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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十章 顔も知らぬ娘に捧ぐ
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三百七十話「気球乗りとお嬢様」

 その後、レゴさんの導きで数軒の画材屋さんを回った私達。そこで働いていた店員さんたちに下半身に怪我のある画家について心当たりがあるかと尋ねてみたところ、何名かの名前が上がった。

 先程レゴさんが話していたラムさんは勿論として、その他に三人。昔は討伐者として働いていたが魔物によって怪我を負い、その後魔物の絵を描いて生計を立てるようになったミノという男性。そしてこちらも同じく魔物に襲われたことで右足が不自由になってしまった、商家の娘さん兼風景画家のトリィという女性。そして若き頃は名を馳せたものの歳を取って最近落ち目だと噂されている、昔何かの事件に巻き込まれ歩くことが出来なくなったらしいトロンというご年配の男性。実際は他にも居るかもしれないが、聞き込みで名前が上がったのはその三人とラムさんだった。


「…………多分だけど、ミノさんって人とトリィさんって人は違うよね?」

「うん。まぁ情報が秘匿されてて、魔物に襲われた……ってことにしている可能性もなくはないけど」


 とはいえ、店員さんたちとの会話に出てきた情報だけでその候補者から更に候補を絞ることは出来る。話だけではまだ確定とすることは出来ないが、恐らくは魔物の画家であるミノさんと風景画家であるトリィさんは私達の探している人物では無いのだろう。その二人は魔物によって怪我をしたという話だったからだ。

 私たちがミツダツ族の土地で読んだ資料では、その画家は連続殺人の犯人に襲われて高いところから落下。その怪我のせいで下半身が動かなくなったと書かれていた。そしてその後五人と一人という被害者を出したことで犯人は死刑が決まっていたが、それが執行される前に獄中で枯渇死に至った、と。私達はこの犯人が赤い羽に関連する者に犯罪を先導されていたのではないかと考え、そして唯一生き残った被害者である画家さんから何かヒントを得られないか、とこのズェリまでやってきたのだ。


「ん? 相手の怪我の理由までわかってんのか?」

「はい、実は。その人は事件に巻き込まれて下半身が……という話でした」

「成程な。そうなるとミノは完全に候補者から外していいと思うぜ」

「え?」


 まぁつまり、事件に関係なく足を怪我したという話のミノさんとトリィさんは候補から外れる可能性が高い、という話だったわけだが。訳知り顔のレゴさんの様子を見るに、ミノさんの方はどうやら完全に候補から除外してよさそうである。私とこっくんが首を傾げたところ、レゴさんはミノさんの事情について話してくれた。


「さっき店員さんから話を聞いて思い出したんだが、ミノの話は花宴の酒場ってところで有名な武勇伝でな。そこの女将がミノの奥さんで、自分の旦那の惚気をよく話してるんだよ」

「惚気、ですか?」

「そうそう。自分を庇ってくれた最高の旦那、ってな。なんでもその女将を魔物から庇って足を怪我して、討伐者を引退することになったんだと」

「成程……」


 歩けないことは無いが魔物を討伐するにはキツイらしくてな。そう苦笑するレゴさんの話に、私は頷く。成程、その話を聞くにミノさんは完全に対象外だ。確かあの資料では被害者は下半身が不随、つまり自分で脚を動かせない状態という話だったので。魔物から奥さんを庇い、なおかつ歩くことが可能であるミノさんは完全に候補から外していいだろう。

 となると残りはトリィさんにトロンさん、ラムさんか。トリィさんはともかく、トロンさんとラムさんは事件に巻き込まれたという話を聞くに該当の被害者である可能性が高そうだ。とはいえ、まだ数軒の画材屋さんで聞き込みをしただけ。他に候補者がいる可能性も否めないのだが。


