四百四話「世界の危機?」
そんなこんなで一瞬話が横道にずれつつも、私は自分がこの世界に落ちてきた時の状況や、かつて見た夢について二人に話すことにした。アダマくんの言う神の穴とやらを通ってきたところにシロ様が居たこと、夢の主が告げた言葉や見せてきた人魚の姿はこっくんやアオちゃんのことを指していたのではないかということ。それら全てを。
まだ何も確証は無い。けれどたしかピリア村で私が夢を見ていた時、シロ様とこっくんは「私の体内で異常な法力の乱れを感知した」と言っていた。あの二人が異常というなら、夢の中の彼女は只者では無い気がするのだ。それこそたとえば……。
私が通ってきたという神の穴を作った、神様とか。
「……も〜。また突飛なことを言い出すわね〜?」
「う、ごめんなさい……」
そこまで話したところで、教皇様には呆れたような視線を向けられてしまったが。しかしこればかりは言い返せない。彼女と会ってからというものの、私は突飛なことしか言っていないので。突然神様か何かなんて言い出せばそれは引かれるだろう。新手の宗教勧誘かと誤解されても仕方ない。
「というかこの世界にそもそも具体的な神様、って存在はいるんですか? あまり宗教についてのお話を聞かないんですけど……」
「そうね〜。まぁ人間や獣人だと幻獣人の長を神の化身のように扱う人も多いわ〜。あとは空に住まうあの人たちを邪神って呼んだり?」
「邪神……」
いや、そもそもにしてこの世界には具体的な神様という存在が居るのだろうか。名前すら聞いたことがないような。と思って問いかけてみたところ、やはり民間の間で知れ渡っている神様の名前は無いらしい。その代わりが族長様や教皇様、アダマくん兼長老様に……シロ様のお父さんだった当主様と。ついで、リンガ族が邪神扱いらしい。その辺について話していた時の教皇様の笑顔は若干黒かったので、あまり深堀りはしない方が良さそうだ。
「でも一応神の存在はムツドリ族においては伝承されているの。それが女神なのも、ミコちゃんの言う通りよ〜」
「えっ……!?」
「うふ。戒律のせいで今は話してあげられないけれど。まぁ、ミコちゃんならその内教えてあげてもいいわ〜」
「あ、ありがとうございます……?」
しかしムツドリ族においては一応神の存在が知られていて、しかもそれは私が夢に見たように女性らしい。こんな偶然、あるのだろうか。いやまぁ二択なのだから、勘で当てたと思われても仕方ないけれど。
それにしても戒律なんて言葉が出てくるあたり、その女神様についての情報は何やら統制されているらしい。何か一般人に知られては不都合なことがあるのか、はたまた幻獣人が神と扱われがちなこの世界で新たに神という存在を教えると世界が混乱するからなのか。どちらにせよ、今話せるものではないらしい。検討はしてくれるらしい教皇様に頭を下げたところで、私の手首が掴まれる。冷ややかで、本当にそこに居るか分からない感触。私の手を掴んだのは、不機嫌そうな表情のアダマくんだった。
「……話を戻す。ミコ、お前は予知夢じみたものをその女に見せられた。そしてお前が向かう先には、夢のお告げに告示した状況の最中にいる幻獣人が居た。合ってるな?」
「あ、合ってます」
「だが夢について覚えているのは断片。正確な記憶はない……と」
「そ、その通りです……」
私と教皇様が話している間黙り込んでいたのは、私のした話を整理していたからだったらしい。話を戻すとアダマくんに言われるのは若干腑に落ちない様な……なんてことを考えつつ、私は赤べこ状態で頷く。どこまで言っても私の話は断片から作りあげた穴だらけの推測でしかない。それをアダマくんは訝しんでいるのだろうか。
「……よし、わかった。お前、里に来い」
「ええっ!?」
が、どうやらアダマくんは私のことを疑っているとかそういうわけではなかったらしく。納得したように頷くと、突然そんなことを言ってきた。さ、里……!? 長老であるアダマくんが言う里って、もしかしなくてもレイブ族の里なのでは!?
