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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十章 顔も知らぬ娘に捧ぐ
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三百七十三話「落し物の持ち主は」

 人が人を集団で襲っている。幸いにして人生で経験したことの無いような、さりとて話では聞いたことがあるような。そんな現場を前に、私の脳内は完全に硬直してしまって。けれど正義感かなんなのか、体は咄嗟に彼を助けようとしたらしい。もはや考えるよりも先に、「助けなければ」と一歩と踏み込んだ足。そんな私の足を止めたのは、こっくんだった。


「……『土塊・守護式』」

「ひえっ!?」

「っうお!?」

「な、なんだぁ……!?」


 さっと私の前に手をやり、一度瞳を合わせると同時落ち着けと言わんばかりに頷いたこっくん。そうして私がある程度平静を取り戻した時には、隣の少年はもう動きだしていた。まるで指揮棒を模すかのように、ぐいっと一本だけ伸びた人差し指。彼の発した言葉に空気が揺れたかと思えば、いつかの私のように中心で暴行を受けていた男性は土の塊に体を押し上げられた。狼藉者の手が届かない程度の高さにまで。

 当然、突然のことに驚いたのだろう。ある程度の高さにまで押し上げられた男性も、彼を囲っていた男達も、慄くような声を上げて。そしてこれは誰がやったのかと、男達の視線は辺りを探り始める。しかしその、一瞬の恐怖や躊躇い。その一秒は、彼らにとって致命的な遅れとなった。


「『土塊・掌底』」

「ぐあっ!?」

「むぐっ!?」


 路地裏の石畳の下から伸びてきた、土で出来た五本の太い腕。それらはそれぞれ、男達の顎裏を的確に叩いた。それも相当な強度で、である。当然そんな衝撃に対応していなかった男達は全員一発でノックアウト。それぞれ情けない声をあげたかと思えば、地面に転がってぴくぴくと震えるという無様を晒すことになった。まぁその、集団で人を殴るような性根の人たちにはおあつらえ向きの最期である。……いや、死んだ訳では無いか。


「……すごいね、こっくん」

「まぁ。あの山奥の屋敷の件があってから、一気に複数を気絶させる法術もあった方がいいと思って研究した」

「まさかの新技……!」


 それにしても、シロ様に負けず劣らずの速やかな制圧であった。そういえば昨日レゴさんに使っていたものとも似ているような。と、ちらりとこっくんに視線を向けたところ、返ってきたのは少し得意げな微笑みで。なんと、あの時のことから研究した新技だったらしい。向上心に余念のない少年である。

 こっくん曰く、土の法術で精巧な形を作るのは結構難しいんだとか。微細なコントロール?が必要になるらしい。だからこっくんが使う土の法術は大きな土の塔だったり、あるいは巨大な壁だったりとしたわけだ。あと形の必要のない泥沼とか。しかしこの手は、遠目から見てもかなり精巧に作られている。かなり研究し努力したのでは無いだろうが。男子、三日会わざればなんとやら……とはよく言ったものである。……ではなくて!


「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ、は、はい……」


 しまった、すっかりこっくんの新技に感心してしまっていた。そこでゆっくりと地面の下へと引いていった、小さな土の塔。その上から降ろされて呆然としている男性を見て、私は目的を思い出した。そういえば彼を救うためにこっくんは法術を使ったのだった。慌てて彼に駆け寄り、私はその人をじっくりと観察してみる。長い前髪のせいで顔は見えない。が、そこまで大きな怪我をしている様子はなさそうである。


「あの、どこか痛いところとかは? よかったら冷やすものとか持ってきますよ」

「え、いや……」

「お姉さん、持ってこなくて大丈夫。ハンカチ持ってるよね? それ法術で濡らせばいいから」

「あ、そっか! じゃあお願いするね」


 とはいえ明らかに殴られていたのだから、あざになる可能性は十分に有り得るわけで。残念なことに今日ヒナちゃんは居ないが、応急処置くらいはできるはず。そんなわけで尋ねてみるも、まだ混乱から戻ってこれていないのかお兄さんはおろおろとするばかりであった。まぁ突然大勢に暴行されれば、ショックから中々帰って来れないのも無理もない話だろう。