「さて、あと一時間ほどで市かな」

「ああ、もうそんな時間……」


 そこはこの後の市で絞り込んでいくしかなさそうだ。ついでに、今名前が上がった人たちの情報も集めることが出来るといいのだけれど。ちらりと太陽を見上げたレゴさんの言葉に、私も空を眺めてみる。確かに、朝宿を出た頃と比べれば随分と日が昇っている。これくらいの頃合いならもうすぐお昼だろう。シロ様たち、ちゃんとご飯を食べているといいのだが。


「なら先に昼食を済ませよう。市での人探しがどれだけ難航するかも分からないし」

「ああ、それはそうだな。じゃあ広場に近い食堂でも行くか」


 いや、その前にまず自分たちのお昼ご飯のことを考えるべきだった。こっくんの言葉に私ははっとする。確かに。市が始まってお腹が空いてから昼食を……というのは大分非効率的である。先に昼食を済ませておいて情報探しに注力した方がいい戦果も上げられるはず。

 最初に提案してくれたこっくんも、そしてレゴさんも同じようなことを考えたのだろう。今度は昼食を済ませようと広場の方へと歩き出したレゴさんの背中に、慌てて付いて行こうとしたところで。後ろからかけられた声に、私は動かそうとしたその足を止めることになった。


「……あら、ミコ?」

「っ、え、アーシャ、さん……?」


 涼やかで、それでいて少女らしさも込められた可憐な響きの声音。ここ最近で随分と耳に馴染んだ声に思わず振り返れば、そこには本日も仕立てのいい赤いドレスに身を包んだイファ……じゃなかった、アーシャさんの姿が。日傘を差して佇む姿はまさしくお嬢様といった風貌だが、私は知っている。このしゃんと背中を伸ばした彼女が、ただ美しいだけの少女ではないことを。


「一昨日ぶりね。情報収集は順調?」

「あはは、そこそこに……」

「そう。こっちは難航中よ」


 私が彼女へと駆け寄れば、異変を察知したのだろう。少し前を歩いていたレゴさんとこっくんが足を止めた気配が背中越しに伝わってきた。どうやら一人置いていかれることは無さそうだ、と少し安堵しながらもアーシャさんの様子を伺う。……が、あまりご機嫌ではないらしい。

 私達が枯渇死事件の一件目を追っているように、彼女もこの街では何か調べ物をしているんだとか。あまり公に出来ることではないのかその内容を明らかにはしてくれなかったが、恐らくは冠の水の任務かなにかなのだろう。で、その調査が難航中でご機嫌も斜めだと。ただでさえ近寄り難い雰囲気なのに、この様子では遠巻きにされてしまいそうだ。なんて、口に出してしまえば彼女の機嫌をさらにとんがらせてしまいそうな余計なことは口に出さないでおくとする。


「ところでそちらの方は? 見ない顔だけれど」

「え、えーっと……」


 と、そこで私の連れに見慣れない人が居ることに気づいたらしい。私を置いてかまいと戻ってきてくれたレゴさんとこっくんの、そのレゴさんの方へ胡乱げな視線を向けたアーシャさん。しかしそう問われて私は思わず言葉に詰まってしまった。レゴさんのことを、果たしてどう説明したものか。知り合いとだけ説明するのは、レゴさんにもイファさんにも誠意が足りないような気がする。だがそれ以上となると、一部始終を話すことになってしまうような。


「あー……ご機嫌よう、で良かったか? 俺はレゴって言うもんだ。悪いな、見たところいい所のお嬢さんだろうが、礼儀を知らなくてよ」

「そう、構わないわ。彼女の知り合いなんでしょう?」

「そういうお嬢様も、だろ? だがまぁ、なんというか、嬢ちゃんとの関係を話すとなると話が長くなりそうでな……」

「あら奇遇ね。あたしもそうよ」


 そう私が迷っていたところ、その意図を汲んでくれたのだろう。進んで自己紹介をしてくれたレゴさんにほっとしていると、何故か二人の話は徐々に盛り上がり始めてしまって。その後、私たちは何故かアーシャさんも入れた四人でレゴさんの言う食堂に行くことになるのだった。ひとまず言えることとしては、レゴさんのコミュ力すごい……である。

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