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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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三十九話「説教が終わりまして」

「とにかく、軽率な真似はするな。あと幼子のようにそれを隠すな」

「ハイ……」


 古びた床に正座して体感数分程。締めのように告げられたその言葉に、私は頷くしかなかった。足こそは痺れなかったが、心は割とズタボロである。なんせシロ様のお説教というのは、その十割が正論で構成されているのだから。

 やれ後先をもっと考えて行動しろなど、やれ仮にやらかしたとしてもその日の内に話せなど、ごもっともなことばかり。シロ様の説教は当て擦るようにしつこいわけでも、ましてや暴力を伴うわけでもない。淡々と何が悪かったのか、それを私に告げては良くないと注意するだけ。いやまぁ、それ故に罪悪感と情けなさが湧いてくるというわけなのだが。あと顔が怖い。本当に怖い。美人怖い。


「……それで? 体に不調は?」

「……え?」

「話を聞く限り、お前の身に起こったのは法力の過剰使用による喪失反応だ。人によっては、数日倦怠感を引きずる人間も居ると言う」


 ぶるりと震えて顔を青褪めさせて。しかしそこで矢継ぎ早に問いかけられたことで、私の顔はぽかんと間抜けに染まる。かじょうしよう、そうしつはんのう。名前を聞く限り、体力が持っていかれてしまってぱたり、みたいなことだろうか。しかし私は確かにあの日一時的に倒れ込んでしまったものの、今はすこぶる元気である。なんなら倒れ込んでから数十分ほどで気力を取り戻した。恐らく、シロ様が今語ったような引きずるタイプではない。


「元気だよ! シロ様の服も作れると思う!」

「ピュ!」


 ぐっと握り拳を握ってシロ様を見遣れば、それと同時にフルフがシロ様の膝の上で跳ねる。恐らく、布なら作るよみたいなニュアンスの鳴き声なのだろう。私達にこの子の言葉はわからないが、時折この子は私達の言葉をわかっているような動きをする。まぁ先程のような難しい話の時は、さっぱりのようなのだけど。

 ……ちなみに先程の極寒説教の最中、フルフはそのオーラを放つシロ様の膝で呑気に寝こけていた。退屈だったのはわかるが、正面に居た私としては少々その図太さに戦慄したものである。この子の生存本能というものは死んでいるのかもしれない。


「……お前の話を聞いた後だと、頼むのは些か気が引ける」

「でも、どうしようもないでしょ?」

「それは、そうだが」


 先程のすやすやと眠るフルフを思い出しつつも、私はそこで眉を寄せたまま言葉を零したシロ様に苦笑を向けた。恐らく私が心配で、だからこそ頼み辛いのだろう。だがそうは言っても、本当にどうしようもないのだ。

 私は裁縫が好きだが、作るのはもっぱら小物ばかりで人が着るような服を作った経験は少ない。友人のコスプレ衣装作りを手伝ったのと、浴衣を作ったことくらいだろうか。しかもそれも、友人のスマホを見ながらの作業。つまりは私にはほとんど、服飾の知識はないのだ。だからこそ、服を作るなら私の糸くんに頼んだ方が勝手が早い。少々悔しくは、あるけれど。


「それにあの一回目で、ちょっとしたコツも掴めてるかもだし……ね?」

「……わかった。悪いが頼む」

「ピュ!」


 重ねるように何度も宥めれば、ようやくシロ様の天秤は私よりも利に傾いて。渋面を浮かべた美少年は、渋々と告げるように頷く。それにまた任せろと言うように鳴いたフルフに苦笑を浮かべながらも、私は内心ほっこりとしていた。不謹慎ながらも、シロ様が躊躇ってくれるのは少し嬉しいものだ。だってそれは、私の身を心配してくれているということなのだから。


「……じゃあ作るんだけど……この世界における一般的な服装って、どんなの?」


 だがそうやっていつまでもにやにやと喜んでいるわけには行かない。軽く頭を振って邪な考えを追い出しつつ、私はそこでシロ様へと問いかけた。確か前に、私の格好は奇妙だとシロ様が言っていた気がする。それならば恐らく、私の着ている夏用のセーラー服はこの世界に置いて一般的ではないのだろう。

 ともすればシロ様の格好から考えるべきなのだが、それもまた特別な仕立てだと先程シロ様自身が言っていた。そうなれば、一般人が着るような服はどんなのなのか。やっぱり現代日本では一般的な洋服よりも、和服がスタンダードなのか。問いかけた私に、シロ様は一瞬考え込むように目を伏せて。