 けれど今冷やさなければ後々痛む傷もあるだろうし、念の為何かを濡らして……と考えていたところ、耳に入ったのはこっくんの有難い申し出で。そうか、法術という手があったか。ササッとハンカチを用意すれば、それを受け取ったこっくんは水の法術でそれを濡らしてくれる。すると、それを見ていたお兄さんは驚いたように目を瞠った。


「……二属性? ということは君は……」

「……変なとこで正気に戻るんだな」

「あっ、ああっ! ご、ごめんなさい……! つい気になってしまって……」


 ああ、さっきこっくんが土属性の法術を使った上で、そこで更に水の法術を使ったから驚いたのか。確かこの世界の人間は一属性の法術しか使えない。その上で、獣人は法術を一切使えないという話だったはず。となるとこっくんの種族は自然と幻獣人に絞られるというわけで。とはいえこっくんは種族で見られるのをあまり好まない。不快そうに眉を寄せたこっくんに、お兄さんは慌てふためいていた。そして取り繕うように咳払いを一つ、こちらへと頭を下げる。


「ええと、言うのが遅れてすみません。助けて下さり、ありがとうございました……! 僕の名前はラソーといいます」

「ラソーさんですね! 私の名前はミコ。で、こっちが……」

「コク。はい、ハンカチ濡らしたから」

「重ね重ねすみません……」


 成程、お兄さんのお名前はラソーさんと言うらしい。なんというか、おどおどとした態度とは裏腹かなりの美声の持ち主である。聞き惚れつつも同じように頭を下げ自己紹介を返せば、こっくんもハンカチを渡す形で自分の名前を告げる。それでどうやら殴られていたらしい頬の辺りを冷やしつつ、ラソーさんは困ったように微笑んだ。とはいえ、見えたのは口元だけだったのだが。


「……ところで、お二人はどうしてこんなところに? その、言ってはなんですが、ここはあまり人が通るような場所では無いと思うんですが」

「いえ、実はラソーさんを追いかけてきたんです」

「えっ!?」

「えっ?」


 そうして頬を冷やすこと暫く。大分良くなってきたのかハンカチを下げたラソーさんは、そこで不思議そうに首を傾げる。襲われた混乱と、当然幻獣人の少年が現れたことへの衝撃。それらから回復して、色々とものを考える余裕が出てきたのだろう。そんな彼に私は正直に答えた。ラソーさんの落し物を返すため、ここまで貴方を追いかけてきたのだと。

 しかし私がそう告げた途端、ラソーさんはあからさまに体を強ばらせた。前髪のせいで見えていないだけで、恐らくは表情も警戒に染まっているのだろう。明らかに臨戦態勢になったラソーさんに、私は困惑した。なぜ追いかけて来たと言っただけで突然そんなに緊張しているのだろう、と。……いや待てよ、そういえば。


「……何警戒してるかわかんないけど、用件はこれ。さっき落とさなかった?」

「えっ? あ、ああ!? こ、これは確かにさっき買った絵の具用の紅蓮石のクズ石……!」

「さっきあんたがぶつかったのがお姉さんで、それ返すために追いかけてきたんだよ」

「そ、そうだったんですね……」


 ふと先程の男の人達が彼にかけた言葉を思い出し、思わず目を見開いた私。するとその間にこっくんがラソーさんの警戒を解いておいてくれていた。先程彼が落としていったクズ石の入った小袋……紅蓮石という名前らしい。を渡し、呆れたように告げたこっくん。するとこっくんの言葉にラソーさんは申し訳なさそうにしつつも、安堵するようにほっと息を吐いていて。

 その姿に、確信はさらに深まっていく。見るからに人の良さそう、かつ気の弱そうなラソーさん。そんな彼が誰かにぶつかって、けれど足も止めずに逃げるような謝罪だけで済ませた理由。そのまま走って逃げていったのにも、そして今しがたこの男の人たちに暴行を受けていたのにも。そこには何か訳があるのではないか。だって先の彼は脅されていた。


『ラムの居場所を教えろ』と。


「……あの、ラソーさん。もしかして誰かに追われてたり、しますか? たとば誰かを庇うために、とか」

「……!」

「不躾にすみません。ですがその、さっき……」


 ラムの居場所を教えろと、そう言われていたようだったので。私がそう告げれば、ラソーさん、そして並びにこっくんも驚いたように目を見開いて。そして暫くの間の後、ラソーさんはひどく困ったような表情で、けれど頷いた。そしてぐったりと、路地裏の壁に背中を預けたのだった。

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