四百七話「ゲートの中での拾い物」
と、ここまでが黎明の杜に向かうことになるまでの経緯である。ちなみにこっくんによってお外に出された人は、その後教皇様の部下さんに回収されて家に送られることになった。唯一ホテル内へと戻ってきたのはアーシャさんのみ。
その日はそこからアーシャさんと教皇さんを含めた関係者で話し合って、黎明の杜へと向かう日時を決めたりなどした。後は諸々のあちらでの身の振り方を教えていただいたり。とは言ってもそう難しい話ではなく、アーシャさんを通したアダマくんに頼まれた、黎明の杜にて守って欲しい約束事。あちらでは『戒』と呼ばれている決まり事は、全部で三つだった。
一つ、封じられた土地に足を運ばぬこと。
二つ、他者への問いかけは最小限にすること。
三つ、杜で見聞きしたことを容易く外で口にしないこと。
……と、いうことらしい。一番は当然として、二番は知を信条にするが故に生まれたものなのだろうか。簡単に人に聞く前に自分で考えろよ、的な。で、三番目は知識を守るために設けられた戒めだったり?
まぁそんな、裏に込められた意味はともかく。その話を当時真剣に聞いていた私は、二番目以外は守るのがそう難しくなさそうな決まり事だな、なんてことを考えたりしていた。二番目に関しては……うん、私は知識不足が故に周りに色々聞きがちなので気をつけなければいけない。流石にエーナでの時のように、一発アウトで牢屋行きにはならないとは思うが。
「……長老様曰く、黎明の杜への訪れを許すのはミコとその旅の連れである子供達四人、そしてミコの従魔である二匹のみらしいわ。それと、教皇様もとのことです」
「あ、ちゃんとフルフと柘榴くんもカウントしてくれてるんですね……」
ところで今回アダマくんが訪問を許可してくれたのは、私達旅のメンバーのみ。レゴさんやラムさん、ラソーさんはその範囲外となる。ついでアーシャさんも許可は出されなかったらしい。まぁ事件に関わっていない一般人を巻き込むのは無しというアダマくんの判断は正しいと思うので、その辺りに異論はなかった。あくまでその辺りには。
争いの焦点は日時である。アダマくんとしては私が見た夢がよほど気になったらしくその話し合いの直後にはもう来いと仰せだったらしいが、それを私が断固拒否。何故ならば、ヒナちゃんがまだラムさんと十分と言っていいほど話せていなかったからだ。拗れ曲がり曲がった道をなんとか繋いで、十年の果てになんとか出会えた親子。そんな二人にろくな会話の機会すら与えず別れろ、というのはあまりにも心がない。
まぁその後アーシャさんを疲れさせるほど揉めたわけだが……結果として、私の言い分は通った。とはいえ私がアダマくんに口喧嘩に勝ったわけではない。アダマくんの方が件の扉とやらを作るのに十分な触媒?がなかったらしく、他の賢者と呼ばれる人達からストップが入ったからである。
強行突破もできなくは無いが、焦りすぎては逆に後のリンガとの戦いで不利に陥るかもしれない。そう説得されたアダマくんは、渋々ながらもその忠言に従った。それで触媒を用意する数日間は、このズェリへの滞在を許されたという流れである。
そんなわけでお別れ会をやったり、カナミ家の人達のせいで満喫できなかった観光を満喫したり、お買い物をしたり……ラムさんにちゃんとした『娘の絵』を描いてもらったり。楽しかった数日、正確には五日間はあっという間に過ぎていった。
これからウィラの街に向かってミーアさん達に私達の無事を知らせると言ったレゴさんと別れ、ラムさんとラソーさんの間にあった破門が撤回されたのを見守り。次は別の情報を調べるために別の街へ行くのだと言ったアーシャさんに色々ご迷惑をかけたことを謝り。いよいよ今日黎明の杜に行く日がやってきたということで、時間はヒナちゃんとゲートをくぐった今に巻き戻る。
「……暗い」
「ピュ…………」
「お姉ちゃん……」
「だ、大丈夫だよ! アダマくんが法術を失敗したりとかは……ないと思うし」
意を決して胸ポケットにフルフ、左手には柘榴くん。そして右手でヒナちゃんと手を繋ぐという形で、アダマくんが時間をかけて用意してくれたらしい扉を潜った私。その中はなんというか、先程見た外観と同様真っ暗だった。まさに一寸先も闇、と言わんばかりである。光が一切ない。
