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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十章 顔も知らぬ娘に捧ぐ
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三百九十四話「勇気の一羽」

「っ、ダメ……!」

「……! ヒナちゃん……」


 その時だった。するりと、羽ばたいた鳥が落とした羽のように手のひらからすり抜けて。私が止める声すらも聞かないまま、ヒナちゃんが駆け出して行ったのは。地面に崩れ落ちて絶望からか恐怖からか歯をガタガタと揺らした従兄弟のお兄さんと、教皇様の間に少女は立ちはだかる。そしてすっと、懇願するように教皇様を見上げた。


「……つばさがなくなったら、あの人たちはどうなり、ますか」

「…………」

「わたしでも、わかります。わたしたちはきっと、つばさがなくなったら……生きて、いけない」


 震える声で、後ろの彼を庇うように。或いはカナミ家に落とされた沙汰の減刑を願うように。その行動は、先程のヒナちゃんの発言を思えば矛盾しているように思えた。ヒナちゃんは先程自分にされたことは許しても、ラムさんやついでに私にしたことは許さないと、そう従兄弟のお兄さんを含めるカナミ家の所業について話していた。なのに今は彼らの中でも主犯格と言っていい祖父と叔父のことを、庇おうとしている。

 けれど私にはそれが、矛盾だとは思えなくて。きっとヒナちゃんのようなムツドリ族だけがわかるのだ。自分達にとって翼を奪われることが、どれだけ辛いことなのかを。ヒナちゃんは彼らが罰され、二度とラムさんを傷つけないことを望んだだろう。さりとて命に近しいものを奪われることまでは望んでいない。だから今ああやって、直談判をしようとしている。自分よりも強大だとわかっている存在に、一人で挑もうとしている。


「……ええ、賢い雛さん。その通りよ。でも、それだけのことを彼らはしてしまったの〜」

「…………」

「貴方が許すと言っても、許さない人が両手では数え切れないほどに居る。それだけのことを、し続けてしまったのよ」


 恐らくはその意図を汲んだのだろう。或いは雛鳥の小さな勇気を評価したのか、そこまでは彼女と初対面の私ではわからなかったけれど。返ってきた教皇様の声は存外優しくて、さりとて告げた言葉には一切と容赦がなかった。彼らへの断罪を甘くするつもりはないと、炎のような瞳は真っ直ぐに語る。

 それだけのことがどれだけのことかなんて、私には分からないけれど。少なくともカグラという過去の英雄の名前だけでは誤魔化しが聞かないような、それだけの罪を彼らは重ねたのだろう。アーシャさんの話では、幻獣人は欲に負けない。だからこそ正しい統治が出来ているとのことだったが、どうして彼らはそこまで落ちてしまったのか。


 ……やはり、愛という信念を捨ててしまったからなのだろうか。それなら信念を捨てた幻獣人は、皆彼らのようになってしまうのだろうか。そもそもどうして、かつてカグラという英雄を育てるほど愛にあふれていたであろうカナミ家が、その信念を捨てるに至ったのか。今回の件はよくよく考えてみれば分からないことだらけだった。


「……貴方に翼をくれた彼女は、とても優しい人なのね〜。きっと当たり前に自分に酷いことをした誰かを許す、そんな人なんでしょう?」

「……!」

「だから貴方もそう在る。在りたいという願いが貴方を形作る。けれど、時に許してはいけないこともあるの」


 けれど私のそんな思考は、突如として向けられた視線で強制的に止められることになる。ヒナちゃんに翼をくれた『彼女』? それは教皇様の視線から察するにもしかしなくても、私のことを指していたりするのだろうか。なんかヒナちゃんもはっとしたように顔を上げて、私を見ているし。いやいや、そんな翼をくれた……なんて大袈裟なことを私はしていないし、言うほど優しい人間でもないのだが。


「貴方が許すのは貴方の勝手。でも、貴方が許すからってそれを誰かに強要してはいけない。それはわかるわね〜?」

「……うん」

「そして、許さないことが次という例を作らない。皆にとって優しい未来へとなるの。だから、貴方のお願いは聞いてあげられない」


 過剰とも呼べる持ち上げに内心慌てる私を他所に、しかし二人の話は進んでいく。……許さないことが次という例を作らない。それが皆にとって優しい未来になる、か。確かに犯した罪には正しい罰を。そうしなければ世界のバランスはどこかで崩れてしまう。どこかで苦しむ人が生まれてしまう。今回、ラムさんやヒナちゃんがそうであったように。

 ヒナちゃんの加害者を許すことが出来るという心はとても強くて、けれどそう出来ない人が正しくない訳では無いのだ。むしろ許せなくて当然で、必要以上の罰を受けて欲しいと願うことすらも当たり前のことで。だからヒナちゃんの考え方を周りに押し付けてはいけない。誰かを守るためには正しい沙汰を下さなければならない。教皇様の伝えたいことは恐らくはそういうことなのだろう。それをヒナちゃんの価値観を尊重しながら、伝えてくれた。


「……けれど貴方の言葉は今、誰かの心を変えたかもしれない。だから、そんな叱られたような顔をしないでほしいわ〜」

「え……?」

「ふふ、私があそこのこわーいお兄さんに怒られてしまうし、ね?」

「! し、シロお兄ちゃん……! わたし、わたし、だいじょうぶだから……!」


 その説明で納得は出来たけれど、自分の言ったことが正しくなかったと思ったのか。教皇様の言葉にヒナちゃんは、しょんぼりと顔を下げてしまって。けれどそれは、宥めるような優しい笑い声でゆっくりと持ち上げられていく。生憎とその『誰か』は、続いた教皇様の言葉でヒナちゃんの中から忘れ去られてしまったようだけれど。

 ……でも、私は見ていた。ヒナちゃんの後ろに隠されていた従兄弟のお兄さんの表情が、利己的で打算と保身に塗れた大人のものから、夢から覚めた子供のようなものに変わっていたことに。慌てたようにこちらに近づいてきて、そしてシロ様を宥めるように手を握るヒナちゃんの姿をじっと見つめては、唇を噛み締めていたことに。


「……ね、ミコ姉」

「……うん、変わってくれるといいね」


 同じものを見ていたのだろう。こっそりと期待を孕んだ声で囁きかけてきたアオちゃんに、私もゆっくりと頷いた。かもしれないは所詮かもしれないに過ぎなくて、彼の心が本当に変わったかなんてことは彼自身にしかわからないことだ。けれどどうか、今のヒナちゃんの勇気が何も意味の無いもので終わらないことを。歪んだ環境に歪められた彼が、ムツドリ族という種族本来の支えを取り戻せることを。それらを、口には出さずに祈った。数十年後外に出てきた彼が何かを恨んだりはせず、祖父や父と同じような道は歩まないようにと。


「さてさて、それじゃあ事情聴取とまいりましょうね〜」


 と、それでここでの話は決着したらしく。その後私達四人に、ラムさんとラソーさん。そして従兄弟のお兄さんは事情聴取ということで教皇様に連れられていくことになったのだった。ちなみに、従兄弟のお兄さんだけは途中で合流した教皇様の部下らしき人に別の場所へと連れられていった。牢屋にでも連れていかれたのかもしれない。……で、残った私達がどこに連れていかれたかと言えば。


 「……その、ここは」

 「うふ。私とイファ家のお嬢さんが宿泊してるホテルよ〜」


 目の前にそびえだつは白く輝く宮殿のような雰囲気の、妙に高級感溢れる宿泊施設。明らかにドレスコードとかが存在しそうなそんな場所に、私達は連れていかれたのだった。……ここで、事情聴取?

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