四百十六話「刺す無邪気」
「………悪かったな」
「え?」
こっくんを探しに行ったらしいシロ様に置いて行かれた、その後。冷ややかに微笑むアダマくんを前にぷるぷると震えていた私は、しかし告げられた予想外の言葉に目を見開いた。勝手に下がっていた視線を持ち上げれば、その先にはバツが悪そうにそっぽを向く青年の姿が。
ええと、何故急に謝られたのか。というか誰に謝っているのだろう。状況に付いていけず辺りを見回せば、ぱちぱちと瞬きを繰り返してアダマくんを見る美少女が二人。そして軽く目を見開いた後、困ったように微笑んだ教皇様からの目配せが一つ。……ええとその合図から察するに、アダマくんは私に謝っているのか? いや、何故。
「……ええっと、どうして謝ってるん、でしょうか……?」
「お前が巻き込まれた暴走について以外にあるか? それくらいは問わずとも理解できるだろう」
「……謝られる理由が、わからないので……?」
思わず「問いかけは最小限に」なんて里のルールを破って聞いてしまったからか、アダマくんからは若干苛立ったような返答をいただいてしまったが。しかし本当にわからないのだ。シロ様が言っていたように、あの法力同士の干渉による暴走事故は誰のせいでもなかったはず。すなわちアダマくんのせいでもない。そして私に謝ってもらう理由もない。だというのにこの長老様は、何故謝っておられるのか。
「シロ様があの事故は誰に瑕疵があったものではないと。それなら謝られる謂れはないです」
「……俺が想定しておくべきだった、と言っている。理由はわからないが、お前は相当に神の関心を買っているんだ。そのお前がわずかな記憶から神を思い出そうとすれば、こうなることは推測できなかった……とは言えない」
「ええ……?」
恐らくシロ様にとってアダマくんは好ましい対象じゃない、というよりはかなりの警戒対象。かつシロ様の目線は私達以外にとてもシビアだ。そのシロ様が今回の件は誰にも推測できなかった事態、誰の非でもないと言った以上、アダマくんに本当に非はないのだろう。……と私は思っているのだが、彼としてはそうではないらしく。
いや、推測できたか? 推測できるものなのだろうか。それこそ長老様なんて知のてっぺんを統べるような存在なら可能なのか? だとしても、だ。もう事が起こってしまった以上、そんなたらればを語ったってどうしようもないわけで。
「……うーん。でも、できなかった。貴方だけじゃなくて、他の誰も」
「…………」
「だから、謝る必要なんかないんです。それに結果として被害を受けたのはアダマくんの部屋と、シロ様。私は無傷なんだから、謝ってもらう道理もないというか……」
私が言うのもなんだが、起こってしまったことをとやかく言っても無駄なのだ。時を戻せない人間に出来ることは同じ轍を踏まないこと。いやまぁ、アダマくんは人間ではなく幻獣人なんだけれど。というかそもそも無傷だった私が謝ってもらう道理もない。なんせぐーすか寝てただけなのだ。シロ様に謝るならまだ話はわかるが、或いは私がアダマくんに謝るならわかるが、私への謝罪の必要はないだろう。
「……それに収穫はありました。意味も……深くはわからないけれど、なんとなく誰が関わっているのかも」
「………それはそうだが」
「そしてお二人にも、神様の存在を理解してもらえたと思います。元々の目的も成功したんじゃないですか?」
「……そうねぇ。流石にあんなのを見せられると、疑う気にもならないわ~」
だから気にしないでくださいと首を振りつつ、私は今回の収穫について触れる。今回は騒動こそあったが、結果としては元の目的以上の収穫を私達は手に入れることが出来た。元々こちらの目的は私が神様からの干渉を受けていること、それをアダマくんと教皇様にわかってもらうこと。それは二人の表情的にばっちり成功したはずだ。そしてそれだけではなく、私は彼女から新しい伝言を受け取ることにも成功した。
「溶けた雪は花咲いて、姫は革命の旗を掲げ、狩人は瞳を定めなくてはいけない」という彼女の残した言葉。これらの文字列には恐らくはこっくんにアオちゃん、そしてシロ様が関わっている……ような気がする。そしていけない、と言葉を結ぶくらいだ。恐らくはこの通りにしなければ、何かよくないことが起こってしまうのだろう。それがリンガ族のことや、世界への危険に関わっているかまではわからないが……推定神様の言うことだ。何か意味はあるはず。
「となると次はどうするか、ですが……」
「決まっている。お前が見た夢をもう一度引き上げる」
「ええ!?」
しかしヒントを貰ったとて、次どうするかについてはまるで展望が見えないのだが。とりあえず皆にシロ様に頼んで特訓を付けてもらうとか? いや、それで済むならもうとっくにシロ様は瞳とやらを定めているはずだし。なんて悩んでいたところ、私はアダマくんの言葉にぎょっと目を見開いた。この人はまた、同じ惨事を繰り返すつもりなのだろうか。
「それが一番手っ取り早いだろう。だが、俺は二度同じ過ちを犯さない」
「………今度は成功させる、と」
「……それ、出来るの?」
それが一番手っ取り早い、と言われれば確かに否定はできないが。今回も前回も前々回も、私が覚えていられたのは彼女が見せてくれた夢のその断片だけ。しかし全容を見ることが出来れば、真相にはぐっと近づくことが出来るはず。何をすればいいとか、どう進めばいいとか。そんなことを彼女が言っていたかについては……正直自信がないけれど。
一回失敗しているからか、自信たっぷりに言ってのけたアダマくんをアオちゃんがジト目で見つめる。そんな顔をしていてもお姫様なのは置いておくとして、ヒナちゃんも不安顔でアダマくんを見つめていた。どうしよう、うちの子たちのアダマくんへの信用が一切ない。そんな子供たちの正直な目を前に、ちょっとは年長に見える青年は何を思ったのか。
「……お前のところのレイブ族。コク、だったか。アレは法術への干渉が得意だろう。そしてお前の特異な力の研究もしている」
「……そう、ですけど。こっくんを巻き込むつもりですか?」
「まず話を聞くだけだ。多数の触媒が破壊された。その準備も必要だ」
失敗した手前上から目線も難しかったのか、二人の正直な女の子を前に視線を逸らしたアダマくんはそう告げた。成程、こっくんを頼ると。確かにこっくんの頼り甲斐は歳不相応。個人的にはベストチョイスだとは思うが、こっくんがもしあの惨事に巻き込まれたらと思うと少々不安である。
と、そんな気持ちが問いに滲んでいたのがばれたのか。若干気まずそうにしながらも、話を聞くだけと告げたアダマくんは風運で連絡を始める。恐らくは触媒とやらの準備を始めたのだろう。……なんかさっき謝ってくれたからか、若干アダマくんへの畏怖感が薄れたというか。こうして見たらちょっと上から目線が玉に瑕の、可愛げのある青年かもしれない。
「んー、こっくんが居るならだいじょぶかな」
「うん……お姉ちゃんのためなら、コクお兄ちゃんはすっごくがんばるもん」
「うんうん! 長老様より頼りになるよね!」
「ガウッ!」
……というよりは、無邪気に扱き下ろす少女二人のせいでその威圧感が薄れているのか。きゃっきゃと微笑む女の子二人と、そんな二人に同意するように吠える柘榴くん。その一見可愛らしい光景を見て噴き出すのを抑えている教皇様、そしてこめかみをひくひくとさせるアダマくんを私は生ぬるい目で見つめる。天下の長老様も、一応は男の子。容赦のない女子には適わないらしい。