「ちょっと長老くん? そんなこと急にミコちゃんに言っても困らせるだけよ〜? それに、里に来させてどうしようって言うのよ」
「ミコが見たという夢、その忘却された部分。その記憶を俺が引きずり出す。仮に出せずともその実験をする。そのためには俺と直接対面することが必要だ」
「出せずとも、って……」
「俺が引きずり出せなければ、どちらにせよ仮説は証明出来る。違うか?」
冗談かとも思ったが、先程の名前呼び強要が冗談ではなかったように恐らくは今回も冗談ではない。何故か突然里に呼ばれることになって呆然としている私を他所に、教皇様とアダマくんが何やら言い争いを始めてしまう。
ええと、成程? アダマくんは私が見た夢の記憶を引っ張り出せる法術か何かに心当たりがあって、私の記憶にそれを使うことで諸々の謎を引き上げようとしているらしい。それには対面することが必要だから里に来て欲しいと、そういうことか。……いや、そういうことかではなく! それ以前の問題が目の前に転がっているのだが。
「で、でも里に行けって……レイブの土地は北で、私達が今居るのは南にあるムツドリ族の大地です。遠いんじゃないでしょうか……?」
「世界の危機だ。扉を作ってやる。それをくぐれば里までは一瞬だ」
「扉……?」
「ちょっと、長老くん……!」
そう、レイブ族の領地は北側で私達が今居るムツドリ族の領地は南側。真逆なのである。現にここまで来るのには結構な日数がかかっているのだ。それをまた逆走しなければいけないのは中々に気が滅入るというか。私のふわふわとした推論を検証するためにそこまでする必要は無い気がする。
けれどどうやら、一瞬で私を呼び寄せる方法があったらしく。『扉』とそう口にしたアダマくんを前に、教皇様は動揺したように声を荒らげた。見たことがないような焦った表情は、その扉とやらがどれだけ重要かを示していて。もしかしてそんな簡単に使っていいものでは無い……? と慌てる私を他所に、二人は言い争いを始めてしまう。
「教皇。貴様もミツダツのババアも、悠長が過ぎる。リンガが動いている可能性があり、すでにクドラは半壊状態。世界が滅びてもおかしくない状況は、目の前まで迫っている」
「…………!」
「幸いにしてクドラの瞳は生きている。そして奴らが消し去りたかったであろう未来の芽達も、な」
……それは言い争いというには、少々一方的に見えたが。どうやら教皇様と比べると、アダマくんは今の事態をとても重く見ているらしい。私の穴だらけの推論すらも一つの手がかりとして追い縋ろうとするほど。クドラが半壊。その言葉に私はぎゅっと手のひらを握り締める。そうだ、事態はもう私がこの世界に落ちてきた時から深刻なのだ。
「だがそんなのは状況が多少マシになる一手でしかなく、既に俺達は連中に何歩と遅れを取っている。これ以上手をこまねくわけにはいかない」
「……それで、秘術を」
「ああ、お前も来い。戒律だなんだと言っていないで神とやらの話を聞かせろ」
戒律も、秘密も、守っている暇はないほどに追い込まれている。アダマくんはきっとそれを、この世界で誰よりも正しく認識しているのかもしれない。だから私の穴だらけとは言え、可能性がゼロではない推論について真剣に考えてくれていた。私の話をちゃんと聞いてくれていた。その振る舞いからは、幼い見た目ながら確かに長老と呼ばれるだけの風格が感じられた。
「……わかったわ。でもソウちゃんの前でババアとか言っちゃダメよ。海に沈められちゃうわ」
「先にあいつが地に沈む」
「もう〜」
目隠し越しのアダマくんの、冷ややかながらも真っ直ぐな視線。それに何を思ったのか、最初は反対の姿勢を見せていた教皇様は仕方なさそうに肩を落とした。どうやらアダマくんの誘いに乗ることにしたらしい。意外と根元では仲がいいのだろうか、なんて苦笑を浮かべつつも私は教皇様の言葉に深く頷いた。
ソウちゃん。それは多分ミツダツの族長様を示していると思うが、あの完成されきった美貌を持つ方にば……なんて言ってしまうとは。アダマくんは目が付いてないか、余程の命知らずである。いや、目隠しをしているから本気で前者なの……か?




