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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十一章 春雷を以て全てを
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三百九十七話「向かうはレイブ族の住まう地」

「……ええと、これを通るん、ですよね?」

「そうよ〜? ふふ、怖いかしら」

「……は、はい。ちょっと」


 広々とした一室に置かれた、黒い扉のようなもの。壁に隣接しているわけではなく、ぽつんと部屋の真ん中に置かれたそれの姿には先程から違和感しか感じられず。しかも本来であれば開いた先に空洞しか残らないはずの扉の先は、先程から何やら禍々しい渦を描いている。たとえばそう、ゲーム何かで出てくるようなワープゲート?のように。

 先に何が通じてるか、外見からでは全く判断できない未知の物体、物体……?を前に思わず気圧されてしまった私。するとそんな私の恐る恐ると言った声からその不安を見抜いたのか、教皇様は優しく微笑んでみせた。……いや、流石にその笑顔だけで誤魔化すには無理があると思うのだが。


「……大丈夫だよ、お姉さん。神々の時代の秘具を使って、尚且つ『長老』の四属性法術で力を与えられたゲートだ。時空断裂のアレとは比べようもないほど安定してる」

「そ、そう、だよね……」

「……いやまぁ、そういう問題じゃないんだろうけど」


 すると怯えた私を見かねてか、倫理的に説明して安心させようとしてくれたこっくん。だが私の震えた声を前に、その説明はほとんど意味をなさないと気づいてしまったらしく。眉を下げたかと思えば、どう慰めたものかと考え始めてしまう。こっくんよりも年上だと言うのに、情けなくて申し訳ない限りである。しかしどうしても、この扉への恐怖心は拭うことが出来ない。


「ミコ姉、あたしが手繋いだげる! それなら怖くないでしょ?」

「あ、アオちゃん……!」

「待て、我の方がいいだろう。ミコもその方が安心するはずだ」

「はぁ!?」

「し、シロ様……」


 絶対突如襲ってきたあの時の時空断裂の方が数倍危険で、なおかつ恐ろしいものであったはずなのに。いやまぁあの時も怖がってはいたのだけれど、いまいち外の様子とか構造が見えなかったから大丈夫だったというか。そんな毒にも薬にもならない言い訳を頭の中で並べたところで、私は突如伸びてきた救いの手に思わず涙目になってしまった。怖いなら手を繋いであげるからと、手を差し伸べてくれたアオちゃん。その姿はお姫様というよりは王子様めいていて。しかしその誘いに有り難く乗ろうとしたところで、突如戦いのゴングは鳴り響いてしまい。

 その、アオちゃんでもシロ様でもどちらでも有難いので、喧嘩をやめて一緒にこの扉を潜ってはくれないだろうか。けれど言い争いを始めた二人はこちらの声など聞こえていないらしく、元気に戦争中。……仕方ない、一人で通るしかないか。この扉を通れば無益な争いも止むだろうと、そう覚悟を決めて一歩踏み出した私。そこで、脚の辺りにもふもふとした感触を感じる。……ああ、そうか。


「ガウッ!」

「ピュイ!」

「あ、柘榴くん……抱っこしろってことかな? フルフは……ポケット入ってようね」


 そういえば恐怖心のあまり二匹のことをすっかりと忘れていた。私でも抱っこできるサイズになって鳴いている柘榴くんと、自分も居るぞと言わんばかりにその背に身を預けるフルフ。どうやら怖がってる私にくっついてくれようとしているらしい。そんな男前な二匹をそれぞれ抱き上げたところで、私は胸ポケットに入ったフルフが何やらもぞもぞと動いていることに気づいた。

 なんだろう、左側に身を捩っている? その動きに違和感を覚えて左の方へと振り返れば、その先には涙目のヒナちゃんが。黒い扉が怖くてなるべく距離を取っているのか、部屋の隅っこに縮こまっている。自分のことで精一杯だったが、ヒナちゃんもヒナちゃんで怯えていたのか。つまりフルフが伝えたかったこととは、ヒナちゃんも連れていけとそういうことらしい。相変わらず面倒見のいい毛玉だと苦笑を一つ、私はゆっくりとヒナちゃんへと歩み寄っていく。そして。


「……ヒナちゃん」

「! お姉ちゃ、」

「その、情けない話なんだけど。この扉さ、通るの怖くて。良かったら私と手を繋いでくれないかな?」

「……!」


 手を差し伸べれば、涙に濡れた赤い瞳は見開かれて。ただでさえさっきまでのあれこれで赤く腫れていたのに、これ以上泣いてしまえばきっと翌日は土偶のようになってしまうだろう。そんなヒナちゃんも可愛いだろうが、年頃の女の子にそれは辛いだろうから。……というのは、私もあの扉を恐れている以上言い訳に過ぎないかもしれない。しかし幸いにも、そんな情けなさは目の前の少女には伝わらなかったようで。


「……! うん!」

「ふふ、ありがとう」


 涙目から一転、可愛らしく微笑むとヒナちゃんはぎゅっと私の手を握ってくれた。私と一緒なら大丈夫だと、素直に語る表情に僅かに感じるプレッシャーを飲み込む。だ、大丈夫、大丈夫。こっくんもああ言っていたし、怖いことなんて何も無いのだ。少なくとも怖いというこの感情を、ヒナちゃんに気取られるわけにはいかない。

 左手に柘榴くんを抱っこ、胸ポケットの中にはフルフ。そして右手はヒナちゃんと繋ぎ。私は再び、禍々しい扉……転移門なる長老様が作ったゲートの前へと舞い戻った。背後からは未だに続くシロ様とアオちゃんの言い争いが聞こえ、さらにその後方からはこっくんの心配そうな視線が突き刺さる。一応こっくんの方には振り返り、大丈夫だと若干引き攣った笑顔を見せておく。そして私は、ゲートのすぐ側に立っていた教皇様へと視線を向けた。


「……では、通りますね」

「ふふ、頑張れてえらいわ〜。じゃあ、お先にどうぞ?」


 相変わらずの柔らかい笑みにやはり引き攣った笑顔を返し。私はそのまま、ゆっくりとゲートへと歩みを進める。この先に待つはレイブ族の重鎮や古くから続く一族が住まう大地らしい、『黎明の杜』。ゲートを通るのもそうだが、いよいよ長老様……彼との『ちゃんとした』対面となるのだと思うと緊張する。しかしそれら迷いを振り切り、私はヒナちゃんと共に暗黒色の扉を潜るのだった。











 ……さて。何故こんな禍々しい扉に覚悟を決めて入るようなことになったのか、何故突然レイブ族のお膝元に向かうことになったのか。ついで、あのあとヒナちゃんは遠回しに「自分と暮らそう」と言っていた二人にどんな言葉を返したのか。それを説明するためには、時刻を数日前に巻き戻さなくてはいけない。

 まず時系列順に、つまりはヒナちゃんのことから順々に追って説明していこう。あの日、ヒナちゃんが告げた「わたし……」という言葉。それに続いた発言は、こうだった。


「わ、わたし……! もうお姉ちゃんと、いっしょじゃダメなの……!?」

「……えっ?」


 泣き崩れてしまいそうな表情を浮かべた少女。ヒナちゃんが今揺れている自分のこれからについてどれほど理解出来ていたのか、それは私にもわからないけれど。ともかく、言い争いを始めたラムさんと教皇様を前にヒナちゃんが最初に心配したのは、「これからは私と一緒にいてはいけないのか」という点についてで。唐突すぎるその発言に、緊張感が漂っていた部屋には呆然とした空気が流れたのだった。

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