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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十章 顔も知らぬ娘に捧ぐ
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三百七十六話「二組の父娘」

「……こっくん、お願いしてもいいかな?」

「え、」


 噴水前のベンチに座ったまま、少しの間だけ続いた沈黙。けれどそれは、私の一言で切り開かれることになる。少し考えた末に私が出した結論は、『ラソーさんの話に乗ること』。そういう意味でこっくんに頼めば、彼は少し戸惑ったような声を漏らして。そんなこっくんと、ついでにまさか引き受けてくれるとは思っていなかったのか瞳を瞬かせたラソーさん。その二人を納得させるため、私は口を開いた。


「……その、ラソーさん。先程もお話した通り、私達はラムさんに聞きたいことがあるんです」

「……? はい」

「けどそれはきっとラムさんにとって辛い記憶で、もしかしたら出会ったばかりの私達相手には話しきれないこともあるかもしれなくて……」

「……はい」


 よくよく考えなくても、ラソーさんの提案。すなわちラムさんの奥さんの両親の裏を暴き、それを警備隊に伝えて娘さんを保護するという作戦。私達はそれに協力するべきなのだ。私達が彼に聞きたいと考えていることを思えば、当然。

 ラムさんは当時枯渇死の犠牲者となった凶悪殺人犯によって殺されかけ、逃げ切ることは出来たもののその代償に脚を失うことになった。それはどれだけの絶望であったことだろう。今でも思い出すのはとても辛いことであるはず。そんな話を私達は彼に聞こうとしているのだ。ラムさんがいかに人格者であったとしても、会ったばかりの信用ならない人間。それも私達のような子供に当時の話を聞かせてあげようと、そう容易く思う事ができるだろうか。


「その、なので。その辺りの情報も全てラムさんが話してくれるよう誘導するか、或いはラソーさんが私達の代わりに引き出してくれるなら。それならそのお話、お受けします」

「……!」


 だが、もしラソーさんの提案を受け入れ。そしてラムさんの娘さんを救うことが出来たのなら? なおかつラムさんの弟子であるラソーさんに恩を売り、話をするように促して貰えたのなら? 本来普通に聞くことも難しいであろうその話を、詳細に話してくれるのではないだろうか。彼らの恩人に、なることができたのなら。


「……何となく察しは付きますが、その先生が話すことが難しそうな話って」

「……はい。ラムさんの下半身が不随となった事件の、犯人についてです」

「なる、ほど…………」


 なんてこう話してしまうとかなり、打算的な考えだとは思うけれど。でもこれなら、ラソーさん達を助けるという言い訳にもなる。優しいこっくんに、助けたいと思った人を誰かのために諦めるなんてことをさせずに済むのだ。真剣にラソーさんを見つめ、返答を待つこと数秒。ラソーさんは躊躇うように、言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。

 まぁここまで話してしまえば、私達の聞きたいことにも多少検討が付くことだろう。隠して交渉をするのは不誠実すぎると考えた私は、正直にラムさんに聞きたいことをラソーさんに伝えることにした。当時の事件についてのことである、と。するとラソーさんは暫く考え込むように俯いて。そして。


「……わかり、ました。正直その時期について先生が口を開くことは一切ないので、とても難しいと思います。ですがそれで、先生と娘さんが助かるのなら」

「……!」

「何があっても僕は、先生の口を割らせます」


 そう言ってくれたのだ。重い前髪の下から、綺麗な緑色の瞳に強い意志を湛えさせて。弟子である身のラソーさんからすれば、ラムさんの機嫌を損ねるのはとても怖いことのはず。だというのに師匠とその娘さんの身を案じて、悪者を買って出てくれている。……きっとラムさんはこんないい弟子をもてて幸せなのだろうな、なんてことをぼんやりと考えた。


「……そしてここまでミコさんが正直に話してくれたのなら、僕も伝えなくてはいけないことがあります。なのでどうか、この話を聞いてから受けるかどうかを決めてくれないでしょうか?」

「え……?」

「意図的に伏せていた部分があるんです。先生の奥さんの両親……すなわち、義実家の家について」


 しかしどうやら、まだラソーさん……というよりはラムさんには何か事情があるらしく。申し訳ないと深く頭を下げた後に、ラソーさんは真剣な表情でそんなことを告げてくる。いかにも怪しい、ラムさんの奥さんのご両親。娘さんを預かっている義実家。そこにはまだ何か裏があるのだろうか。私とこっくんの視線がラソーさんへと引き寄せられたタイミングで、彼は慎重に口を開いた。


「……彼らはムツドリ族で、そして昔赤い翼の英雄を育てた栄誉のある由緒正しき家柄なんです。つまり」

「……つまり?」

「彼らと敵対することは、教皇様を敵に回すことになるかもしれない……というわけです」

「…………」


 教皇。それは、ムツドリ族のトップを指す称号だったはず。ミツダツ族でいう族長であり、レイブ族でいう長老。ムツドリにとってそんな存在である教皇を敵に回す。そこまではまだよかった。相手の身分がどうあれ、旅人である私達に大きな影響は無い。最悪逃げてしまえばそれでいいと思うし、そもそもの話同じムツドリ族だとしても暴力でお金を奪おうとするような家を、族長様と同じトップの人が庇うとも思えないと考えたからだ。

 しかし相手がムツドリ族の由緒正しき家柄とは。その言葉に思い浮かんだのは、先日出会った実に由緒正しき家柄らしく、なんの罪もない少女を虐げていたヒナちゃんの元家族という存在。……これは偶然なのだろうか。ラムさんと娘さん、そしてヒナちゃんとまだ見知らぬお父さん。その二組の在り方は奥さんが亡くなっているという点や、ムツドリ族の由緒正しき家柄の者たちが関わっているという点について非常に似通ってるような気がするのだが。


「…………ミコさん? やはり、引き受けるのは難しいでしょうか?」

「……っ、あ、いえ……! 大丈夫です! 引き受けます!」

「え……? 本当に!?」

「はい。ただちょっと、気になることがあって」

「…………」


 けれどラソーさん曰く、ラムさんは娘さんから手紙を貰っている。つまり娘さんはヒナちゃんとは別に存在している、ということだ。つまりこの二件が似ているというのは、結局はただの偶然なのだろうか。などと考えていたことで、何やらラソーさんを不安にさせてしまったらしい。

 顔色を曇らせ、やはり引き受けてくれないのだろうかという表情を向けてくるラソーさん。そんなことはないのだと慌てて手を振りながらも、私は未だその引っかかりを上手く処理できずにいた。恐らくそれはこっくんも同じだったのだろう。マントを深く被り直した少年は、何かを思案するように俯く。きっと考えていることは同じだ。画家ラムとその義実家。ヒナちゃんと、ヒナちゃんの元家族。そこに何か繋がりはあるのだろうか、と。


「気になること、ですか?」

「……いえ、大丈夫です。個人的なことなので」

「はぁ…………」


 とはいえまだ確証がない以上、ヒナちゃんの過去の話を本人の同意もなしに話す訳には行かず。私たちが言葉を曖昧に濁せば、それ以上聞くのも躊躇われたらしい。戸惑ったように頷いたラソーさんは、「ではまず先生と顔を合わせに行きませんか?」という提案をしてくれた。

 確かに。今回の依頼主はラソーさんだが、ラムさんの義実家を調べるためにはラムさんから話を聞くのが近道の一つになるはず。無難な選択だろうとこっくんの方へ視線を向ければ、彼も同じことを考えたらしい。二人で頷き合うと、私達は案内してくれるというラソーさんに付いていくことにしたのだった。

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