「先程お前が作った浴衣。今の時期であればあれに羽織を着る者が多かった……記憶がある」

「……曖昧だね?」

「クドラ族は里からあまり出ないからな。我が出たのは四年前のこの時期、その一度のみだ」


 そうして返ってきたのは、しかしシロ様にしては自信のない一言である。それに首を傾げて、けれど再び返ってきた返事に私は納得した。ここでサバイバルをしていると見た目以外はとことん野生児なシロ様だが、実は王子様なのである。私の認識でも、あまり高い身分の人間が外をふらつくイメージはない。


「じゃあ私も、セーラー服よりはこっち着てった方がいいってことかな?」

「悪目立ちは避けられるだろうな。だが、羽織はあったほうが良い。布一枚で歩く女だと、おかしな難癖を付ける輩も居ると聞いた」

「あー……そういうの、こっちにもあるんだね」


 だがそんな曖昧な話でも、収穫がゼロというわけではなかった。ちらりと膝の上へと視線をやって、倒れさせていた浅葱色の浴衣をひらりと揺らす。漢服と和服が入り混じっている時点でなんだかめちゃくちゃのような気もするが、それでもこの世界にセーラー服はないのだろう。それならば時期も揃っているし一昨日に作った、この浴衣を着るのがいいのかもしれない。

 悪目立ちは避けられると、私の言葉に頷くシロ様。しかし続いた言葉を聞くに、これ一枚というわけにはいかないらしい。やはり女性が薄着をしていると、良くない因縁を付けてくる人間はどこにでも居るのだ。どの時代でもどの世界でも、それは変わらないのか。


「お前の羽織と、我の浴衣。……任せきりになるが、無用な争いを避けるためには必要だ」

「ふふ、そんなに気にしなくてもいいのに。任されました」


 ともかく、話は纏まった。シロ様の浴衣と私の羽織を作る。糸くんに任せきりにするならば素早く仕立てられるが、私の体力がどこまで持つかによるなぁなんて考えつつ。相変わらず任せきりになることに渋い顔をするシロ様を置いて、私はリュックを探ろうとした。布は数種類ほどあるが、どの布を使うべきか。多分シロ様なら、どんな色も似合うだろうけど。


「ピュ! ピュ!」

「っわ、!」


 だがそこで背中にダイレクトアタック。痛くはなかったが、感じた衝撃に思わずよろける。足元を整えつつ振り返れば、そこには抗議するかのように繰り返し鳴くフルフが居た。短く鳴いては、その生き物は私の足に突撃を繰り返している。流石に何度も背中まで飛ぶほどの跳躍力は、持ち合わせていないらしい。一度だけでも相当だとは思うが。


「えっと……どうしたの?」

「ピュ、ピュー!!」


 これ以上突撃を繰り返されても困るので持ち上げたが、突撃はやめさせても抗議のような鳴き声はやまない。訴えるように茶色のまんまるな瞳が、こちらを必死に見つめる。その目は私と、そしてリュックを見ているような気がした。

 シロ様の何をしているんだと告げるような視線が刺さっている気がするが、抗議しているこの子のためにとりあえず考えてみる。今しがた私がリュックから取り出そうとしたのは、布。そしてこの子には、布を作る力がある。更に言えば先程まで、任せろというように元気良く鳴いていた。そこから察せることと言えば、つまり。


「……シロ様の服の布、作りたいの?」

「ピュ!!」


 正解だったらしい。キラキラと輝いた茶色は、少し眩しいくらいだった。それに苦笑を浮かべつつも、私はそこでちらりとシロ様へと視線を向ける。これから服作りに法力を使う以上、私の法力を無闇に減らすわけにはいかない。だがこの子が服を作るためにはご飯と、そして法力が必要なのだ。

 私の視線を、シロ様が胡乱げに受け止める。しかし苦笑を浮かべて頼むように見つめれば、彼は眉を寄せつつも溜息を吐いた。了承の合図である。立ち上がったシロ様が向かったのは、扉の方で。どうやらまずは、ご飯を用意するつもりらしい。


「……とりあえず、先に食事にするぞ」

「ピュピュ!」


 シロ様の言葉に、ぐるりと体の向きを変えて今度はシロ様へと突撃していくフルフ。文字通り目の色を変えるような動きだったな、と苦笑しつつ。置いてかれてしまった私は、少し遅れて二人へと続いた。鬱陶しそうにしているが、なんだかんだシロ様は面倒見が良いんだよなぁ。なんて、そんなことを考えつつ。

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