当然そんな明かりなんて見る影もない暗闇に不安を感じたのだろう。震える声で私のことを呼んだヒナちゃんの手を元気づけるように握りつつ、私は手探りで……いや足探りで?一歩ずつ前へと進んでいく。こんな暗かったら落とし穴とかあったら絶対気づかないな。いや、落とし穴とかは流石にないと思うのだけれど……ていうかどこが出口なのだろう。なんて恐る恐ると道を真っ直ぐに進んで行ったところで、ふと私の足に何かがぶつかった。
「ん……?」
「……? お姉ちゃん?」
「あ、ごめんね。足に何かぶつかって……糸くん、お願い」
恐らくは小石ほどの大きさの何か。それに一度足を止めた私はヒナちゃんに謝りつつ、その何かを拾い上げてみることにした。両手が柘榴くんとヒナちゃんで埋まっているので糸くんに頼る形で、である。しゅるりと伸びていった三本程の糸。それらは危なげなくその何かを拾うと、私の眼前までそれを持ち上げてくれる。……が。
「……見えない」
「……『火の玉』」
「わっ、……! あ、ありがとう、ヒナちゃん」
「えへへ……」
悲しきかなこの暗闇の中ではその姿を認識することすら出来ず。私が肩を落としたところで、暗闇の中にぼっと一つの火の玉が。どうやらヒナちゃんが出してくれたらしい。私のお礼の言葉一つで大層幸せそうにはにかむヒナちゃんの天使力は留まることを知らないな……などと考えつつ、私は今度こそ拾い上げたそれを観察した。
「……これは、宝石?」
「キレイ……」
「そうだね。でも、なんでこんなところに……?」
先程私が若干蹴ってしまった疑惑のあるそれとは、赤い宝石であった。ヒナちゃんの出した炎の光を吸収するように赤く輝く宝石は、見る人を惹き付ける魔性の魅惑を湛えている。ルビーなのだろうか、それともガーネット? 宝石知識が皆無の私では判断がつかないが、少なくとも何カラットと称されるほどの大粒であることは確かであった。……それを先程、足にひっかけた訳だが。
若干冷や汗を垂らしつつ、私は糸くんをゆっくりと動かした。大変恐ろしくはあるが、傷の確認をしようと思ったのである。しかしその後暫く全方角から眺めてみたわけだが、傷は一切と付いていなかった。宝石は一点の曇りもなく美しいまま。もしかして何か特別な宝石なのだろうか? 私の居た世界には無いものだったり? だとして、何故アダマくんの作りだしたゲートの中にあるかが不思議なのだが……とりあえず後で持ち主と思しきアダマくんに渡すとしよう。ついで、傷は多分ないが蹴ってしまったことも謝ろう、うん。
「よし、行こうか」
「うん」
そっと宝石はポケットに仕舞いつつ。なんと、糸くんならばしまっておいたハンカチで宝石を包んでなおかつポケットに優しく収納することも可能なのだ。私の操作がだいぶマシになったのか、元から糸くんが器用なのかについての審議は置いておいて、私とヒナちゃんはまた歩みを進めた。火の玉のおかげか、先程よりも足取りは軽い。……最初から付けてもらうようお願いした方が良かった気がする。
まぁ、過ぎたことはいいとして。そうやって進むこと数分。私達は前方の足元に法陣を見つけた。紫色で描かれた、結構な大きさの円にびっしりと文字が書かれたものである。なんとなくここが出口っぽいような。視線を下げれば、ヒナちゃんも同じことを考えたらしい。キリッとした顔でこくんと頷くヒナちゃん。そんなヒナちゃんを見てか、こころなしか瞳をキリッとさせてフルフと柘榴くんも同時に鳴く。まずい、可愛いが大渋滞だ。
「っ、んん、こほん……。よし、じゃあせーので足を乗せようか」
「うん……!」
あわや萌え死にそうになったのを根性で堪え、私は視線を足元へと集中させる。ヒナちゃんも同じように真剣な顔で俯いたのを確認したところで、私達はどちらともなく「せーの!」と声を合わせた。一歩と進められた二本の脚。それが法陣の上へと重ねられた、その瞬間。
「やっと来たか」
「……えっ」
ぐわんと景色が揺れる、あの時と同じ感覚。けれど今度は根性で目を開けたままにしていれば、景色は歪みと同時に別の者へと書き換えられていって。そしてなにやら部屋のようなものが見えたと思ったその瞬間、私の目の前には長い黒髪を垂らすように結んだ美形の青年が立っていたのだ。……いやあの、どちら様でしょうか?




