてもいい?」

「好きにしろ」


 その後シロ様の案内によりスムーズに森を抜け、あとは事前に森の外までを調査していたシロ様にまたまた着いていくだけの道順。そこから先は整備された道だったからか、人の影もまばらに見えてきて。まぁ本当にこの通り、ここまでの道中に特筆することはない。こうして街にも無事に入れているわけだし。

 回想終了。シロ様の言葉にありがたく甘えさせてもらおうと、私は前を行く彼の青灰色の羽織を掴む。傍から見たら彼よりも年上に見える私が、シロ様の羽織を掴んでいるのはどう見えるのだろうか。少しだけそんなことを不安に思いながらも。


「えっと、まずは宿……だよね?」


 まぁそんなことを気にしても仕方ない。だって土地勘が皆無の私が、勝手に前を行くわけにはいかないのだから。そう切り替えた私は、人の間を縫うように歩いていくシロ様に問いかけた。どうやらこの辺りは街の入口だからか、人通りが多いらしい。何やら騒がしく賑わっている人々を横目に、私は首を傾げた。確か観光街という話も聞いたし、人が多いのはおかしな話ではないのだろうか。それにしては些か、入り口に人が集中しすぎているような気がしないでもないけれど。


「……いや、風を見るに状況が変わった」

「え? どういうこと?」

「宿は後回しで良さそうだ、ということだ」


 だがどうやら初めての街旅は、予定通りに行かないらしい。私の方を振り返って軽く首を振るシロ様。事前情報では観光街故に宿を取るのが難しく、だから朝の内に取りたいという話だったはずだが。

 状況が変わった、それはどういう意味だろう。入り口に人が集中していたことを言っているのだろうか。けれどどうやら、今のシロ様に説明する気はないらしい。早く人混みから離れようと、足の速度を速めたシロ様。彼の裾を握っている私は、自分よりも短いはずのコンパスで歩く彼に着いていくのに精一杯で。


「……シロ様! っ、どこまで行くの!?」


 早足か駆け足か。人と人との間を器用にすり抜けながらも、シロ様が前へ前へと進んでいく。てくてくなんて、そんな可愛らしい効果音ではない。これはもうひゅんひゅんである。私はもう半ば引きずられるような形で強制的に前へと歩かされ、そうしてそれがいよいよ限界になって叫んだ。この速度はまずい、息が絶えかねない。


「……あまり叫ぶな、目立つ」

「多分全速力で移動してる二人って時点で、結構目立ってるよ……!」


 端的な言葉にいっそのこと泣き言のような声が漏れた。進むごとに、息が切れていく感覚。悲しいことに、私とシロ様には種族という壁がある。貧弱文化部女子高生であった私が、戦闘民族を地で行くような彼に易易とついていけるはずもなく。その声に私が限界なのを漸く察してくれたシロ様は、なんとかそこで止まってくれた。ギリギリセーフである。このまま引っ張られ続けたら、どこかで無様かつ盛大に転んでいたかもしれない。


「っはぁ……っほんと、速すぎるって……」

「……悪かった」


 掴んでいた裾を離し、膝に手をついて失った酸素を求める。浅い呼吸を繰り返せば、徐々に動悸は落ち着いていって。最後に深く呼吸をして顔を上げれば、そこにはバツが悪そうな顔をしてこちらを見つめるシロ様が居る。……美少年はお得だ、そんな顔をされてしまえば許さずにはいられない。

 また顔に負けた気がする。謎の敗北感を味わいながらも、私はそこで辺りを見渡した。途中から着いていくのに必死で周りが見えていなかったから、ここまでどうやって来たのかがまるでわからない。ただわかるのはここが入り口に比べて、さっぱりと人が居ないということ。


「えっとシロ様、ここどこかわかる?」

「……そんな不安そうな顔をしなくても、風の反響で街の大体の地理は掴めている。我から離れない限り、お前は迷子とは無縁だ」

「わー……頼もしいなぁ」


 まさかの迷子、そりゃああんな全速力で向かえばそんなことにもなるだろう。だがそんな風に一瞬過ぎった思考は、すぐにばっさりと切り捨てられた。風の反響が何だかはわからないが、どうやらシロ様は街に入ってからずっと法術を使ってるらしい。前に聞いた時は風で声を集め情報収集をしているとの話だったが、風で地形の把握も出来るのか。なんとも便利な能力である。


「……さっきも言ったが、宿は後回しだ。今、とある理由でこの街から人が流れている」

「とある理由?」

「それに関しては後で話す。今ここで話すには、些かお前の反応に不安があるからな」


 シロ様はどこまで万能として突き抜けるつもりなのか、そう遠い目をしそうになって。だがそこで潜めるように落とされた声に、私は目を丸くした。人が流れる、それはつまり人が街の外へと居なくなっているということだろう。やっぱり入り口に人が集まりすぎていたのは、この街にとっての日常ではなかったのか。

 人が外へ行こうとしている。それには当然理由があるだろう。けれどどうやら私のリアクションが不安で、今シロ様はそれを話せないらしい。一体何が起こっているのか。正直気になりはするが、今話せないということは後で話してくれるということ。それならここは年上として大人しく飲み込んで、先に目的を済ませた方が良い。


「わかった。後で教えてね」

「ああ……それでは、予定を済ませるか」

「え?」


 殊勝に頷けば、シロ様は安堵したように頷き返してくれる。そんな顔をされてしまえば無理矢理聞くわけにはいかないよなぁ、なんて一人胸中でごちつつ。けれどそこで続いた言葉に、思わず素っ頓狂な声が零れる。しかしそんな私を置いて、シロ様は一歩と足を勧めた。和の情緒あふれる、古びた一軒の家へと。


「ここが、魔物の素材を買い取る店だ」

「わー……」


 どうやらあの疾走は目的のない疾走ではなかったらしい。こちらを振り返って着いてこいと言わんばかりに見つめるシロ様に、私はもはや言葉も出なかった。多分シロ様みたいな人を効率厨と、そう呼ぶのだろう。そんなことを考えながらも、私は店へと入っていくシロ様に続いた。今は突っ込む体力がなかったので。

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